オレがあの人と出会ったのは今とは違って泣いてばかりだった頃。アンナさんとルークさんと一緒に見慣れない女性がお店にやって来た時だったと記憶している。
「ルシア君、ルチアちゃん、ルキア君。こんにちは」
「「「……」」」
笑顔で声をかけてくるアンナさんには答えずに見慣れない女性に視線がいく。綺麗な人だなと思った。
「あぁ、アンナいらしゃい。待っていたのよ。さぁ、中に入って」
「お邪魔します」
何か答えた方が良いだろうか、その人は誰だと聞けばいいのだろうか。と考えていたらお母さんが出てきて三人は店の中へと入っていってしまう。
その人の事が気になったが友達と遊ぶ約束をしていたのでルシアとルチアと別れて出かけて行った。
だけど友達と遊んでいたら近所の悪ガキ達がやってきてまたあいつをいじめるのかと思い喧嘩した。そうしたら友達だと思っていたあいつが悪ガキ達の味方をしてオレに「頼んでもいないのに喧嘩なんかするなんておかしい。お前の事なんて大嫌いだ。弱いくせに勝てない喧嘩なんかしてそれでいつも泣いてルシアとルチアに助けてもらってる弱虫のくせに」とかまあさんざん酷い事を言われたのは今でも覚えている。それにオレも子どもだったからショックを受けて悔しさと怒りと悲しみで泣きながらその場から逃げ出した。
「どうして泣いてるの?」
「!?」
とくに行く当てなんかなかったけれど市街が見渡せるテラスで膝を抱えて泣いていた時だ、あの人がオレに声をかけてきたのは。いきなり話しかけられて驚いたのと泣き顔を見られたことに恥ずかしくてどっかに行ってもらいたいと思った。
「あ、あんたには関係ないだろう」
「……」
今から思うとあの人にとても酷い事を言ってしまった。オレの事を心配してくれて声をかけてくれたというのに。そんなオレの横に座り黙って見守る彼女に何故か居心地の悪さを感じて口を開く。
「……裏切られたんだ」
「……」
「友達だって信じてたのに……だからあいつのために俺は悪ガキ達と喧嘩したんだ。なのにあいつは俺を裏切りそいつらに味方して俺をいじめてきたんだ」
「……」
白状するように呟いた言葉に彼女は黙ってオレの顔を見詰めてきた。その優しい瞳を見ていたらすべて話してしまえと思って気が付いたら全部喋っていた。
「とても辛い思いをしたんだね。でも、友達を許してあげて。きっとお友達は弱かったんです。だから自分を守る事で精一杯だったんだと思う。ルキアさんを裏切った時きっと心では何度も謝っていたと思うよ。だから、友達を許してあげて。ルキアさんはそれができる優しい人だと思うから。それにね、本当に強い人は弱い人の気持ちを理解してあげて許せるはずだから、だからルキアさんにはそういう優しくて強い人になってもらいたいの」
「お姉さん……うぅ……うわぁ~っ」
優しい言葉をかけられてオレは感情の全てを泣き声に変える。そうして俺が落ち着くまで側にいてくれた。そんなあの人に恋心を抱いたのはこの時だったと思う。
それからというもの彼女はオレに会いに来てくれていろんなお話をして過ごす。それが毎日続いて俺の楽しみとなっていった。
「あ、お姉さん。今日も来てくれたんだね」
「こんにちは、今日は怪我していないようね」
いつものようにテラスで待っていたらあの人が姿を現す。オレは嬉しくて今日はどんな話をしようかと考えていた。だけど、この日のあの人はいつもと雰囲気が違っていた。子どものオレでも分かるほどに暗い影を感じたのだ。
「うん。お姉さんと約束してからオレもう喧嘩しないようにしたんだ。喧嘩なんか弱い奴がやる事だから」
「そっか、偉いね……」
いつものように座ってお話をしていてもどこか浮かない表情で、どうしてそんな顔をするのかと思った。
「ねぇ、お姉さんが何時も付けているペンダント。それ前から思っていたけどすごく素敵だよね。やっぱり……誰か大切な人から貰った物なの?」
いつもいつも気になっていた。大切そうに首にぶら下げているペンダント。それはもしかして好きな人から貰った物なのじゃないか、その不安が杞憂であってほしいと思いながら尋ねると彼女はペンダントを手に取り口を開いた。
「これはね時渡のペンダントって言われていて過去の時代に自由に飛べる物なの。ただし過去の世界にいられるのはたった一日だけ。それを過ぎてしまうと時の迷い人となり二度と元の世界には戻れなくなり時の中を彷徨い続けることになる。だから扱い方を間違えてはいけないの……あのね、ルキアさん。私そろそろ帰らないといけないの。だからもうここには来られない」
「っ!? ……なんで、いなくなっちゃうのか?」
オレの思っていた答えとは違っていたがそんなことよりも「帰らないといけない」という言葉にショックを受ける。ずっとこの日々が続くものだと勝手に思っていた。あの人と話をするかけがえのない時間がずっと続くのだと思い込んでいただけにこの時の衝撃はすさまじいもので、認めたくなくて否定的な言葉を放つ。
「私を待ってくれている大切な人がいるから、だからその人の下に帰らないといけないの。だからね、ルキアさん……泣かないで。これが最後のお別れなんかじゃない。今も昔もこれから先ずっと変わらず私の中には「貴方」がいるから。だから、思い出したら私の事を迎えに来てね。その時に今度は私が思い出したら貴方の下に会いに行くから……」
「訳、分からないよ……いなくなるんなら黙って行っちまえよ! お姉さんの事なんか、覚えててやらねえから!」
彼女の言葉の意味が分からなくてどうしてそんな意地悪な事を言うのだろうと、裏切られた気持ちで涙がこみあげる。そうして嘘をついた。本当はここにずっとオレの側にいてくれと言えばよかった。でもそれが出来なかった。子どもだから我が儘な言葉であの人を困らせてしまった事を今では後悔している。
「……貴方はずっと待っていてくれます。だから私も必ず会いに行きます」
「!?」
ふと甘い香りと共に抱き締められ驚いて涙が止まった。優しい言葉をかけるとその人はオレから離れ立ち去っていった。
その背を涙で滲む視界で見詰め続ける。戻って来てくれることを願いながら。それが叶うことなく時は流れオレはフィアナと出会った。初めて出会ったはずなのになぜか親近感を覚えてそしてあの人にそっくりだという事に気付いたのはいつの事だったか。
あの人とフィアナが同一人物であることに気付いたのは彼女と出会って一年が過ぎた頃だったと思う。
余りにも似すぎていたから疑問に感じていた。そして「時渡のペンダント」の謎を調べるフィアナの言葉であの人が語ってくれた言葉を覚えておいて欲しいと言われた意味をすべて理解する。
だからさ、全ての時が来たらこのことをフィアナに話さないといけない。あの時あの人が語りながら寂しそうな目をしていた理由が分かった。今のオレも同じ気持ちだ。
あの時の彼女はオレの事を知っているがオレは知らなくて、今のオレはあの人を知っているがフィアナは知らない。そういう事だったんだ。
だからあの時あの人はオレがずっと待っていてくれるとそう言ったんだ。オレ待つよ。フィアナがオレの側に戻って来るその日まで。夕闇に染まるテラスでぼんやりと景色を眺めながらここで待っていればまた「彼女」と出会えるだろうかと考えた。
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