翌日。私はレオンさんの事を考えていたらあんまり眠れずに朝を迎えてしまった。
「……ヒルダさんもレオンさんも結局現れなかった」
レオンさんにもう一度会いたい。会ってちゃんと話を聞きたい。どうしてあんなに優しくしてくれた彼がフレンさんの命を狙っているのか、黒幕とどういう関係があるのか。
「知りたいよ……」
「フィアナ。あんまり眠れていなかったみたいだけれど大丈夫?」
沈み込んでいる私へと姉がそっと声をかけてきた。もしかして姉も私の事が心配であんまり眠れていなかったのかな。
「お姉ちゃんごめん。昨日ゆっくり眠れなかったんじゃない。今から少しでもいいから体を休めて」
「貴女こそ全然眠れていなかったんでしょ。少し休んだ方が良いわよ」
こんなに心配かけて姉に迷惑をかけているよね。こんな妹じゃよくない。
「分かった。少し休んでくるね」
そう言って私は自分の部屋へと向かいベッドへと横になる。……数分そうしていたけれど一向に睡魔はやってこなくて考えるのはレオンさんの事ばかりだった。
「……レオンさん」
小さく呟いた時外から音が聞こえた気がする。よく聞くと控え目に窓を叩いているようだった。
「まさか……」
私は慌てて起き上がり窓へと向かう。するとそこにはレオンさんの姿が。え、でもどうやって? だってここ二階だよ?
「レオンさ――」
「し~っ……大きな声出したら皆に気付かれちゃうでしょ」
彼の言葉に私は慌てて口をふさぐ。フレンさんの命を狙ってきたって感じではなさそうだけれど一体何しに?
「……フィアナにはちゃんと話しておきたいって思って」
「フレンさんの命を何故狙っているのかってことですか」
困った顔でそう言われたので私は尋ねる様に聞いた。
「うん。……オレさ孤児だったんだ。それで生きていくために盗みを働いたりしてたら王国の兵士につかまって、そんでその時カーネルから言われたんだ。牢屋から出してやる代わりに国のために働けって。生きていくためにはそれしか残ってなかったからその契約に了承してオレは呪縛と服従の魔法をかけられてどこにも逃げる事が出来なくなった。それから暗殺者として訓練を受け殺し屋として仕事するようになったんだ」
「……そんな、何とかしてその魔法を解くことはできないんですか? そうしたらレオンさんはもう暗殺者なんてしなくていいんですよね」
彼の口から明かされた真実は驚くもので、と同時に私はレオンさんの過去に胸を痛めた。
「カーネルのかけた魔法を解けれるほど魔法に秀でた者じゃなきゃ無理。ヒルダだってすんごい魔法使いだけどカーネルの足元にも及ばないんだ。まぁ、解くことが出来るならそれこそフレンや第二王子くらいじゃないかな」
「それなら私がフレンさんに頼んでみます。そうしたらもう言うことを聞かなくてもいいんですよね」
困った顔で話された言葉に私は食らいつく。
「気持ちはありがたいけど、でも無理なんだ。オレはもはや人間ではない。君が知らないだけでオレは今まで沢山の人を殺めてこの手を血で染めてきた。だからもう、ただの人間には戻れない。暗殺者じゃなかった頃のオレに戻ることができないんだ」
「レオンさん……」
どうしてそんなふうに諦めちゃうのか分からなかった。けれど笑っているのに辛そうに語る彼の心情がどれほど複雑なものなのかを理解することはできた。
「……できれば君達姉妹を巻き込みたくはない。だから、フレン王子にはあまり近付くな。それだけ伝えたかった。もう会うこともないだろう」
「レオンさん、待って!」
レオンさんはそれだけ言うとひらりと屋根から飛び降りてしまう。私は慌てて呼び止め窓から顔を出したが彼の姿を確認することはできなかった。
レオンさんが私に別れを告げてから気が付いたら夕暮れになっていて、何時襲われるか分からないので念のため窓や扉の鍵を閉める事となった。
「二階の窓は全て戸締り終わったよ」
「こちらも終わった。玄関はルキアに頼んでいるから大丈夫だろう」
レオンさんがまた私の前に現れてくれるのではないかと期待しながら二階の窓を閉めて回ったが現れることはなく、全ての鍵を閉めてから一階に降りるとルシアさんと会う。
「うわっ!」
「今の声はルキアさん」
「まさかヒルダ達が攻め込んできたのか?」
ルキアさんの悲鳴が聞こえ私達の間に緊張が走る。
「そんな真正面から来る事なんてありえるのかな?」
「兎に角玄関に行くぞ」
暗殺者であるレオンさんや魔法使いであるヒルダさんが真正面から攻めてくるなんてあり得るのかなと疑問を抱く私を急かし二人で慌てて玄関へと向かう。
「ルキアさん、どうしたの?」
「フィアナ、ルシアいいところに! ドアを押さえるの手伝って」
私達が玄関に駆け付けるとドアを必死に押さえているルキアさんの姿があり、言われるがまま私とルシアさんは扉を押さえるのを手伝う。
「何があった?」
「大丈夫?」
悲鳴を聞いてフレンさんと姉も駆けつけてきた。ルキアさん一体何に驚いたんだろう。
「なんかすごい数の小動物がこの家に押し寄せてきてるんだよ!」
「へ?」
ルキアさんの言葉に姉が驚く。扉の外からは動物達の鳴き声と爪でドアをひっかく音が聞こえてくる。
「俺が何とかする。お前達はどいてろ」
「「「……」」」
フレンさんの言葉に私達は頷き扉から離れる。そうしてフレンさんがドアを引き開けた途端イヌやネコやうさぎやイタチ。ありとあらゆる小動物が部屋の中に押し寄せてきた。
「っ!」
フレンさんが右手を掲げると白い光が部屋中に広がる。次の瞬間興奮して押し寄せてきていた小動物達がおとなしくなっていた。
「いったい。何が起こったの?」
「さぁな。それよりそいつらをこちらに近づけないようにしてくれよ」
姉がおとなしくなった動物達を見ながら尋ねる。それにルシアさんが答えるとそう言って小動物達から距離をとる。ルシアさんこんな時でも動物嫌いが発生するんだ。
「あれ、あのうさぎ……」
一匹のうさぎの様子がおかしいと思うのと共に私は突き動かされるかのようにフレンさんの側へと駆け寄る。
「フレンさん!」
「フィアナ?」
フレンさんの前へと駆けこむ私に彼が驚いていたがそれに答えている暇などなく、うさぎが持っていた小瓶が私目がけて飛んできた。
「っ……ゴホ、ゴホ! ……な、なに?」
強烈な臭いと立ち上る煙にむせ返る。と同時に頭が痛くなり視界が歪む。ちゃんと立っているはずなのに足もフワフワとしてまるで柔らかいスポンジの上を歩いているかのような感じになる。私はそのままその場へと倒れた。
「フィアナ!」
姉の悲痛な叫び声を最後に私の意識は途切れる。
*****
レオン視点
目の前で何が起こったのか一瞬理解が出来なかった。倒れ込むフィアナの姿にオレはとっさに彼女の側へと駆け寄っていた。
「フィアナ!」
「っ、レオン?」
確りと抱き留めたかったがそれは叶わず。彼女の身体はティアが支える。
「……おい、ヒルダ。これはどういうことだ? 彼女達には手出ししないって話じゃなかったのか? ……やっぱ、あんたの話なんて信じるんじゃなかった」
「ち、違うわよ。わたしは王子を狙ったの。そこにこの子が飛び込んできたのよ」
低い声でそう言うとうさぎの姿から人間に戻ったヒルダが慌てて弁解するように話す。
「なんだ、仲間割れか?」
フレンの言葉にオレは答えず倒れてしまったフィアナへと視線を向けた。
「っ、体が熱い」
「一体フィアナに何をかけたんだ?」
ティアが焦った声で言うと王国騎士の男がヒルダを睨み言う。
「え、熱? 熱なんか出るはずないわよ。だってわたしが使ったのは睡眠薬よ。まぁ、ちょっと強力に作ったからちょっとやそっとじゃ起きることはできないけれど、でも熱が出るようなものは混ぜてないわ」
「フィアナは昔から体が弱かった。だから薬を浴びた時に何かの発作で昔の体質が戻り熱を出したということか」
ヒルダが慌てるってことは本当にただの睡眠薬だったんだな。王国に仕えている男の言葉に彼女が病弱な体質だったことを初めて知った。
「兎に角早く中に入れて寝かせないと」
「オレが中に運ぶ」
ティアの言葉にオレは言うとフィアナの身体を抱き上げ運ぶ。他の奴等に彼女を運ばせたくなかった。伝わってくる彼女の体温が高い事にオレの不安は膨らむ。
「ちょっと、レオン?」
慌てるヒルダの言葉なんか気にせずに昼間入った彼女の寝室へと向かう。
「……」
「レオン、フィアナは」
そっとベッドに寝かせてその顔を見やる熱にうなされる彼女の顔色は悪かった。
ティアがそっと部屋へと入って来ると心配そうに彼女を見やる。
「……とりあえず寝かせたけど、早いとこ解熱の薬を飲ませた方が良い。ヒルダに頼んで作ってもらうから、その間フィアナのこと頼む」
「うん」
オレは言うとヒルダの下へと向かう。彼女はフレン達と一緒にリビングにいた。
「ヒルダ、すぐに解熱の薬作ってくれ。それと目覚めの薬も一緒にな。それからフレン……あんたに話したい事があるんだけど」
「なんだ、俺の命を狙った黒幕を教える気になったか?」
ヒルダに頼むとフレンへと向き直り話す。
「これ以上彼女達を危険な目に合わせたくないからね。しょうがないからあんたに協力する。どんな事実でも受け入れる覚悟はあるか」
「命を狙われた時から覚悟はできている」
流石は王子と言われるだけはあってある程度は察していたか。オレは小さく頷き口を開いた。
「あんたの命を狙うようにと命令を下したのは女王だ。オレとヒルダは女王の命を受けたカーネルの指示であんたを殺すようにとこの国にやってきた。あんたが生き残った場合頼るのは友好国であるこの国だからな。そして、女王はこの機に乗じてこの国と戦争を起こすつもりでいる。世界を掌握するための第一歩をこの国から始めようって魂胆なんだ」
「何だって?」
「女王が……黒幕? それは嘘偽りはないのか」
俺の言葉に王国騎士と王宮に仕えている男が驚く。
「今さら嘘言ってどうするの。……ホントだからこれ以上彼女達が巻き込まれないように手を打ちたいんだ」
俺の言葉に三人は深刻な顔をして黙り込む。
「薬を作って来たわ。これを飲ませればもう大丈夫だと思う」
「思うじゃ困るんだよ。それちゃんと効くんだろうな?」
台所を借りて薬を作っていたヒルダが戻って来る。オレは不機嫌な気持ちをそのままに伝えた。
「だ、大丈夫よ。こういった系統の薬もよく作って来たから」
「兎に角ヒルダ、早いとこそれフィアナに飲ませてきて」
慌てて答える彼女へとオレは言うと二階へと追いやる。
フィアナ。早くよくなってそして目を覚ましてくれ……不安に駆られる気持ちを振り払うようにオレはフレン達に女王が企んでいる事の全てを話して聞かせた。
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