俺が魔法の失敗で犬に姿を変えられてしまい、船から投げ出され命からがら助かり辿り着いたのは隣国オルドラで、途方に暮れていたところをティアに拾われ助けられた。
始めは犬のふりをしてやり過ごそうと考えていたがあの人にそっくりなフィアナを見て気持ちが変わった。それにドックフードも食べられる自信はなかった。カリカリとしたものは基本好きじゃないし……事情を説明しても良かったが、陰謀に巻き込んでしまうのが怖くて人間に戻る方法が分かる手がかりさえ見つかればいいと思っていた。
ティアとフィアナは俺のためにルシアに頼んで本を大量に借りてくれた。「ルシア」という名前を聞いた時中学の友達と同じ名前だと思ったが、本人であることはすぐに分かった。だが事情が事情なだけ彼も巻き込むわけにはいかない。犬の姿だったことが幸いしてルシアに気付かれることはなかった。
そして今二人は俺のために本を読み何か元に戻る手がかりがないかを調べてくれている。
「……だめ、どの本も伝説や言い伝えばかり」
「こっちも実用的な事は何一つ書かれていないわ」
「俺も手伝ってやりたいがこの手では本一つ読み上げることもできそうにない……二人は俺のために頑張ってくれているというのに情けない」
フィアナ達が俺のために一生懸命手がかりを探してくれているというのに、肉球のある小さな手では本をめくることもできず何もできない自分が不甲斐ない。動物の姿がこんなにも不便だとは思わなかった。
「気にしないで。私本を読むのは得意だから」
「そうなのか?」
早く人間の姿に戻りたいと思っていたらフィアナが笑顔で声をかけてきたので答える。本を読むことが好きなのか。……覚えておこう。
「フィアナは昔から本ばかり読んでいたからね。私もお母さんに言われて魔法陣の本とかは読んだことがあるからこういうたぐいの本を読むのは得意よ」
「なんで魔法陣の本なんか読んでるんだ? 一般人には必要のない知識だと思うのだが」
「それはね、私のお母さんが踊り子で、私はお母さんと同じ踊り子になるのが夢なの。だから魔法陣を覚えるために本を読んでいたのよ」
ティアの言葉に俺は不思議に思ったことを訪ねた。踊り子になる事と魔法陣を覚えることがどう関係してくるのか? 答えてくれてもますます意味が分からなくて更に困惑してしまう。
「踊り子になる事と魔法陣を覚えることがどう関係してるんだ?」
「よくわからないんだけど、お母さんが言うには一人前の踊り子になるにはまず魔法陣を覚えた方が良いんだって。それが分かる様になれば踊り子になれるって教わったの」
「そ、そうなのか。俺はそんな話し聞いたこともなかったが……世界は広いな」
これ以上深くは追究してはいけないような気がして曖昧な言葉で終わらせる。
「そ、そういえば、気になっていたんだが、ティアは俺が喋った時驚いていたのにフィアナは全然動じなかったな」
「あ、それはね。私小さいころから動物の言葉が分かる特殊な能力を持っていたから。だからフレンさんが喋った時も最初は驚かなかったの」
ティアの視線を感じて、居心地が悪くなり何か話題を変えようと、フィアナが何故犬が喋っても驚かなかったのか疑問に思っていたことを尋ねてみる事にした。
「そうか……もしかしたらフィアナには素質があるのかもしれないな」
「え? 素質……ですか?」
以前勉強で習ったことがある。動物の言葉が分かる人は魔法を扱う素質がある人だと。昔はそういう人物が沢山いたが時代と共に少なくなり、今では動物の言葉が分からなくても魔力を持っている人の方のが多くなったと言われている。
動物の言葉が分かるフィアナにもやはり素質があるのかもしれない。
「あぁ。動物の言葉を理解できる魔法使いも中にはいるそうだ。だからフィアナには魔法使いの素質が備わっているのかもしれない」
「私が魔法使いになれるってこと?」
俺の言葉に呆気にとられる彼女に説明を続ける。あの人も魔法を使えたのだろうか。人の心を読み取り癒すそんな魔法が……
「素質があるから可能性はある。だが魔法を扱えるかどうかはわからない。この国は魔法についてはまだ発展途上だと聞いている。素質があるだけで誰もが魔法を扱えるというわけではないからな。魔法を使えるようになるのもかなりの熟練度が必要だ。いきなり炎や水を出せるわけでも動物を従わせられるわけでもない」
「フレンって魔法に詳しいのね」
「ある程度の知識があるだけだ。それくらいなら一般人だって知ろうと思えば知れる」
あの人の事を考えながら説明を続けているとティアの言葉に冷や汗を流してしまった。魔法の浸透していないこの国でこんなにも詳しかったら怪しまれる。俺の正体がバレてしまうかもしれない。気付かれてはいないので良かったが、これからは言葉には気を付けよう。
「そ、それより。魔法や魔法使いの本を借りたいといった時フィアナが話していたペンダントっていつも首にかけているやつの事だろう。それ、ゆっくり見て見たいんだがいいか?」
「あ、これね。……これはねお父さんから譲り受けた物なの。といってもお父さんはその後すぐに亡くなってしまって、結局これがそのまま形見の品になってしまったんだけど」
再び話題をそらそうとフィアナの首にかけているペンダントについて聞いてみた。それは昔俺が出会った人がつけていたものと同じだ。あの人の娘さんの可能性も考えてみたが、あまりにも彼女とそっくりだったのでそれはないことは確信していた。可能性があるなら「時渡」で未来からあの人が俺に会いに来ていたことが考えられる。
「……何とも複雑な作りのペンダントだな」
もし、あの人の付けていたものと同じペンダントならばフィアナが……そう思いペンダントをじっくり見るとあの時彼女に言った言葉と同じ言葉をあえて告げる。これに彼女が同じことを答えたならばきっと……
「細工がすごく細かいからね。お父さんはこれはとても大切なものだから大事に持っているようにって。それと、このペンダントには何か不思議な力が宿っているらしいんだけれど、それを教えてもらう前にお父さんは亡くなってしまって……だから図書館で本を借りて何かヒントでもないかと思いながら調べてみたりしているんだけど、全然……」
だが彼女はまったくもって気付いていない様子で、いや、気付いていないというよりも知らないといったほうのがいいのか、まったく違う言葉で答える。このペンダントについても分からないと困った顔をして話す。
「そ、そうか。……いつかそのペンダントの秘密がわかる日が来ると良いな」
正直にいうとがっかりしたのは確かだ。このペンダントの事を聞けば彼女は思い出してくれる。そう思っていた。だが、俺の目の前にいるフィアナは俺が知っている彼女ではない。もっと先の未来から来たのだろう。今のフィアナは俺の事を知らない。そう考えると心にすき間風が吹いたような寂しさを感じた。
今すぐにでも正体を明かせば俺だと気付いてくれるかもしれない。その期待は見事打ち砕かれた。彼女があの時悲しそうな寂しそうな瞳で俺を見た時も同じ気持ちだったのかもしれない。ならば俺は待とう。「フィアナ」と再会するその時を。そうして今は元の姿に戻る事のために意識を戻した。
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