帝国ザハルを目前に私達は敵地に乗り込む前の最後の準備のために大きな町で滞在していた。
「フィアナ、ちょっと一緒に付き合ってくれないかしら」
「いいですよ」
アイリスさんが私を呼ぶ。これは二人で決めた秘密の言葉で未来に帰る事を怪しまれないようにするため考案した方法なのである。
「あら、二人ともまたお出かけ?」
「えぇ、ちょっとフィアナに頼みたい事があって……ちょっと出かけてくるわね」
買い物に行く準備をしていたお母さんが声をかけてきたのに彼女が答えると私を急かし宿の部屋から出て行く。
「先に調べておいたのだけれど、ここの路地裏は迷路のようになっていて人があんまり入ってこないところもあるの。そこからなら未来に戻りやすいはずよ」
「いつも調べて下さり有り難う御座います」
大通りから路地裏に向かいながらお喋りをする。すっかりアイリスさんと仲良くなってロバートさんが嫉妬してるんじゃないかなって思って聞いてみた事があったけれど、彼は彼女が自分以外の人と親しくする姿を見たことがなかったからしく、むしろ友達になってくれて有り難いとお礼を言われた。
「さぁ、ここまで来ればもう大丈夫よ」
「それでは、すぐに戻ってきますので、ちょっと帰ります」
大分路地の奥まで来たところでアイリスさんが立ち止まる。それに合わせて私も足を制止するとペンダントへと手を伸ばす。
「また後でね」
笑顔で見送ってくれる彼女の姿が消えると私は我が家のリビングに足を着けていた。
「フィアナ、お帰りなさい」
「向こうはどうだ? 困っている事など起こっていないな」
「フィアナが帰って来てくれて嬉しいけど、でも、またすぐに向こうに行っちまうんだろう? ほれ、体力つけるにはご飯食べないと。どうせ、戦争しているあっちじゃロクな物食べれてないだろう」
「もう直ぐザハルに着くからその前の最後の準備をしているの。あと少しで全てが終わるからそうしたらゆっくりできるようになると思う」
姉にルシアさんにルキアさん三人がいっぺんに私に近寄って来ると話し出す。それに答える代わりに今の状況を報告する。
毎回毎回帰る度に三者三様で言葉をかけられるのでいちいち答えられないため現状を報告するという感じにしたのだ。
「フレンから聞いたけれど、アレンも貴女の事とても心配しているみたいよ。フィアナと再会する日を楽しみにしているみたいだから、落ち着いたら会いましょうって伝えてくれって頼まれたって」
「フレンさんここに来てたのね」
フレンさんが何時訪れたのか分からないけれど、隣国ザールブルブの国王である彼がわざわざ来てくれるなんて、会いたかったけれど一国の王様が何時までも私用で自国を離れているわけにはいかないものね。だから用事を済ませたらすぐに帰っていったんだと思う。
「えぇ、これを貴女に渡すようにってドロシーから頼まれたついでだって言っていたけれど、彼も貴女の事が心配なのよね。わざわざ届け物するだけのためにオルドラまでくることもないはずだから」
「フレンさん達にも私の事は心配ないから大丈夫って伝えておいて。それで、これは……」
姉達だけではないザールブルブにいるフレンさん達も私が過去に行ってもしもの事があったらとか、時の迷い人になったらと心配しているのだろう。嬉しいけれど皆に心配かけちゃってるな。だから大丈夫だって伝えてもらおうと思いお願いする。それからこの小瓶はいったい?
「睡眠薬だって。かなり強力に作っている物だからちょとやそっとじゃ起きやしないそうよ。何か危険な目に合いそうになったらこれを使って切り抜けなさいだって」
「分かった。それじゃあそろそろ私戻らないと」
「「「いってらっしゃい」」」
姉の手から小瓶を受け取り懐に仕舞うと私はペンダントへと手を当てる。皆に見送られながら過去の時代へと渡っていった。
「アレンさんに会いたい気持ちもあるけれど、今はやるべきことをやらないとね。もう直ぐ帝王と戦うことになるのだから、気をひきしめて行かないと……」
自分自身へと言い聞かせながら振り向いた先にいた三人の姿に私は冷や汗を流していたと思う。
「やぁ、フィアナお帰り。これはどういう状況なのかな?」
「先ほどの魔法陣は一体何なのかぼく達が納得するまで説明してもらいたいのだけれど」
「……」
腕を組みにやりと笑うアルスさんに笑顔なのに目が怖いジュディスさん。二人の後ろにいるのはロウさんで、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「つまり、時渡のペンダントを使い未来から過去の時代に行ったり来たりしていた。……と」
「はい。その通りです」
アルスさんの問いかけに私は大きく頷き答える。結局すべての秘密を話すまで解放されそうもなかったので事のあらましを説明することに。信じてもらえると良いのだけれど、私なら「未来から来ました」なんて言われて信じられるかって聞かれたら悩んでしまうもの。きっと今目の前にいる三人も半信半疑といった様子なのではないだろうか。
「それで今のぼく達がいる時間軸……君から見たら過去のってことになるその時代で起こるこの戦争でぼく達を助けるためにペンダントの力を使い渡ってきたってこと」
「はい、そうです」
ジュディスさんの言葉に素直に答える。二人は何事か考えこむように黙った。
「そうか、そうとは知らず君をザハルの関係者だと思い込み疑ってすまなかった」
「ぼくもごめんね。内通者じゃないかなんて疑って……フィアナの謎の行動の意味が分かって良かったよ」
「信じて下さるのですか?」
申し訳なさそうに彼等が謝って来たので逆に驚いてしまう。こんな突拍子もない話信じてもらえるなんて思ってなかったので。いや、信じてもらえてよかったけれども。
「嘘をつく目ではなかったからな」
「それに、つくならもっとまともな嘘をつくはずだ。こんな信憑性の薄い話で惑わしたところで君にとって何の得にもならないでしょ。だからフィアナの話は本当の事なんだって信じられたんだ」
「有難う御座います」
アルスさんとジュディスさんの言葉に私は嬉しくて心から頭を下げる。仲間に信じてもらえるほど嬉しいことはない。
「そろそろ戻ろう。ぼく達が抜け出したこと皆には内緒にしてきてるから――っ!」
「「「!?」」」
ジュディスさんが何かに気付き身構える。途端に狭い路地を埋め尽くすほどのザハルの兵士達が現れ私達は取り囲まれてしまう。
「貴様等の正体は分かっている。抵抗せずついてこい」
隊長だと思われる格好の良い男性が言い放つ。どうしたらいい? ここで睡眠薬を使って逃げるべきなのかな。
「でぃや! アルス様今ですフィアナさん達を連れて逃げて下さい」
「ロウ! ……っ」
「フィアナ、行くよ」
私が考え込んでいるとロウさんが剣を抜き放ち兵士達へと駆けこむ。驚いた彼等に生まれた隙をつき逃げるようにと言われアルスさんはこちらに目配せする。ジュディスさんがそれに答えるように私の手を取り駆け出す。
「ロウさんを一人にして大丈夫かな?」
「今は自分の事だけ考えろ。無事に非難する事だけ考えてくれ……」
一人だけ残して行くことに心配しているとアルスさんが気持ちを押し殺した口調でそう告げる。その隠された心に触れてはいけない気がして私は黙って走る事に意識を向けた。
「はぁ……はぁ……はぁ」
必死に駆けているため息が上がって呼吸が苦しくなる。でも背後から追手が来ている足音がする。決して立ち止まってはいけない。二人に置いて行かれないように必死に走り続け大通りに出た。
「っ!?」
途端に誰かに腕を掴まれ引っぱられる。驚いてその顔を見ようとした瞬間ハンカチが私の口に押し当てられた。
「ぅ……」
「「フィアナ!」」
甘い香りを吸い込むと途端に瞼が重くなっていきかすれていく意識の中でアルスさんとジュディスさんの切羽詰まった声を聞いた気がする。
夢……を見ていた。銀髪の女の人がアレンさんに似た小さな男の子に話しかけているそんな夢を。もしかしてあれは――
「フィアナ」
「っ……」
誰かの声が聞こえてきて意識が浮上する。そこには心配そうな顔で見詰めるアルスさんとジュディスさんがいて慌てて起き上がった。
「目覚めたか。良かった」
「フィアナ、目覚めたばかりで悪いけれど話を聞いてほしい」
「は、はい」
心底安堵した顔のアルスさんに真面目な顔で状況を説明し始めるジュディスさん。どうやら私はザハルの兵士に睡眠薬で眠らされてしまったようで、命を助けたければ大人しくしろと言われ馬車に乗せられ連れてこられたそうだ。今私達がいるのはこれから乗り込もうとしていた帝国ザハル。その牢獄に入れられていて明日見せしめのための公開処刑になると。
「フィアナ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ちょっと驚いてしまって……」
公開処刑されたらもう二度と元の世界に戻れないのかな。アレンさんとの再会を果たせないまま死んでしまうのだろうかなどとぼんやり考えこんでいた私にジュディスさんが声をかけてきたので答える。そうよ、ここで弱気になっている場合じゃない。何とかみんな助かる道を考えなくては。
「俺達のせいでフィアナまでこんな目に合せてしまいすまないな。何とかお前だけでも助かる方法があればいいのだが」
「ぼく達がおとりになるから、その隙に君だけ牢の外に逃げてそうすればもしかしたら助かるかもしれない」
「二人とも待って下さい。私一人だけ助かりたいなんて思っていません。助かるならみんな一緒に助かります。それに、大丈夫ですよ。私達は必ず生き残れます。だから希望を見失わないでください」
申し訳なさそうな顔で二人が言った言葉に私は慌てて待ったをかける。私の話に二人は希望を捨ててはいけないと思い直してくれたようで瞳に光が戻った。
「フィアナが言うと説得力があるな。何とか助かるような気さえしてくる」
「そうだね。もう少し助かる道を考えてみるよ」
良かったこれでもう彼等は大丈夫だ。と思っていると真顔で見詰められていることに気付き首をかしげる。
「フィアナ、一度未来に戻れ。タイムリミットになると時の迷い人になって一生彷徨ってしまうんだろう」
「あ、はい。分かりました。すぐに戻ってきますので、ちょっと待っていてください」
「大丈夫。こっちのことはぼく達に任せておいて」
アルスさんの言葉に私は返事をするとペンダントに手を伸ばす。ジュディスさんが笑顔で見送ってくれる姿を見ながら時渡をして未来に帰る。
「フィアナ、おか……どうしたの?」
「お姉ちゃん。ごめん今時間が無くて――あ、そうだ。ねえ、私達今ザハルの牢獄に捕まってしまっているのだけれど、何とかお母さん達に私達の事知らせる方法ってないかな」
直ぐに戻ろうとする私の様子に異変を感じた姉が尋ねてきた。時間がない為断ろうと思った時に姉なら名案を思い浮かぶのではないかと考え聞いてみる。
「へ? 牢獄にって……もしかしてなにか大変な事態になってるの。いろいろと聞きたい事はあるけれど、時間がないのよね。フィアナ、貴女は動物の言葉が分かるでしょ。それを上手く利用すればお母さん達に貴女達の事を知らせることができると思うわ。さ、もう行って。そして無事に帰ってきてどうなったのか話してもらうからね」
「う、うん」
姉が言っていた言葉の意味を理解する間もなく背中を押され私は時渡のペンダントで過去の時代へと飛ぶ。
「フィアナ、お帰り。意外に時間はかからないものなのだな」
私が戻って来るとさほど時間は経過していなかった様子でアルスさんが興味深いといった顔で話しかけてきた。
さて、動物の言葉が分かる事を上手く利用すればお母さん達に私達の事を伝えられる……それってどういうことなのだろう。と考えぐるりと牢屋の中を見回してみる。
(こんな牢獄に入ってこられる動物なんているのかなぁ……)
そう思い暫く牢獄の中を観察していると小さな隙間からするりと一匹のトカゲが入ってきた。
「トカゲさん……そっか、そういうことなのね。お姉ちゃん有り難う! ねぇ、トカゲさん私の話を聞いてください」
『こいつは驚いた。人間のお嬢さんがワシに話しかけてきよった。そんで、ワシに何の用かのぅ』
私が話しかけるとトカゲさんは驚いて目をくりくり回しながらこちらに近寄ってきてくれる。
「あのね、お願いしたい事があるんです。私達の事を伝えてもらいたい人達がいるの。その人達の所に行ってもらえませんか?」
『人間に話しかけられるのは久々じゃし良いじゃろう。ただし、ワシの足ではそう早くはないがな』
お願いするとトカゲさんは快く引き受けてくれた。ずいぶん年寄りじみた話し方だなとは思ったけれどおじいさんなのかな? 昔は人間とお話していたのか……こんな状況だけどそれを想像してほっこりしてしまった。って、そんな場合じゃないよね。急いで内容を伝えてお母さん達の所に行ってもらわないと。
「それで、その人達の中に私と同じように動物の言葉が分かる人がいるので、その人に今から話すことを伝えて下さい」
『あい分かった。それじゃあ、久々に本気で頑張ろうかのぅ』
私が内容を伝えるとトカゲさんはくるりと体を反転させ入ってきた隙間から外へと出て行った。祈る事しかできないけれどどうか上手くいきますように。私は見えなくなった彼がいた場所を願いを込めて見詰めた。
*****
アンナ視点
買い物を済ませて宿屋へと戻ってきたら何やら様子がおかしくて、話を聞くとフィアナがまだ戻ってきていないとアイリスが心配しているとのことだった。
「用事を頼んでからもう夕方よ。今までこんな事なかったのにおかしいわ」
「アルスとジュディスとロウも全然戻ってこないな」
不安がる彼女の横でルークも心配そうに窓の外を覗き込みながら話す。
「まさか、四人の身に何か起こったとか?」
「ザハルを目の前にして消えた四人……これは、なにかありそうだな」
「何かってなんのことだよ?」
ハンスが心配そうに呟くとジャスティンが何事か考えている顔で話す。
その言葉にアンジュがどういうことだと言いたげに彼を見た。
「皆、大変だ。大変だよ! フィアナ達がザハルの兵士に連れて行かれた。馬車に乗せられるところを僕見たんだ」
血相を変えたリックが駆け込んでくると一息でそう告げる。え、フィアナ達がザハルの兵士に捕まったですって?
「すぐに追いかけて助けに行きましょう」
「だな、今から追いかければ助けられるかもしれない」
私の言葉にロバートが賛同してくれる。こうして急いで宿屋を出るとザハルまでの道のりを急ぐ。
「はぁ……はぁ……うぅえぇん」
「ドロシーちゃんがダウンしちゃったわ」
「仕方ない、ここで少し休もう」
必死に付いて来てくれていたドロシーちゃんが膝をつき泣き出してしまった。その様子に私が言うとルークが荷を下ろしながら休もうという。
「あら、今誰か私に話しかけた?」
「誰も何も言っていないぞ」
アイリスが不思議そうに私達に尋ねる。でも誰も声なんてかけていなくてロバートが何を言っているんだといった顔で見詰める。
「それじゃあさっきの声は……やっぱり聞こえる。誰? 誰なの」
辺りを見回しながら声の主を探す彼女が草むらへと視線を落とす。
「私に話しかけたのはあなた? え……それは本当なの? 皆聞いて。このトカゲさんはフィアナに頼まれて私達を探していたそうよ。今三人は牢屋に入れられていて明日見せしめのために公開処刑されるって」
「何だって?」
「今から急いで向かったとして明日の朝までに間に合うかどうか……」
アイリスがトカゲをすくい上げると私達の方に体を向けて話す。その言葉にリックが驚いて目を見開く。ジャスティンが唇をかみしめ呟いた。
「ここはわたしに任せてくれ。わたしは魔法使いだ。転移魔法それを使えば明日の朝までには何とか間に合う」
「それしか方法がないのならお願いするだ」
ハンスの言葉にアンジュが頼む。私達は彼の側へと近寄る。次の瞬間視界がぐにゃりと歪むと先ほどまでとは違う景色が目の前に広がっていた。急いでいかないと。皆待っていてね。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!