追憶の誓い

~時渡りのペンダント~
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ルシア視点

公開日時: 2022年5月12日(木) 03:00
文字数:3,703

 俺は幼いころから疑問に思うことはすぐに真相を知りたがる少年だった。あの人に出会ったのは噴水の水が何故枯れないのかを調べている時期だったと記憶している。

 

「……何をしているの?」

 

「噴水の水はどうして止まることなく流れ続けているのかを考えていました」

 

今から思えばとても馬鹿な事をしていたと思う。なぜ噴水の水が枯れないのかなんて今の俺なら調べたりはしないだろう。だが、幼い俺はその謎すら解けずに毎日噴水広場に足を運んでいたのだ。そんな俺に声をかけてきたのが彼女だった。

 

「お姉さんはこの町では見かけない人ですが、観光ですか?」

 

「ちょっとお友達に会いにきたの。あ、そろそろ行かないと……また後でね」

 

「また?」

 

見かけない人、恐らく観光できたのだろうと思った俺が尋ねると彼女からの返事はまったく違うもので「また後で」と手を振り立ち去る。その姿を不思議に思い眺めていた。

 

また後でとは一体どういうことなのだろうと悩んでいたがルチアとルキアと遊ぶ約束をしていたので一度家へと戻る。

 

「こんにちは、ルシア君、ルチアちゃん、ルキア君。久しぶりね」

 

「「「……」」」

 

その真相はすぐに分かった。アンナさんとルークさんと一緒に彼女がやって来たのだ。

 

「あら、アンナ、ルークいらしゃい。待っていたのよ、さぁさぁ中に入って」

 

「お邪魔します」

 

そんなあの人の姿からなぜか目が離せずじっと見つめていたら母がやってきて三人は中へと入ってしまう。俺達はしばらく庭で遊んだ後それぞれまたやりたい事のために別れた。

 

噴水広場に再び足を運び流れていく水をじっと観察し続け謎を解こうと必死に頭を捻らせる。

 

「まだ、噴水の水が枯れない原因を調べているの?」

 

「はい。どういう原理で水が枯れないのかを推測しておりました」

 

しばらく考えているとあの人が俺に声をかけてきた。俺は知らない人であっても物おじする性格ではなかったので素直に受け答える。

 

「少し座ってお話しない?」

 

「いいですよ」

 

何故か俺と話をしたがる彼女の言葉に素直に頷く。知らない人と話をするのも楽しいと思ったからだ。それにあの人にはとても興味がわく。その正体に気付いたのは後になってからで、この時はまったくと言っていいほどわかっていなかった。

 

「ルシアさんはお父さんとお母さんとは仲良くやってるの?」

 

「はい。一応俺が長男……ってことになるのでお父さんとお母さんに迷惑をかけないようには気を付けています」

 

どんな話をするのかと思っていたら両親と仲良くしているのかと聞かれ不思議に思う。初対面の人間が何故そんなことを知りたがるのかと。これは母に頼まれた彼女が俺の本音を聞き出すための事だったのだと後になって知る事になる。

 

「それじゃあルシアさんはいろんなことを調べるのが好きみたいだけれど、将来の夢とか何か考えているの?」

 

「俺は……国の役にたつ仕事がしたいです。その為に一杯勉強して知識を身に着けて経験を積んで、この国のためになるそんな人物になりたいです」

 

「ルシアさん……」

 

将来の夢を聞かれこうなれたらいいなと思っている事を何のためらいもなく話す。勉強を頑張り人の上に立てる存在になり、国の役にたつ仕事がしたい。それが幼いころからの俺の夢であった。

 

「ルシアさんなら絶対になれるよ。将来、国王様を側で支え国を護りその知識と経験で皆の上に立ちしっかりと引っ張っていける。そんな立派な人になれるよ」

 

「そんな確証もないことを堂々となれるなんてどうして言えるんですか?」

 

「私は、ルシアさんなら立派な逸材になれるって信じてるから。そして、将来立派にお仕事を務めているって思うから……」

 

確証もないことを「なれる」と言い切る彼女の言葉が不思議でならなかった。小さなころから確実な事しか信じない俺は「可能性」の話をされることがとても理解できなかったからだ。

 

だが、この時の彼女はまるでそうなる未来が分かっているかのように真っすぐな曇りのない瞳で「なれる」と言い切った。その言葉に心を動かされたのは確かだ。俺の事を本当に思ってくれていて、慕ってくれている。愛情を感じた。初対面の人間にここまで心を開き信じてくれるそんな彼女に俺はすっかりその人のペースに乗せられてしまっていたのかもしれない。

 

「お姉さんは不思議な人ですね。俺の心にすっと入って来てしまうなんて……」

 

「え?」

 

家族以外に閉ざしてきた心。信じられるのは確かな確証のある物だけ。そう思い生きてきた俺の心にすんなりと入り込み愛情を注いでくれる人。そんな人初めてだった。

 

「いえ、何でもありません。お姉さんになら話してもいいかな。俺の事」

 

だからだろう。この人にならすべてを教えてもいいと思えたのは。それからというもの彼女に会うのを楽しみにしてあの人と話す時間は俺にとってかけがえのないものに変わっていた。

 

「お姉さん。今日も来てくれたんですね」

 

「ルシアさんとお話するのが楽しくて……でも」

 

いつも噴水広場で待っていると必ずやって来てくれる彼女。俺は逸る気持ちを抑えながら駆け寄り来てくれた事を喜ぶ。だが、この日のあの人はいつもと違っていた。

 

「お姉さん?」

 

「ルシアさん、少しお話しよう」

 

話しをしていてもどこか浮かない顔でずっと悲し気に俺を見詰めてくる。どうしてそんな顔をするのかこの時の俺には分からなくて、俺の事をちゃんと見て欲しかった。そして不安に駆られる。もしかした彼女はもう二度と俺の前に現れてくれなくなるのではないのかと。

 

「そういえばいつも気になっていたのですが、その首に下げているペンダント。とっても巧妙なつくりをしていますよね。それって……誰か大切な人から貰った物なのでしょうか?」

 

その不安の正体はいつも首に下げているペンダント。それはもしかしたら好きな人から貰った物なんじゃないのか。その人の下に帰らないといけない時が来てしまったのではないのかと。だから確認したかったのだ。ペンダントの秘密を。

 

「これはね時渡りのペンダントという物なの。魔石がはめ込まれていてその力を使って過去の時間に飛ぶことができるのよ。過去の時間ならどんな時代でも飛ぶことができるの。だけど、一日しか過去の時間に干渉できない。それを過ぎてしまうと時間の迷い人となり時間に取り残され一生時の中を彷徨い続ける事となる。だから扱い方を間違えてはいけないの……ルシアさんにはこのことを覚えていてもらいたいな」

 

「?」

 

だが、彼女が語ったのはペンダントの別の秘密。何を言われているのか全くと言っていいほどわからなかった。

 

「私ね、もうここにはこられないの。元々ここにいちゃいけない人だから……待ってくれている人達がいるから。その人達の所に帰らないといけないの。だからね、ルシアさんにお別れを言わなくちゃいけないってずっと思っていた。だけど、ずっと言い出せなくてね。ルシアさんと一緒にいる時間が楽しくてつい長居してしまったけれど、大切な人をこれ以上待たせるわけにはいかないから、だからもう帰らないと」

 

「っ!? ……そう、ですか。そうですよね。お姉さんはこの国の人じゃないんだから、帰るべき場所があって待ってくれている家族や友人がいるのは当たり前ですよね」

 

ペンダントの事を語り終えた彼女がとても寂しそうな悲しげな瞳で俺を見やり別れを告げる。やはり愛すべき人がいて大切な人の所に帰らないといけないのだと。知りたくなかった。知らないまま別れればよかった。今更、過去に戻る事などできはしないが……だがこの人を困らせてはいけない。そう思い別れを受け入れる。

 

「あの、お姉さん……いえ、なんでもありません。気を付けてお帰り下さいね」

 

せめて名前だけでも教えて。そう言えずに俺は言葉を濁す。

 

「うん、有り難う。また、ね?」

 

「……また、なんて言わないでください。期待してしまいますから」

 

この時の彼女の「またね」が二度と訪れる事なんてないのに、どうしてそんな意地悪な言葉を言うのか。そう思いながら震える声をごまかし答える。

 

「ごめんなさい。私、とても意地悪だね……もう行かないと」

 

「……」

 

ふっと優しい香りと共に抱き締められ驚いた。彼女がとても柔らかくそして寂しそうな声音で言うと俺の前から立ち去る。

 

涙で歪む視界で彼女を見送る。立ち止まり戻って来てくれることを願ったが、それは叶わなかった。

 

それから幾つもの年月が流れたが、あの人が俺の下に現れる事は二度となくて、ペンダントの事を何故俺に話して聞かせたのか。その謎は大人になった今でも解ける事がなかった。

 

しかしある日彼女がなぜその事を話したのか理解することができる日が来る。

 

それはフィアナがドロシーの薬を被り眠ってしまった時に気付いた。あの人とフィアナが同一人物であることに。そしてペンダントの謎を彼女に伝えてくれと言いたかったのだと。

 

俺が出会ったあの人は未来から来たフィアナで、未来に帰っていったのだと。そうして俺にペンダントの事を託した。ならば俺は彼女にこの事を伝えないといけない。そして俺の下に戻ってきてもらうその日までもう暫く待とう。ずいぶんと気長に待てるようになったなと小さく笑いながら隣を歩くフィアナを見詰めた。

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