「やはり、次の【箱】の所有者は、あの男で良いように思います。我々が確認してるどの世界線においても、彼は相場を張り、大衆を扇動する能力にも長けている。こちらに取り込んでおいて損はありません」
太った三毛猫を抱えた女が、スクリーンの向こうの男に向かってそう答えた。モニターには、『薄伽梵教』の表示がしてあるばかりで、相手の表情はうかがえない。
「剣乃 征大の最後の弟子だった男か。前回の審査では、いささか脇の甘いところがあるという事で見送ったように記憶しているが……」
「否めません。ですが、あの時からもう八年が経過しています。赤瀬川は高齢で所有者として適任ではありませんし、他の者は、我々に対する忠誠の観点で劣ります」
女は上司らしき男にそう報告した。こいつらはいつもそうだ。正義者面して、本音では、自分たちの組織を守ることしか考えていない。
「では、今の実力を図るために、一度テストをしてみるとしよう」
「テスト?」
「あの男の、師に対する思いには凄まじいものがある。あの箱が、師匠の遺品であることを知れば、必ず乗って来るはずだ」
話している相手は相当な年配者のようだが、何者かは分からない。だが、この時空管理局において重要な地位を占める人間であることは間違いないだろう。久しぶりに、本物の箱が外に出るチャンスだ。脇から攫うには今しかない。
「テストの方法と審査は、私に一任していただけますか?」
「ユキ……。個人的な感情は交えないと、我々の組織に誓えるか?」
「勿論です。私の居場所はここにしかありません」
「良かろう。この件については一任する。ミッションは箱の安全を最優先とし、その目的のためには人命は問わない」
「承知いたしました」
「あの男が所有者として不適任だった場合、いかなる手段をもってしても、箱を回収したまえ。あの箱の機能を解明し、世界線の安寧と秩序を守るのが我々の役割だ。絶対に、敵の手に渡す訳にはいかない」
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