「てってれー!」とソラさんがノリノリで、工作機械の陰から何かを取り出した。
「これは、タツノ式卓上調理器・型式番号二十六号。名付けて近藤くんだ! 君が昨日、僕に担保して差し出したカセットコンロを参考に作ってみた。急ごしらえで作ったから、見た目はかっこ悪いけど、機能的には、君のものと遜色ないはずだ」
ソラさんの高く掲げられた右手には、確かにカセットコンロらしきものが握りしめられていた。
「凄いな」
「別に大したことはしていないさ。コンロの部分は既存品を流用できるしね。僕が新規にアイデアを出したのは、マグネットの代わりに、ガスボンベを固定するためのレバーを作った位さ」
「それで、このガレージの工作機械が必要になったんだ。だから、朝早くに出て来たって訳」
「作業的にはそうなのかもしれない。でも、その仕組みを考えだしたことが凄いんだよ。そのレバーを下に押し下げることで、ボンベが前方に押し付けられ、固定されるんだろう?」
「その通りだ。よくわかったね」
「分かるさ。その仕組みはね、僕の居た世界で一昔前にあったタイプと全く同じものなんだ。一昔前と言っても、この時代から考えれば何十年も先の話だ。君はそれをたった一晩で考え付き、形にまでしたんだよ」
「だから別に大したことじゃないよ。ないものは作るのが、僕らの仕事だからね」
ソラさんは淡々とそう言ったが、僕はちょっと感動していた。ソラさんは当然、その旧式のタイプを見た事は無い。にもかかわらず、必要だから編み出した。この世界に来てから、まだ丸一日も経ってないというのに、ソラさんには驚かされっぱなしだった。
「ところで、何で近藤くんなの?」
「コンロと近藤を掛けたんだ。親しみやすくていいと思ったんだけどダメかい?」
「うん、多分ダメだと思う。でも、名前以外はとても素晴らしいと思うよ」
「そっか。じゃあ、名前については、何か別のものを考えておくよ」
ソラさんは少し不服そうだった。どうやら、名前には自信があったらしい。
「ところで話を戻すけど、君はこのコンロを、『角栄のために作ったもの』という事にして、きくゑさんのところに持っていくんだ」
「箱の代わりに?」
「そう、箱の代わりに」
ソラさんが何でそんなことを言い出したのか分からなかったが、近藤君とは違い、こちらの提案の方はマジなようだった。いや、近藤君もマジだったのかもしれないけど……。
「君は未来から来たから、このコンロの価値が分からないだろう。でも、一九四六年の日本の一般家庭では、ガスはまだ殆ど普及してないんだ。通ってたところも、あらかた空襲で焼けたしね」
「そうなのか?」
「うん。食事を作るために火を起こすっていうのは、結構大変な作業なんだよ。でもこのコンロがあれば、簡単にお湯が沸かせるし、やろうと思えば食事だって作れる。量産すれば、絶対にバカ売れするよ」
確かにそうかもしれない。あまりに当たり前の商品過ぎて、全然ピンと来てなかったけど、二千二十年の日本では、カセットコンロを持ってない家庭を探す方が難しいはずだ。つまり、この世界でのカセットコンロのニーズは、とんでもなくある。
「今のうちじゃ、コンロの量産は出来ない。だから角栄の発明品という事にして、コンロの製造・販売権はきくゑさんに譲ってもいい。その代わり、一つ頼みたいことがある」
「なんだい?」
「カセットボンベを、タツノ製作所で売らせてほしいんだ。ボンベだけなら、知り合いの業者に頼んでなんとかできる。ガスの充てんも、この土地ならタダ同然だ。軍の需要がなくなって先細りの計量器の代わりに、売る物が出来る。一気に会社を立て直せるよ」
「なるほど。コンロは一回売ったらおしまいだけど、ボンベは消耗品だもんな。長い目で見たら、そっちの方が商売として得だ」
そう答えた時、昨日の疑問が一気に氷解した。
「そうか。君は最初からその積りで、僕からコンロを担保に取ったのか」
「そういう事。二百円なんかタダみたいなもんだろ?」
「もし君が、ボクに少しでも恩を感じてくれてるなら、何とかこの話を通して来て欲しい。まずはコンロが売れないと、ボンベを売ることも出来ないからね」
「わかった。頑張って、きくゑさんに売り込んでくるよ。少し不格好とはいえ、とにかくモノは既にあるんだ。絶対に話を通してくる」
このカセットコンロの補充用のボンベの販売が、僕とソラさんがこの世界で始めた最初のビジネスだった。そしてこの商品が、この世界線の三十年後の未来において、日経二二五採用銘柄となるタツノ製作所の、伝説の大ヒット商品となるのである。
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