「さて、それでは話させてもらっていいかのう?」
儂がそう言うと、コレットは頷いて、
「ええ、どうぞ。まずは……私と話したかった理由から、ですね」
「そうじゃな……まず、儂はゴブリンじゃ。しかしこうして会話することが出来る……」
「あっ、それは気になっていました。ゴブリンの上位種……ハイゴブリン以上のものには会話できる個体もいるという話は聞いたことがあるんですけど……」
魔物、と言っても全てが敵対的なわけではない。
会話能力を有する高度な知性を持ったものもおり、ハイゴブリンなどが代表的だろう。
だから、儂もそうではないかと、と言いたいのだろうが……。
「見た目で分かるじゃろ? 儂はハイゴブリンではない」
「そう、ですね……ハイゴブリンはかなり人間に近しい見た目をしていますから。ですが、バルさんはゴブリンそのままです」
「そういうことじゃ。そんな儂が話せる理由なのじゃが、そもそも、儂はこの森の、さらに深いところでもともと暮らしておってのう」
「そうなんですか!? だからあんなに強いんだ……」
もちろん、嘘である。
ただ、皇帝の転生体である、なんていう話よりも納得してもらうのにちょうどいい作り話をある程度作っていただけだ。
それに沿って話している。
「まぁ、そんなところじゃ。そして儂は一人で暮らしておったわけではなくてな。年老いた魔術師と暮らしていたんじゃ」
「えっ。それは……人間の、ですか?」
「おそらくそうじゃろう。儂は人間といえばその魔術師しか会ったことがないから確実とは言えんが、本人がそう言っておった。コレットより耳が短かったしのう」
「ふむ、でしたら人間、なんでしょうね」
「それで、その魔術師から言葉と、知識、それに戦い方を学んだ。森では力なき者は蹂躙されるしかないゆえな」
「まさに蹂躙されかけていましたね、私」
「……お主、ずいぶんと余裕があるのう」
「いえ、そんなそんな。もう腹を括っただけです。もともとお調子者ってよく言われます」
「確かにそんな感じじゃ。まぁ……儂は話しやすくていいが」
「ならよかったです。それで、続きは?
「あぁ、そうじゃった。その魔術師とずっと生活できればよかったんじゃが……ある日、一緒に住んでいた小屋が突然破壊されたんじゃ」
「えっ! どうしてですか……って、森の中ですもんね。大体分かります」
「そうじゃ。魔物の襲撃じゃった。どんな魔物だったかは、夜だったのでな。はっきりとは分からぬ。じゃが、気配だけで分かったよ。儂にはどうにも出来ぬような、強大な魔物じゃ、とな」
「……」
「まぁ、それでも一応戦おうとしたんじゃ。住む場所を守らねばならぬと思ってな。じゃが、共に住んでいた魔術師が、逃げろと……身を挺して、庇ってくれてな……」
「そう、ですか……辛い話をさせてしまいましたね……」
「いや。構わぬ。それで逃げてきて、今ではここに住んでおる。以前、魔術師が言っておっての。森でも比較的浅いところの魔物はさほど強くないゆえ、儂一人でも暮らしていけるじゃろうと」
「確かにあれだけの戦闘力があれば、ここで暮らすには余裕でしょうとも」
「加えて、もしもどうしても必要なものがあったら、人里に行くことも考えてもいいと。信用出来る人間と接触を持ち、交流して、その上でならばと、そうも言っておってな」
「それで私に……でも、かなり危険だと思いますけどね。私は戦う力がないので諦めちゃいましたけど、普通ならいきなり戦闘になってもおかしくはないですよ」
「まぁ、その危険については儂も考えてはいたよ。じゃから、ゴブリン程度に苦戦するようなお主を選んだというのもある」
「あぁ、なるほど……じゃあ、それなりに戦えていたら助けなかった?」
ふと質問されて、儂は考える。
確かにその場合、助太刀するのはかなり危険だっただろう。
しかし儂はそうだったら助けなかったのだろうか?
これにもすぐに、否、という答えが出た。
儂は言う。
「いや、その場合であっても助けたじゃろうな。じゃが、すぐに立ち去ったかもしれん。少なくとも拠点には案内しなかったじゃろう」
「そうですか。なんだかちょっと安心しました。バルさんはゴブリンですけど……優しい人? 魔物? みたいで……」
「そうかのう。そうでもないと思うが……」
あくまでも打算が大きいし、それに儂の目標は復讐にある。
優しい人間だとはとてもではないが言えない。
しかしコレットは言う。
「いいえ。優しいですよ。バルさんは、私が逃げても構わない、って言ってたじゃないですか。それって利益がなくても助けてくれたってことです」
「まぁ確かにそうじゃが……ふっ。お主変わってるのう。魔物の言うことを信じるのか?」
「魔物でも、こうして会話できていますから……それに、バルさんって本当に魔物なんでしょうか?」
「ん?」
「ゴブリンの見た目をしている亜人に、緑鬼族っていうのもいるって聞いたことがあります。彼らは普通に会話するって言いますし……」
「ほう、会ったことがあるのか?」
「まさか。魔大陸にはまだいるって言いますけど、それ以外の場所に住んでいた魔族は駆逐されたって言いますし」
「そうじゃな……じゃから、儂が緑鬼族の可能性は低いと思うんじゃが」
「どうでしょう。そもそも、その魔術師の方とはどうして一緒に住んでいたんですか?」
「それは簡単じゃな。儂が小さな頃に拾ったらしい。家の外で泣いている儂を見つけて、戯れに育ててみた、とな」
「魔物を育てようなんて、ずいぶんと豪気なお人ですね……」
「まぁ、変わり者じゃったな」
「あぁ、でもそれで分かりました。バルさん、随分とお年寄りっぽい喋り方をされると思っていましたが……」
「これはその魔術師の喋り方じゃな。これが普通だと思っておったが、コレットの喋り方を聞く限り、そういうわけでもなさそうじゃ」
「ええ。私の方の喋り方が一般的です」
「直したほうがいいかのう?」
「無理に直す必要はないと思いますけど……でも、バルさんはその内、他の人とも交流を持ちたいんですよね?」
「できればのう」
「それなら、直してもいいかもしれませんね。まぁ、無理にしなくてもいいとは思いますが」
「考えておこう」
ここまで話して、コレットは少し考えて、
「しかし、人と交流、ですか……。うーん、少し思ったのですけど、バルさんって、ゴブリンじゃなくて、緑鬼族かもしれないじゃないですか」
「それは分からんが」
「でも、こんなに話せるんですから、魔物ではなくて亜人の可能性が高いと思うんですよ」
どうだろう。
魔物を倒してその力を自分のものに出来ると言う特性があることを考えると、魔物である可能性の方が高いと思う。
だが、それについては今伝える必要もないだろう。
とりあえず、頷いておく。
「ふむ、じゃったらなんなんじゃ?」
「つまり、人里に言っても、自分は魔族だ、と主張すればとりあえずなんとかなるんじゃないかなって。魔族は私たちハーフエルフみたいに遠巻きに見られることが多い種族ではありますけど……魔物扱いは流石にされませんし。それにここはヴォルポート連邦の端っこです。ヴォルポート連邦、ご存知ですか?」
もちろん、知っていた。
ヴォルポート連邦はレシャーク帝国の隣国であり、多民族国家だ。
亜人もかなり多く、種族で差別されることは滅多にない。
魔族であっても歩いているのをかつて見たことがある。
その時は、豚鬼族だった……緑鬼族を名乗れば、普通に街に入れる可能性は高そうだ。
ちなみにレシャークに住む者は普人族が大半を占めている。
それが故に、他種族に対してはかなり厳しいところがあった。
儂としてはあまり良いことだとは思っていなかったから、是正すべく努力はしていたのだが、そういった心の問題というのはかなり難しく、またあまりにも国家として巨大化し過ぎたため、全体の考えを変えるということはできなくなっていた。
そういうこともあって、儂のもともとの仲間たちが去っていった、というのもある。
儂の力不足だ……。
まぁ、これについては今悲しんだところでどうしようもない話だ。
それよりも今は、儂のこれからの身の振り方の方だろう。
「ヴォルポート連邦は聞いたことがあるのう。魔術師から、そうおった知識も教えられた。確か、様々な種族が住んでいるという話じゃったが、儂のような者もおるのか?」
魔族は流石に滅多にいないだろう、というのは知っているが、行ったことがないのにそれを知っているのはおかしいため、一応尋ねておく。
コレットは首を横に振って、
「流石に魔族はほとんどいないと思います。でも……もしかしたらいるかもしれませんよ。実は、私、里を出たことがなくて、外のこと、あんまり知らないんです。だから……」
「ほう、そうじゃったか。なら仕方がないのう。もしかして、里を出てはならぬという掟でもあるのか?」
ハーフエルフの隠れ里ではよくあることだ。
外の人間との交わりを徹底的に避けることで、周囲から完全に身を隠す。
しかしコレットは首を横に振って、
「そこまで厳しい掟はないんですけど、この辺りって、一応、ヴォルポート連邦の土地なんですが、レシャーク帝国との境目なんですよ。だから、たまにレシャークの軍人がやってくるんです」
「ふむ……?」
話の行く末がわからず、とりあえず続きを促した。
コレットは続ける。
「それで、たまに軍人の人が、私たちハーフエルフを見つけると誘拐されることがあって……だからあんまり、遠出はしちゃいけないって言われてて。掟と言うより、安全を考えての決まりですね」
「なんじゃと……? 誘拐してどうするんじゃ?」
そんなことが行われているなどと、儂は知らなかった。
皇帝であったというのに。
知っていれば確実に止めたし、処分していたと言える。
儂の質問にコレットは答える。
「レシャークの貴族の人たちに、ハーフエルフを奴隷にしたい人たちがいるらしくて……高く売れるんだそうです。だから……」
それを聞いた儂は、頭に血が上った。
なんてことをするのかと。
人を奴隷にして売買するなど、とてもではないが許されることではない。
少なくとも、レシャークにおいては国法で禁じていたはずだ。
他の国々では盛んに行われている場所もあることは知っている。
だが、レシャークではそんなことは絶対にならぬと、必要もないと、命じていた。
それなのに。
「……実に許せぬことじゃ。それでは、コレットの住む里の者たちは、それに怯えて暮らしているのか?」
「いえ、それほどでも。さっきも言いましたけど、このあたりはヴォルポートの土地ですからね。そちら側に入ってくるのは、流石のレシャークの軍人さんでも躊躇するみたいで、年に一度か二度、あるくらいです」
「ふむ……」
「ま、そんな話はいいじゃないですか。それよりも、バルさんのことですよ」
「あ、あぁ……」
そんな話、で片付けていいことではないと思うが、コレットがそう言うのならここまでだろう。
「それで、これからどうされるんですか? ヴォルポートの街に行くつもりですか?」
「そうじゃのう……現状では、それが良さそうじゃ。緑鬼族を装って、のう。じゃが、流石にこの格好では警戒されるじゃろうて」
儂は自らの身に付けているもの、適当に切り抜いた毛皮の巻頭衣を見ながら言った。
コレットも言わんとすることは理解したようで、
「……まず、服を仕入れた方が良さそうですね」
「あぁ。そこで頼みがあるんじゃが……」
コレットに頼むべきはこれだ、と思って儂が言おうとしたところ、先んじてコレットが続きを言った。
「服を持ってきて欲しい、ですね? わかりました。それがお礼になるのなら、お安い御用です」
「お、おぉ。よく分かったのう。ありがたいんじゃが……良いのか?」
「命を助けられたお礼にしては、かなり軽いと思います。それだけだと申し訳ない気がするくらいです……何か他に欲しいものありませんか?」
「ん? そうじゃのう……出来ることなら、儂にも使えそうな長剣と、弓矢があればありがたいんじゃが」
「なるほど。そう言えば短剣で戦っておられましたね。それだけでもかなり強かったので問題なさそうに思えるんですけど」
「儂が本来学んだ戦い方は、長剣を使ったものじゃ。魔術師だったが、剣も器用に使う男での。それに弓矢は、食糧確保のためにあったほうが楽じゃからの」
「ははあ。そうですか……分かりました。では、里に調達に行ってきますね。ここに持って来ればいいでしょうか?」
「ああ、そうしてくれると助かるが……また魔物に襲われるかもしれぬぞ。危険じゃが、いいのか?」
「貴重ですが、魔物避けがあるので今度はそれを使って来ようと思います。ケチったのがいけなかったですね……」
「お主……まぁ、良い。では頼んだぞ」
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