ただ、そうは言ってもあの頃とはかなり状況は違う。
そもそもの問題として、この体の戦闘力は儂が普人族だった頃と比べればかなり低そうに思える。
肉を食べたいからと言って動物や魔物を狙ったところで返り討ちに遭ってしまう可能性が高いだろう。
だから、儂はさらに調べなければならない。
この身に、魔力や闘気が宿っているかどうかを。
神の加護たる神気や聖気でも構わないが……流石にこの体にそれが宿っているとは考えにくい。
可能性があるのは魔力や闘気の方だ。
儂は周囲に動物や魔物の気配がないことを確認してから、静かに座り、目を瞑って集中する。
すると自分の身に巡る力を感じてくる……。
全身に流れる血の流れ。
心臓が送り出すそれと、その近くに、かなり似通った、しかし性質の異なる力を感じた。
これこそが、魔力だ。
やはり魔力はこの体に宿っていたか……。
まぁ、これについては正直なところ、期待していた。
というのは、儂がゴブリンであるのなら、儂は魔物ということになる。
そして魔物というのは多かれ少なかれ魔力を持っているものだからだ。
たとえ最弱のスライムであっても、魔力は持っている。
だからゴブリンである儂にもきっとあるだろうと……そう思っていたのが当たった形だ。
それにしても……。
「ゴブリンにしては、随分と魔力量が多いのう? ふむ……普人族だったときの儂ほどではないが……概ね十分の一程度はあるようじゃ……」
それだけ聞くと少ないように聞こえるかもしれないが、実際はかなり多い。
というのも、儂はこれで冒険者の頂点まで上り詰めた存在でもあった。
冒険者というのは大半が魔力や闘気を身につけている戦士、魔術師であり、その中で頂点まで到達するためには、かなりの量の魔力や闘気が必要とされた。
具体的にいうなら、常人の数十倍、数百倍の量だ。
つまり、その儂の十分の一程度、ということは一流の魔術師程度の魔力をすでに持っているということになる。
魔力は鍛え上げれば増やすことも可能だが、何もしない状態でこれくらいの魔力を持っているというのはかなり珍しい。
もちろん、普通のゴブリンがそんな強大な魔力を持っていることなどあるはずがなく、これはおかしなことだとすぐに察する。
それに……。
「闘気も感じるのう……全く練れてはいないが、量だけは結構なもの……ふむ? こちらも以前の儂の十分の一ほどか……? 奇妙じゃの」
なぜそんなことになっているのか。
純粋に疑問だったが、やはり考えても分からない。
こうやってゴブリンになるに当たって、普人族であった頃の力が多少なりとも引き継がれた、ということだろうか?
魔力や闘気の量が計ったように普人族であったときの十分の一ほどであることから考えれば、その推論も全く間違っているとまでは思えない。
ただ、答え合わせの方法はなく、これ以上これについて考えても仕方がなさそうだった。
それに……。
「理屈は分からんが、どうやら最悪の事態は免れたようじゃ。魔力と闘気がこれほどあるのであれば、少し鍛えればある程度は戦えるようになるじゃろう……。魔力回路や練気についてはまた、初めからやり直さねばならないようじゃが……それもまた一興……。この体で、以前の儂にどこまで迫れるか挑戦してみようではないか……!」
そう思った。
魔力回路や練気だが、魔術師や闘気を扱う戦士となるためには、魔力や闘気を持っているだけでは足りず、修行して魔力回路を身体中に広げ、また気を練り込んで強くしていく作業が必要になってくる。
当然、普人族だった時の儂はそれらの訓練を限界まで行い、鍛え上げたが、今、体の様子を確認して分かったのは、魔力回路も気の練りも、まるで完全な初心者のようにまっさらな状態になってしまっているということだった。
こうなると、至極簡単な魔術や身体強化などについてもそう軽くは出来ない。
修行をやり直さない限り、である。
儂が積み上げてきた全てが、なくなってしまったということになる。
ただ、それでも儂の心に絶望は全く浮かばなかった。
なぜなら、儂は一度それらの修行をこなしているからだ。
効率の良いやり方を儂はよく知っている。
子供や弟子、兵士などにそれらを教える機会も多く、その経験が今の儂には宝物のように輝くだろう。
「……とはいえ」
ふう、と息を吐くと同時に、腹がきゅるるる、と音を立てる。
まずは腹拵えが必要らしい。
「ちょうど良い獲物がいると良いが……探すかのう。強い魔物には見つからんようにしなければ……」
立ち上がり、儂は森の奥に向かって歩き出した。
◆◆◆◆◆
「……良いところにウサギがいたのう。しかし、捕まえられるか……?」
儂は今、森の茂みの中にいる。
視線を向けている方向にいるのは、小さな野ウサギだ。
ウサギの肉は鳥の肉に似て美味であり、あれを捉えられれば空腹は収まるだろうが、問題は本当に捕まえられるかだ。
魔術や闘気が少しでも使えればやれるだろうが、今の状態では無理だ。
魔術回路や練気はとりあえず身の安全を確保するために促成栽培的に鍛え上げるとしても、三日程度は必要だ。
その間ずっと飲まず食わずというわけにはいかない。
最低限の食料はこの素の身体能力で確保しなければならなかった。
ただ、野ウサギというのは実は非常に素早く、そう簡単に捕まえられるような動物ではない。
ここに来るまでにすでに二回逃げられており、今回も失敗したら空腹を埋めるのにまた別の手段を考えなければならないだろう。
せめて弓矢があれば、と思うがそれもまたないものねだりだ。
仕方なくこの体の大きさにちょうど良い石をいくつか拾って、それをぶつけることでどうにかしようと思っている。
軽くぶつけたくらいでは逃げられてしまうだろうから、狙うは頭部を一発だ。
それで絶命させるのが一番だが、気絶でも良い。
もしくは、数秒の間、ふらついてくれるか。
それだけの時間があれば、しっかりとさっき拾った木の棒もあるので、なんとかすることができるだろう……。
もぐもぐと木の皮のようなものを食べている野ウサギ。
その視線が儂とは正反対の方向を向いたところで、今だと思い、石を投げる。
石は、儂が考えていたよりも早いスピードで野ウサギのところに真っ直ぐ飛び、そしてその後頭部を強く打った。
倒せたかどうかは確認せず、儂は茂みから出て野ウサギのところに素早く走る。
すると、野ウサギはふらついてはいたが、まだ絶命していないようだった。
儂が近づいてきたのに気づき、慌てて逃げようとするも、まだ石をぶつけられた衝撃から抜け切れていないのかまごついていた。
その隙を見逃さず、儂は木の棒を振り上げ……。
「……よし。どうなることかと思ったが、なんとかなったのう……」
しっかりと絶命させた野ウサギを手に、儂は満足する。
これで、三日くらいであれば空腹を逃れることは出来るからだ。
食べるためには解体せねばならず、しかし包丁はない。
ただ、それについても森の中を歩く道すがら、鋭く尖った石を見つけて拾っておいたから、なんとかなるだろう。
かなり不格好にしか捌けないだろうが、食えれば良いのだ。
「さぁ……湖に戻って、腹拵えじゃ」
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