反撃のキング→ゴブリン

丘野 優
丘野 優

第9話 オーク

公開日時: 2020年10月26日(月) 13:26
更新日時: 2020年10月28日(水) 01:33
文字数:3,759

 オーク。

 それは豚を直立させたような魔物であり、その体躯は二メートルを越すこともざらだ。

 体重も数百キロに達することもあり、通常の人間がまともに対抗できるような存在ではない。

 ただ、強力な騎士や兵士、それに冒険者と呼ばれる魔術や闘気によって闘うことの出来る者たちにとってはさほど恐れるような魔物でもないのも確かだった。

 特に、群れになっているような場合ならともかく、一匹だけしかいないのなら尚更に。

 しかし、それでも油断すべきではない。

 いわゆる、本来群れで活動することが一般的な魔物のはぐれと呼ばれる個体には、たまにかなり強力なものもいるからだ。

 はぐれ個体の九割は群から無能の故に追い出されたような弱い個体であるのが普通なのだが、そうではなく自分から群れから出て、新たな群れを自らの力で築こうとしている個体である場合がある。

 群れのトップとのボスの地位を争って、負けた個体などが代表的だろう。

 そういったはぐれ個体は、通常のはぐれ個体とは比べ物にならないほど強く、舐めてかかると一瞬にして命を落とす羽目になる。

 だからこそ、儂は油断しない。

 目の前のオークは一見、さほどの実力も保たないように見える。

 しかし、そういう恐ろしい個体である可能性は無いではない。

 そして、今の儂がそのような強力なはぐれ個体に勝てる可能性はゼロだ。

 だから、ここで勇んで突っ込んで行ってはならない。

 むしろ静かに身を潜めて、去っていくところまでを見届けなければ……。

 

 そんなことを思いながら、儂は息を殺し続けた。

 程なくして、十分に水分補給を行ったのか、はぐれオークは満足そうな表情でのそりのそりと森の中へ消えていった。

 その歩みはゆっくりしたもので、遠く離れるまで安心はできなかったので儂はしばらく隠れていた。

 そして、完全にその気配がなくなった、と確認したところでやっと茂みから出てきたのだった。

 あまりにも臆病な行動に見えるかもしれない。

 しかし儂は知っているのだ。

 戦場で生き残るのには、その臆病さが最も大事であるということを。

 勇敢な奴は先に死んでいくのだ。

 もちろん、時と場合によっては命をかけて勇敢さを発揮しなければならないタイミングもあるだろう。

 人間だった時、儂は何度となくそういった場面に直面し、その度に賭けに勝ってきた。

 だが、今はその賭けをすべき時ではない。

 まずはコツコツ実力を上げるところからだ。

 挑むのは、十分に実力がついたと確信できたその後でいい。

 この森で、しかもこの湖で水を確保している以上、いずれ奴とは戦う運命にあるのは間違いない。

 だから、その時まで、牙を研ぐのだ……。


 *****


 オークとはしばらく戦いは避ける。

 とはいっても、一切何とも戦わないのではつく実力もつかない。

 練気や魔力回路の形成を拠点で静かに行なっているのもいいのだが、実戦の中でしか身につかないものもあるからだ。

 だから儂は、毎日の修行に加えて、今の儂にも倒せそうな手頃な魔物探しを始めた。

 普通の動物では狩りにはなっても訓練にはならない。

 魔物とは異なり、好戦的な性質を持つものがほとんどいないからだ。

 それに対して、魔物は人と見たら襲いかかってくるような好戦的なものが多い。

 オークもそうだし、儂のようなゴブリンもそうだ。

 そのため、とりあえず儂はゴブリンを、それもできればはぐれ個体であるゴブリンを探していた。

 ゴブリンは群れというほど大規模な集団を作ることは少ないが、それでもグループを作ることが多い魔物で、通常は二、三匹で一緒に森の中などを闊歩していることが多い。

 家族なのか、赤の他人なのかは正直まるで分からないが、連携した動きをすることも少なくなく、最弱の魔物の代表格とはいえ、油断はできない相手である。

 しかしだからこそ、今の儂にとってはいい訓練相手になることも間違いない。

 通常のゴブリンと儂、どの程度実力に違いがあるのか調べるのにもいいだろう。

 だからこそ、はじめに戦うのはゴブリンが良かったのだが……。


「……この体で一番最初に倒すことになるのは、ゴブリンではなく、スライムだったか……」


 目の前に、フルフルとした、まるで水をそのまま球状に固めたかのような不可思議な物体がいた。

 固めた、といっても完全な固体というわけではなく、地面を擦るように動き回っており、またその体は水のようではあるけれども完全に透き通ってはおらず、わずかに濁っている。

 その理由はなんとなくわかる。

 その透き通った体の中に、骨のようなものがいくつか見えるからだ。

 スライムは基本的に雑食性の魔物だと言われており、目に入るものをなんでも体の中に取り込んで栄養としてしまう。あの骨はその獲物を消化した残骸だ。

 栄養源はそれこそ草でも構わないらしいが、ただ個体によって好みのようなものがあることも確認されていて、動物を捕食することが多い個体、草木を食べるのが好きな個体、鉱物を主に主食とする個体、などなど、色々といる。

 そしてその捕食するものの傾向によって、特別な性質を得るものもいる。

 いわゆるポイズンスライム、などという名前の、少しばかり毒々しい緑色をしたスライムは毒性のある植物や動物を捕食することによってそういった性質を得る《進化》をした個体だと言われている。

 他にも、スノウスライムとか、ファイアスライムとか、色々な種類がいる。

 しかし、今目の前にいるのはそういう《進化》を経たものではなく、いわゆるノーマルスライム、と呼ばれるそれこそ最弱の種類だ。

 ただ、それでもしっかりと野ウサギくらいの大きさの動物を捕食して消化してしまう凶暴性はある。

 離れた位置から見る限り、移動速度は遅く、動物など捕獲できなさそうに見えるのだが、実際には侮っていい存在ではない。

 最弱とはいえど、魔物である。

 つまりは、普通の人間を死に至らしめるだけの攻撃手段くらい、普通に持っているということだ。

 

 事実、儂がスライムを倒すべく、手に武器というには心許ない太めの木の枝を持って近づくと、今までただずりずりと地面を擦っていただけのスライムが急にその体をブルブルと震わせた。


「……来るか」


 儂が身構えると同時に、スライムの体の一部が急に鞭のように伸びてきて、儂を叩くべく高速で動いた。

 これこそが、スライムの代表的な攻撃手段である。

 あの不定形の体を自由自在に形を変えて、襲いかかってくるのだ。

 その速度は決して馬鹿にしたものではなく、間合いにいれば一瞬にして攻撃が到達してしまうほどのものだ。

 野ウサギくらい、簡単に捕獲できてしかるべきだ。

 さらに、あの触手のように伸びたスライムの体は、鞭のように叩くだけのものではない。

 儂がそれを避け、スライムのそばに近づこうとすると再度伸びてきて、今度は槍のように尖る。

 スライムの体は通常ではそれこそゼリーのように柔らかいものだが、この尖った状態の部分についてはその硬度はかなりのものになる。

 金属ほどではないにしろ、木材を尖らせた程度の硬度は優にあるだろう。

 強力な個体や、上位種であればそれこそ金属ほどの固さがある事も少なくない。

 もちろん、これに突き刺されれば儂の体などあっけなく貫通することは分かり切っている。

 だから儂はしっかりとその軌道を見て避けていく。

 何度となく、スライムは儂に攻撃を加えるが、その全てを儂は避けていく。

 そして徐々に距離を縮めていった。

 ノーマルスライムの攻撃は実のところ、単発的で、触手のような部分が同時に三箇所以上伸びてくることはない。

 二箇所程度ならばぎりぎりあるのだが、それ以上になると維持できないようだ。

 その身を削って、というか使っているのだから、あまり長く伸ばしすぎると問題が生じるのかもしれなかった。

 だからこそ、よくよく注意して挑めば、決して倒せない魔物ではない。

 不定形であるために、どうやって止めを刺せばいいのか、というのも一応問題になるが、これについては比較的分かりやすい弱点があった。

 その透明な体の中心あたりに、僅かな内臓と思しき器官と、そして暗い色の石のような部分が見える。

 その石こそが、スライムの核、と呼ばれるもので、そこを砕けばスライムはその身を維持することが出来ずに崩れるのだ。

 儂はそして、その核まで木の枝が届く位置まで辿り着く。

 

「……では、さらばじゃ」


 儂が素早く枝を突き込み、核を砕くと、スライムの体がドロドロと崩れ始めた。

 ほとんどが水分で構成されているために、粘液のように地面に染み込んでいく。

 実のところ、容器があればこのスライムの体液は中々にいい触媒になるので確保したいところなのだが、今の儂にはそのような道具がない。

 ただ、素材として確保できる部分は体液だけではなかった。

 砕けた核、その内部に、小さな水色の水晶のようなものがあるのが見える。


「……小さいが、魔石はいくらあっても困らん……魔導具を作れるほどではないが、とりあえずもらっておくぞ、我が最初の敵よ」


 そう、これこそが魔石と呼ばれる魔力の結晶であり、様々な用途に使える素材なのだった。

 魔物の体内に必ずあるもので、資源として活用されている。

 本来であれば街中に持っていけば売れるのだが、今の儂にはそれは難しい。

 いずれ、自分で何かに使うことになるだろう。

 少なくとも持っておいて損をすることはないので、とりあえず確保しておくことにしたのだった。

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