「マジかよ…」
そう小さく呟いたのは齢3歳な私だ。とてもじゃないが、3歳児が出すような声じゃないよね。うん、自覚はしているよ。でも、そうなるのは無理もないと思う。私は前世を思い出してしまったんだから。あ、ちょっ、やめてっ!真顔でスマホ取り出さないで!そして、そっと110番しようとしないで!?うん?良い精神科教えてあげようかって?違うって!頭おかしくなったとかじゃないよ!?
私が前世を思い出した経緯はこうだ。
いつものように、どこへ行くにもいつも一緒なお友達、『そーくん』と遊んでいた時のことだ。私達はブロック遊びをしていた。そして、ブロック遊びに飽きて二人で絵本を読もうとした時、事は起こった。私は片付け忘れていたブロックを踏んでしまい、ツルッと滑って体は後ろに傾き、そのまま頭が幼児用の机のまるい角に見事にこんにちはした、という事だ。
前世の私の名前はよく覚えていないが、前世の私は、高校を卒業し、志望大学にも合格し、さあ大学生だ、という所で大学入学直前の18歳で人生の終止符を打っている。せっかく受験勉強を頑張ったというのに可哀想なことだ。思わずご愁傷さまと言いたくなる感じである。
さて、そんな残念な前世の私だが、とある趣味があった。受験勉強が終わったと同時にようやく解禁したのだ。その趣味というのが乙女ゲーム。前世の私は、恋愛経験はからっきしだったが、だからなのか、現実にはいないようないい男と疑似恋愛出来る乙女ゲームに見事にハマってしまったのだ。私が死ぬ直前までしていた乙女ゲームは『君ときゅんLOVE~学園の王子様』、略称が『君ラブ』。ヒロインが学園で人気の男子と恋愛するというよくある乙女ゲームだ。前世の私は、『君ラブ』の中に『推し』というものがあったようだ。というか、『君ラブ』は『推し』達に惚れて始めた。
その推しというのが、……
「りあ、だいじょうぶ?」
そう言いながら、幼児特有の小さな手で私の頭をよしよしと撫でて慰めているのは、『そーくん』だ。
先程まで、頭をぶつけた痛みに私はギャン泣きしていたのだが、その時から『そーくん』は眉を下げ心配そうな顔をしながら、よしよしと私の頭を撫でてくれていた。『そーくん』というのはフルネームで#夏目颯真__なつめそうま__#だ。
あれ?ハーフのそーくんは、淡い金髪にきれいなブルーの瞳。整った顔は今は心配そうに歪められている。なんでだろう?どことなく見たことのある顔。そりゃ、毎日見ているんだから、見たことあるのは当然でしょ。いやいや、違う、言いたいのはそうじゃなくて、そーくんの面影が残る顔を…。なつめそうま?夏目颯真…。
そして、出てきたのが冒頭の「マジかよ…」だ。
『そーくん』は前世の私がやっていた乙女ゲーム『君ときゅんLOVE~学園の王子様』、略して『君ラブ』の攻略対象者だったのだ。しかも、『そーくん』こと『夏目颯真』は私の推しだった。
夏目颯真は、何をやってもパーフェクトでハイスペックな天才だ。しかし、夏目颯真はその上で努力をしている努力家でもあるのだ。
もう惚れるしかないよね!?天才なのにその才能に慢心することなく常に上を向いているんだよ!?
しかし、夏目颯真は幼なじみの『#日向玲弥__ひなたれいや__#』にしか心を許していない。
これは腐女子にはたまらないよね!?ネットでも二人の関係は話題だったよ!私腐女子じゃなかったけど、二人の関係は尊いって思ってた。ただ、もう2人がくっついたら?と思ってしまったのは仕方ないと思うんだ。日向玲弥は私の推しその2だった。
夏目颯真は少し童顔なのを気にしているとか、もう可愛すぎるよね!?かっこいいのにかわいいとか、私の推しが尊い!私の推しが、私を萌え殺しにきている…。
日向玲弥は、黒髪に色素薄めな茶色のキリッとした瞳のクールに見えるけど、屈託なく笑う、日向という苗字が似合うイケメンだ。夏目颯真と日向玲弥の二人がお互いを信頼していて、仲良く笑いあっている姿は本当に尊かった。
しかし、ここで、一つ疑問がある。
そう、乙女ゲーム『君ラブ』の中での私の立ち位置だ。
まず、私の今世の名前は『#七海璃空__ななみりあ__#』。七海璃空は色素薄めな茶髪に琥珀色の瞳の今は美幼女だ。母がハーフなのよ。つまり私はクォーター。
『君ラブ』の中では、『七海璃空』なんていう人物は一切出てこない。つまりモブ中のモブだ。モブオブモブだ。
まあ、じゃないと、おかしいが。だって出ているってなったら、夏目颯真は日向玲弥にしか心を許していないんだから、あんなに今は仲のいい『そーくん』が実は私に心を許してくれていないってことになる。そんなの悲しすぎるし、怖すぎるし、もしそうだとしたら私、軽く人間不信になる。
だが、『七海璃空』は『君ラブ』に出ていないことが分かったから、これからもモブ人生を送れるってことだ。ひっそりとそーくんを見守ることが出来るんだ。やったね。
でもなあ、そーくんと少し距離置いた方がいいかなあ。いや、だってさ、ヒロインがそーくんを攻略する上での前提条件って、そーくんは日向玲弥以外の人物に心を許していないっていう状況でしょ?だったら、私がいたらダメじゃない?
「りあ?やっぱりいたいの?」
心配そうに私の顔をのぞき込むそーくん。
「ううん、だいじょうぶだよ!そーくん。しんぱいしてくれてありがと」
私は慌てて笑顔で大丈夫だとアピールする。
「そっかぁ。よかった。りあがげんきないとぼくもいやだもん」
そう言ってふにゃっと安心したように笑うそーくん。やばい尊い。
「ねぇ、そーくん。こんどからは、わたしいがいのこともあそぼーよ」
そうなんです。そーくんは、というか私とそーくんはいつも二人で遊んでいるんです。幼稚園の先生がいつも微笑ましいものを見るように、私たちのことを見るくらいには私達はいつも二人で遊んでいる。いやね?最初は他の子とも遊ぶように先生も言っていたんだよ?でもね、頑としてそーくんがそれを受け入れなかったんだよ。私?うんっ!て頷こうとしたけど、その前にそーくんが大泣きして慰めるのにそれどころじゃなかったよ。それからは先生も諦めたように私たちのことを見るようになったよ。
「……なんで?…ぼく、りあがいい。りあはぼくじゃだめ?」
そして、私以外の子とも遊ぼうとそう言った途端悲しそうな顔をするそーくん。しゅんとした捨てられた子犬のような目で上目遣いで私を見てくる。あっ、そーくんに垂れた耳と尻尾が見えてきた。うっあざといよ!そーくん!そ、そんな顔をしても、…ぐっ…だめ、…じゃない、うん、もういっか…。
「ご、ごめんね、そーくん。わたしもそーくんがいいよ。ね、そーくん、わたしとあそぼ?」
そういった途端嬉しそうな顔をして頷くそーくん。かわいい。
推しの悲しそうな顔に見事に撃沈しました、私です。だって、推しに悲しそうな顔なんてさせたくないでしょ!?『君ラブ』の時よりも幼いから破壊力が増しているんだよ。その顔はりあにこうかはばつくんだ。私、わるくない。もう、いっかー、と悟ったような顔をしてしまった私。あはは、なんとかなるよ、うんなんとかなる。日向玲弥とそーくんが出会ったらきっと解放されるよ。うん、それまでは私はそーくんといよう。それからは何とかしてそーくんを陰ながら見守るポジションにいよう。
そう心に決めたものの何だかんだで、そーくんとそして、未来のそーくんの幼なじみ、日向玲弥と一緒にいるようになりそうな七海璃空なのだった。
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