「朝早くに洞窟に入ったニャンがまだ戻ってきていないのです」
猫人族の村人Aが心配そうな顔で言った。
「洞窟内には危険な魔物もいるというのに……」
猫人族の村人婦人Bもおろおろとしている。
村人たちは総勢二〇人前後。
全員が猫人族だった。
全員が心配そうな顔をしている。探索のための準備もしている。
しかし、探索に行こうとする気配がまるでなかった。
「ノゾミ……彼らは猫人族、本能的な恐怖には逆らえないんです」
オレの不満を察してかミーシャが申し訳なさそうに言った。
猫人族は臆病な生き物だ。基本的には争いを好まない。
猫と言えば穴に入りたがるものだと思っていたのだが、どうやらこの星の猫は違っているらしかった。
ふむ。これも調査のし甲斐がありそうですな。
「それじゃあ、なんでニャンは洞窟に入ったんだ?」
洞窟には柵も何もしてなかった。そうしなくても誰も入ろうとしなかったからだ。
しかし、今回それが仇になった。
村娘のニャンがあろうことか洞窟へと入ってしまったのだ。
「彼女は双子の姉の病気を治すために薬草を採りに洞窟に入ったのです」
「洞窟に入るなとあれほどきつく言っておいたのに……」
アランとオットーが互いに顔を見合わせる。
部外者のオレがどうこう言える状況ではないが、ここは助けに行くべきではないだろうか。
「よし。助けに行こう」
アランの言葉にオレ達は頷き合った。
それにせっかく能力を獲得したんだ。その実験も兼ねて洞窟に入るのも悪くない。
その双子の姉のために勇気をふりしぼって洞窟に入った猫娘の行動は確かに素晴らしい。しかし、村人たちを心配させるとは何事だ。
ここは、早く見つけ出してオシオキをせねば。
ええ、下心などございません。
まったくもって平常運転中です。
あんなことやこんなことをしようなどと。
洞窟に捜索に入り村娘を発見。
へへへ、助けは来ねえぜ。
などと考えてはおりませぬ。
断じて! ええ、断じて!
「わかりました。我々にお任せください」
アランの言葉に村人たちは安堵の表情を浮かべた。
「それと……大変申し上げにくいのですが……」
村人の一人が本当に申し訳なさそうに口を開いた。
「二刻ほど前にこの洞窟に入った女騎士殿も一緒に探していただけないでしょうか?」
くそう。オシオキの対象が二名になりやがった。
しかたない。二人ともオレの餌食に……いやいや、助けたお礼に「調査」の協力をあおぐしかない。
すまぬ。
オレには神より授けられたすーこーなる使命があるのだ。
そう考えていると。
「ノゾミはここで待っていてくれ」
え、今なんと?
オットーの言葉にオレは驚きを隠せなかった。
仲間だろオレ達!
一人はみんなのせいで、みんな一人ののせいで!
この格言を知らないとは言わせないぜ!
「オレも行く……仲間だろ」
「ノゾミ!」
ミーシャがキラキラとした瞳でこちらを見てくる。
どうしてだろう、オレは彼女の目をまともに見れなかった。
やましい事なんて、ないんだからね。
◆ ◆ ◆ ◆
「足元は大丈夫か?」
洞窟内にアランの声が響く。
アランとオレ、オットーとミーシャの組み合わせで洞窟を探索することになった。
マヤはお留守番だ。
できれば、ミーシャと一緒が良かったが、今回ばかりはそうも言っていられない。
オレには聴覚強化と振動感知がある。探索には最適の能力だ。
ミーシャには感謝しないとな。特にお礼はしっかりとしないと。ふふふふ。
視覚強化もあったが松明の光りのせいでかえって見えにくくなってしまっていた。
「この洞窟はかなり深いらしい」
ひゅおおおお。
洞窟内からわずかに風の音が聞こえてくる。
せめて暗視とかの能力があれば松明なんていらないのに。
松明の光りを照らすと洞窟の奥で音がした。
「ダークバットだ!」
アランが剣を抜いた。
次の瞬間、大型のコウモリが襲いかかってくる。
「気をつけろ! 奴らは吸血攻撃がある!」
吸血コウモリか。厄介そうだ。
オレはがむしゃらに剣を振るうが当たる気配はなかった。
くそう。役に立たない。
意気込んできてみてもいざ戦闘になるとからっきし役に立たない自分がうらめしかった。
ええい。
オレはフェロモンを発動させる。
どういった効果があるかは結局聞けずじまいだったが、何かの役には立つだろう。
気のせいか、吸血コウモリの動きが緩慢になったような……う~ん。やっぱり気のせいのようだ。
とにかく数が多かった。
「アラン、ここはとりあえず逃げよう!」
悲鳴に近い声で叫ぶが当のアランは呆然としている。
心ここにあらずといった感じか、どこか魂が抜けている感じだ。
まさか、吸血コウモリの精神攻撃か!
アランは呆けたようにオレを見ていた。
「アラン!」
がむしゃらに剣を振りながらアランへと向かう。
だが、オレは失念していた。
ここは洞窟で足元が不安定だということを、吸血コウモリに気を取られすぎて足元の大穴に全く気がついていなかったということに。
「ノゾミ!!」
アランの驚愕に歪んだ顔を見たときに、オレは自分が足を踏み外し、穴へと吸い込まれていることに気づいた。
「ノゾミーーーー!」
アランの声が遠のく。
そして。
ごきっ! ばきっ! ぐきっ! べちゃっ!
派手な音と共に穴の底まで落ちていった。
◆ ◆ ◆ ◆
どれくらいの時間がたったのだろう。
オレは暗闇の中で目を覚ました。
以前も似たような状況で目覚めたような気がする。あの時はマヤを抱いていたが、今回それはない。
というかそれって昨日のことじゃないか。
記憶が混乱しているのか。
周囲の感覚からして、ここは岩の上。オレはそこに横たわっているようだ。
(報告。自己修復が完了しました)
えっ。オレって怪我でもしていたの?
(診断報告。全身の複雑骨折と頚椎骨折及び頭蓋骨陥没。即死でした)
マザーさんが優しく死亡診断の報告をしてくれた。
――ああ、死んじゃってたのね。
この二日間で二度の死……オレの死って軽くね?
この身体でなければとっくに人生終わってまっせ。
反省せねば。
…………反省終了。
オレは過去を振り返らない。
前を向いて進むのみだ。
上半身を起こし周りを見る。良かった、松明は近くに落ちていた。
松明を拾う。
落ちた衝撃で火が消えてしまってはいたが、火打石と油を染み込ませた布の予備は探索前に渡されていた。
布を巻き火をつける。
「アラン!」
落ちたのなら上にアランがいるはずだ。
しかし、返事はなかった。
(報告。自己修復のために約二時間の時間が経過しています)
うむ。それだけ時間が経過していればアランもどこかに移動しているはずだ。吸血コウモリに殺られたとは思えないから、外に応援を呼びに行ったのかもしれない。
穴の奥の方で気配があった。
また、吸血コウモリかと思ったがどうやら違うようだ。
「そこに誰かいるのか?」
しばらくすると反応があった。
岩を叩く音。
これは自然の発する音ではない。金属を打ちつける人工的なものだ。
地震などによって生き埋めになった場合、むやみやたらに叫んだりするのは体力の消耗を早めるだけだと本で読んだことがある。
物を叩き音で知らせることが、もっとも効率がいいのだ。
向かってみるとそこにうずくまる金髪の女性の姿があった。
「そこにいるのは誰だ?」
女性の誰何する声。
「オレの名前はノゾミ。あなたが村人の言っていた女騎士か?」
そうだ。と女性は言う。
金髪の絶世の美女。
彼女の名はシスティーナ。交易都市キリムの聖騎士だということだった。
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