獣車で進むことしばし、オレたちはキリムの中心部に到着した。
交易都市キリム。街は賑やかで人通りも多い。
行きかう馬車や人通りを見ているだけでワクワクとした気分になってくる。
人種も様々だった。
猫人族や犬人族、エルフの姿も見かけることができた。軒に並ぶ店も様々で活気がある。
露店からはいい匂いが漂ってきた。朝食を済ませたばかりだというのにお腹がぎゅるぎゅると鳴った。後で店先をのぞいてみよう。
オレたちは噴水のある広場で降ろされることになった。
「すまないが、送れるのはここまでだ」
アランが荷物を降ろしてくれた。
「何かあったら、冒険者ギルドに伝言を伝えておくよ」
「わかったわ、アランも頑張ってね」
冒険者ギルドは伝言の中継役も行っているらしい。
魔法などの直接的な連絡手段がない場合は、ギルドなどに伝言を残しておくそうだ。
時間はかかるが確実な手段だった。
常に居場所の安定しない冒険者に手紙などは届かない。
家を持つか、固定の宿を指定するかすればそれも可能だろう。
冒険者は不安定な仕事だ。
稼ぎは出来高、しかも下手をすれば命を落とす危険性もある。
ミーシャも女の子ながらよくこんな危ない仕事をしているものだ。
「ミーシャはどうして冒険者になったんだ?」
「外の世界を自分の目で見てみたかったんです」
ミーシャの村は山奥の僻地にあった。人里離れた土地での生活は、ゆったりとした時間が流れ、世間の喧騒から遠い場所だ。
しかし、若いミーシャにとってそれは退屈そのものだった。
ミーシャは二人姉妹だった。年の三つ離れた姉がいたのだ。
その姉は、三年前に冒険者になるために故郷の村を飛び出している。
「どこかでお姉ちゃんに会えたら一緒に冒険をしたいってのもあります」
冒険者は世界各地を旅する。そこで特定の人物に遭遇することは難しい。それでも、有名な冒険者になれば名を広めることができる。
「まだまだ、駆け出しなので有名になるには時間がかかりそうですけどね」
「そんなことはないさ」
まだ、ということはこれからの努力次第でいくらでも伸びるということだ。
それに、オレはミーシャと共に旅をすると決めた。マヤを含めてみんなで力を合わせればなんとかなる。
「ミーシャの目的は分かった。全力で応援しよう」
「ホントですか!」
ミーシャが嬉しそうに飛び上がる。
ホントホント。ノゾミ嘘つかない。
「そのためにも冒険者にならないとな」
「そうですね……」
最後の方はなんだか元気がなかった。先程からミーシャの様子がどうもおかしい。
どうやら冒険者ギルドには行きたくないような雰囲気がある。
冒険者ギルドはレンガづくりの大きな建物だった。中に入るとカウンターと情報の掲示板。
そして。
ガラの悪そうな冒険者たち。
いやあ、もうこれ以上ないってくらいに雰囲気出まくりです。
「おい、見ろよ。ミーシャだ」
「帰ってきていたのか……」
男たちの空気が変わった。
殺気にも似た空気がビリビリと伝わってくる。
いざとなったら、剣を出してでもミーシャを守ろう。
オレは油断なくミーシャの後ろに続く。
「おい。お前ミーシャだな」
一人の男が立ちふさがるようにミーシャの前に出た。
慣れているのかミーシャは落ち着いた態度で目の前の男を見上げる。
「そうですけど。私に何か用ですか?」
ミーシャの気配に押されたように男が一歩下がった。
「オ……オレと握手してもらえませんか!」
はい? 何なんだそれは?
「まあ、別にいいですけど」
仕方なしにと差し出された手に男のごっつい手が重ねられた。そのまま握りつぶされるんじゃないかと思われるくらいにぎっちりと握られている。
ミーシャの顔がひくひくしている。うん。きっと汗ばんでいたよねその手は。
「ありがとうございます! この手は一生洗いません!」
いや、洗えよばっちいから。
「それでは用事がありますので」
ミーシャは素っ気ない。もしかして、毎回このやり取りをしているとか。
だから行きたくなかったのか。毎回こんな感じだと行く気も失せる。
男との握手をすると何人かが手を上げた。仕方なくミーシャは男たちと握手する。なんだか、地方のアイドルみたいだった。
仕事柄荒くれ者の割合が多くなるこの業界。ミーシャのように女の子で冒険者というのは珍しい。しかも、攻撃と回復の二種類の魔法を使えるということで、彼女の人気は高い。
「さ、登録しましょ」
ミーシャは慣れた足取りでカウンターへと向かった。
全員の目がオレとマヤに集中した。
いかん。ここで舐められては今後の沽券にかかわる。
とはいっても右も左も分からない訳で、仕方なくミーシャの後についていくことにした。
「アランさんじゃないな」
「あんな死んだ目の男を連れて……ミーシャさんはどうしちまったんだ」
「あの小さな女の子なかなか可愛いぞ」
「誰か、あの男を爆破してくれ」
オレに対する態度ひどくないか?
まあ、通過儀礼だと思って見逃してやろう。
次はないからな!
「ハイ、ミーシャ今日はどんな要件なの?」
カウンターには黒髪のショートカットの女の子。ミーシャとは顔なじみのようだ。
ただし、お胸の成長はこちらの女の子の方がいいようで……と思っているとミーシャに睨まれてしまった。
まさか、心を読んだのか。
「ハイ、ローズ。冒険者登録に来たんだけど」
そう言って、オレとマヤを紹介する。
「一人?」
ローズはオレを見る。
当然だろう。
「いいえ、二人よ」
ミーシャはローズにマヤも紹介した。
ロースの目が驚きに見開かれる。
「この子も……?」
ローズはマヤをじっと見つめる。
小さくため息をついた。
「あのね……ミーシャ。冒険者は遊びじゃないの」
ローズがそういうのも無理はないだろう。オレはともかくマヤはどう見ても子供だ。子供をわざわざ危険な冒険者にすることもないだろう。
しかし、マヤを冒険者にすることは今後の事も考えると必須だった。
マヤは見た目はとにかくLVはオレより低いとはいえ10。下手な剣士よりもよっぽど役に立つ。
仕方ない。
やりたくはなかったが、アレをするしかないか。
「ミーシャ、しばらくローズさんと話をしたいんだが……」
「どうするんですか?」
「オレたちの家庭の事情ってやつを説明しようと思ってね」
「なにか、事情があるんですね」
ローズは何かを察したのかオレの提案を受け入れてくれた。
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