オレたちは獣車から降ろされ、近衛兵の操縦する馬車へと乗せられた。
馬車もあるんだとその時になって初めて知りました。
「すまない。なんだか大変なことになってしまったみたいだ」
オットーが申し訳なさそうに言った。
「まあ、仕方ないさ」
何かの誤解だろう。
何も悪いことはしていない。
オレたちは別に拘束されているわけでもなくアランたちは帯刀すらしたままで馬車に乗せられていた。
どれほどの時間揺られていただろうか。おそらく一刻は過ぎていないだろうという頃になって大きな屋敷に到着した。
ここが交易都市キリムを管理する三人の領主の一人、アイスクラ・マイスター卿の屋敷だということだった。
「どうぞ。こちらへ」
執事らしき男が玄関で出迎えてくれる。
ビシッとエレガントに礼服を着こなしたTHE執事だった。
そのまま応接室に通される。
「えーっと、私達これからどうなるんですか?」
ミーシャが不安げにオレに問いかける。
それはオレが知りたいくらいだ。
屋敷なんてこれまで一度も入ったことないし、あるのは観光で行ったお城くらいだし。しかも「和」の方だ。
「アイスクラ・マイスター卿様、システィーナ・マイスター様、入室いたします」
メイドの女性の声。
どうやら、領主様のお出ましらしい。
ん? どっかで聞いた名前が聞こえたような。
オレたちはアランにならって、その場に膝まづいている。
お屋敷に入る前に「決して許しがあるまで顔を上げてはいけない」と再三アランとオットーに言われていた。
領主はいわば小規模とはいえ王族と同じくらいの権力を持つ。下手なことをして罪人になどなりたくはない。
「面を上げなさい」
若い女性の声で、オレたちは顔を上げる。
顔を上げ目の前の女性を見るとオレはやはりと心の中で頷いた。
「シ、システィーナ!」
ミーシャが驚きの声を上げた。
アランとオットーはある程度の予想があったのだろう。オレたちの都入りを知っている貴族なんて一人しかオレは知らない。
できれば外れて欲しい予想ではあったが……
「昨日ぶりです、システィーナ様」
オレは観念して目の前のシスティーナお嬢様に挨拶をした。
「そんな呼び方をしないで、あなた方は命の恩人。今まで通りでいい」
くだけた感じでシスティーナが言った。
「システィーナって領主のお嬢様だったんですね」
ミーシャが感動したように呟いた。領主のお嬢様で女聖騎士か……スペック高すぎだろ。
それに美人だしスタイルもいい。
あの柔らかな感触は今でも覚えてまっせ!
「今、変な事考えなかった?」
システィーナが疑わしげな眼でオレをねめつける。
な、なんのことだかな。
別にぃ……平常心だしぃ。
「そ、そ、そんなことない……ぞ」
「怪しいな……」
「おほん。君達がシスティーナを助けてくれた冒険者だね」
誰だこのオッサン? などということをオレは言わない。
どう考えてもこの初老の男がアイスクラ・マイスター卿だろう。
交易都市キリムを代表する三人の領主の内の一人。その権力は強大だ。特に都市中心部の管理はマイスター卿が執り行っているということだ。地方の領主とは比べるべくもないだろう。
「よくぞ娘を救ってくれた」
第一声はねぎらいの言葉だった。よかった。娘の件でいきなり罵倒されるのかと思ったよ。いや、オレはシスティーナのことを信じていたよ。
「君達には何かお礼をしたいのだが……何か望みはあるかね?」
アランとオットーは顔を見合わせる。それからオレを見た。オレは黙って頷く。
「ありがたい申し出ですが、辞退させていただきます」
アランは静かな声で言う。
「私達は冒険者として当然のことをしたまでのこと。それがたまたま領主様のお嬢様だっただけでございます」
アランの言葉にオレ達は頷いた。
そう。相手が誰であろうとやることは変わらなかった。だから、何もいらない。
「ふむ。そうか……しかし、聞けばそこの二人は冒険者ギルドにこれから登録をするとか、その便宜をはかるくらいのことはさせてもらえないかね」
これは嬉しい申し出だった。
冒険者登録の事に関しては、キリムの街に入る時にオットーから説明してもらっていたことだ。直ぐに領主の耳にまで入るとは情報の統制がしっかり差されているという証拠だった。
情報は宝だ。営業においても人・金・情報というものは重要視される。
領主からのお墨付きとあれば冒険者登録は容易にできるだろう。
「よかったですね」
ミーシャが嬉しそうに言ってくれた。
そういったことであればありがたく受け取っておこう。
「ありがとうございます。その件につきましては甘えさせて頂きます」
何が問題となるかは分からない。身元の保証のないオレたちにとって領主という後ろ盾があるのは正直ありがたかった。
「分かった。手配しよう。こちらの要件で遅くまで引き止めてしまったな。今屋は屋敷に泊まっていくといい。娘もその方が喜ぶだろう」
「お、お父様!」
システィーナが慌てたように叫んだ。
よかった。昨日の件で罰せられるかと思った。
いやあねぇ。ほら、知らなかったとはいえ、フェロモンでずっと悶絶させてたみたいだし。
そうなのだ。双子の姉妹丼を頂いている時に、オレはその事実を知った。いや思い知らされた。
いやほんと、なんかゴメン!
「すぐに夕食の準備をさせよう。それまで部屋でくつろいでくれたまえ」
アイスクラ卿とシスティーナが部屋を退出する。
オレたちは一気にその場にへたりこんだ。
「き、緊張したぁ〜」
オットーが額の汗をぬぐう。
「さすがは領主、凄い風格だった」
アランも緊張していたようだ。
「冒険者の皆様。お部屋へとご案内致します」
メイドが無機質な声で言った。ここでくつろぐなということらしい。
オレたちはメイドに案内されて、各々部屋へと押し込められた。
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