ガタゴトと木の車輪の回る音。
背中に揺れを感じながらオレは目覚めた。
最初に目覚めた時よりも意識ははっきりとしている。
いくぶん力も戻ってきているみたいだ。
上半身を起こす。体にかけられていた布が滑り落ちた。
どうやらここは馬車の中らしい。いや、よく見ればこの幌車を引いているのは大型の狼だった。
だから、獣車か。
「※※※大丈夫?」
うさ耳の少女がオレに話しかけてきた。ちょっとだけ言っている意味が分かった気がした。
どういうことだ。耳の調子でも良くなったのか。
「※※※体に※※布を※※※しておいたから」
目覚めたオレに気づいたのか、獣車を操縦している男が話しかけてきた。今度はさらに意味を理解できた。
聞こえてくる音は同じだが、同時に意味も理解できる。急に外国語を理解できるようになった気がした。
「これをはいて※※。ミーシャ※※目のやり場に困る※※※」
ミーシャの隣りにいた男が布を投げてきた。
ゴワゴワとした布。
形からして、これはズボンのようだった。
ミーシャとはうさ耳の少女のことか、見ればミーシャは赤くなって下を向いている。
つまりは、これをはけということらしい。
「……わかった」
通じたかどうかはわからないが、お礼を言いパンツをはいた。力が入らないので寝転がりながらはく。
我ながら情けない格好だ。
オレは男の子だ。もちろん。お股の間には我が息子「聖剣エクスカリパー」がぶら下がっている。
寝転がった拍子に、聖剣がポロリと世間にコンニチハ。
ミーシャの悲鳴が獣車内に響いた。
――もう、オムコに行けない!
これは責任をとってもらうしかないだろう。
どんな責任の取り方をしてもらおうか。
なんてな。
シャツももらい袖を通す。
ゴワゴワとしていたが、何も着ていないよりはマシだ。
「どうやら、言葉が分かるみたいだな。安心した」
獣車を操縦している男が安堵したように息を吐く。
ん? 唐突に言葉がはっきりとしてきた。
「あなた……名前は?」
ミーシャが興味津々に聞いてくる。ちょっと顔が赤いままなのはご愛敬だ。
「……望月望」
「モチヅキノゾミ? ずいぶんと変わった名前だな」
「ノゾミでいい」
オレの言葉にアランは頷く。聞くことはできるがこちらの言葉は通じない――ということはないらしい。
ふらつきながら壁に寄りかかる。
身体に力が入らない。身体を起こしているだけでも相当にキツかった。
「ノゾミか。オレの名はアラン……剣士だ。こいつはミーシャ、兎人族の魔法使い。獣車を操縦しているのが弓使いのオットーだ。オレたちは三人で旅をしているんだ」
アランの話をあっさりと理解することができた。オレの言語理解力は相当のものらしい。
(報告。言語解析が終了しました)
突然、脳内に声が響いた。
「なんだ!?」
「ん? どうかしたのか?」
突然、挙動不審になったオレをアランが心配する。
「いや……なんでもない」
一体何だ。心の中にもう一人のオレがいるのか?
ヤバイ。電波キター。
(否定。私の名はMOTHER【マザー】です。世界統一機構の所有する人類移民船「カルネアデス」を管理している人工知性体です)
……はい?
えっ、これって何なの?この状況は……いわゆる仮想空間とかじゃないの?
(否定。有機調査体名「望月望」はこの未開拓惑星の調査のために派遣されました)
ますます訳が分からん。
つまりここは、実験内の施設とか仮想現実とかではなくて、やっぱり現実ってことか。
(肯定。有機調査体名「望月望」にはこの惑星を調査し、生体のサンプル回収、及び文化形態を調査する義務があります)
――オレって普通の高校生なんですけど。
(告知。これより、有機調査体名「望月望」への任務を説明します)
オレの嘆きは無視ですか。
だいたい、ここはどこでなんでこんなことになっているんだ?
マザーさんと会話を重ねていくうちにいくつかの重大なことが分かった。
・一 ここは地球から三〇〇〇〇光年離れた惑星。
・一 惑星の調査はまだ進んでいない
・一 オレ「望月望」は、過去にスキャンした人間の人格データから復元されたもの。
・一 少女「マヤ」はサポート役。
・一 地球はすでに滅亡している。
・一 地球が滅亡してからすでに二万五千年以上が経過している。
・一 MOTHERは人類移民船「カルネアデス」を管理している。
地球がすでに滅亡しているというのは、ちょっとショックだった。
オレ自身もコピーされた人格であるということは正直微妙だ。オレにはついさっきまで検査室にいた記憶しかない。それからすでに何千年も時間がたっていますよ。と言われてもピンとこない。
――我思う、故に我あり。
「まあ、いいか」
ラノベのように異世界に迷い込んだのだと思えば楽なものだ。
オレは深く悩まないことにした。
宿題しなくていいんだ。
あっ、でもゲームの続きできないんだ。
新作のゲームしたかったな。
こんなことなら美琴の胸揉んでおくんだった。
殴られそうだけど。
……後悔ばっかりだ。
獣車の通る道はお世辞にもいいとはいえない。見晴らしも良くない。聞けば魔物や盗賊に襲われて全滅する旅人も多いそうだ。
そう、この世界には魔物がいる。
そして、魔法も存在した。
すげぇ、ファンタジーな世界だ。
ならば、オレも魔法とか使えるのか?
(回答保留。現在、有機調査体名「望月望」は身体構成初期の段階です。これより、この世界を調査し、身体能力の最適化を行うことで様々な能力を獲得することができるようになります)
そうそれだ。ずっと調査、調査と言われてるけどそれって具体的に何するの?
(回答。原住民との接触による生体調査。文化圏に滞在することによる文明の調査がメインとなります)
つまり、いろいろな人に会って、あちこち行けばいいってことか。
人に会うってのは話しをすればいいのかな。
(回答。生体調査体とは、被験体との濃厚接触が有効的です)
の、濃厚接触!
手を……握ったりとか?
ちょっとドキドキしてしまった。
(回答。有機調査体名「望月望」の体内で精製される調査液……別名「濃厚ミルク」を相手の体内に注入します。ちなみに濃厚ミルクは有機調査体名「望月望」の身体であれば、どこからでも抽出可能です)
ナ、ナンデスト!
なにそのネーミングセンス。
いやそれよりも、トンデモナイことおっしゃりませんでしたか。
しかし、オレはあることに気づいてしまった。
相手との濃厚接触って具体的にどうやってするんだ?
(回答。相手との同意の上で接触する方法が最適です。その場合、相手がオスでもメスでも構いません。要は、体の一部を調査対象の体内に挿入します。その後、濃厚ミルクを口または直腸または……)
ピ――――ッ!
頭がフリーズしかける。
いや、オスってか、男はないだろ。
メスだとしても同意を得た上で濃厚接触……って、それってつまりセッ……
(回答。調査です)
ま、ま、ま、待て待て待て!
落ち着けオレ。
これは任務だ。
オレに課せられた崇高なる使命だ。
そうだよ。仕事なんだから仕方ない。
悲しいけど、これって仕事なんだよね。
バイトなんて駐車場の整備人とか実験の被験者とかくらいしかしたことないが、まあ、なんとかなるだろう。
しかし、しかしだよ。もし仮にオレがこの話を断っちゃったりしたらどうなっちゃうのかな。
(回答。その場合は不適合とみなし、「望月望」の人格の消去及び素体の破棄決定となります)
うをおい! なんだよその切り捨ての潔さ。てめえ勝手に人の人格再生しておいて、役に立たないから廃棄するだぁ?
(解析。反抗的な意思を確認――)
ち、ちょっとお待ちくださいマザー様! はい。もちろん誠心誠意お仕事を頑張らせていただきます。
(了解。任務の速やかなる遂行を期待します)
……………………了解。
オレは一人ため息をついた。
「大丈夫ですか?」
ミーシャが心配そうに顔をのぞき込んできた。
うさ耳がピョコピョコ動いている。
――やばい。めっちゃ可愛い。
彼女はオレが黙って考え込んでいたので、心配になったらしい。
「大丈夫だよ。だけど、まだ体に力が入らないみたいだ」
ミーシャはオレの言葉に安心したようだった。
マヤはまだ目覚める気配がない。オレのサポート役ということだが、オレよりも目覚めが悪いとはどういうことだ。
職務怠慢だ。
スキを見てイタズラしておこう。
どんなイタズラかは内緒だ。
その時だった。
「おい、ちょっと……様子がおかしいぞ……」
オットーが緊張した面持ちでこちらに振り向く。
アランは腰の剣に手をかけオットーの元に向かった。
「どうしたんだ?」
「大丈夫ですよ」
ミーシャが安心させるように優しく微笑みかける。
惚れてしまいそうなくらいかわいい笑顔だ。
「ちょっと魔物がいるみたいですから」
うん。まったく穏やかじゃなかった。
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