朝起きると、ミーシャの姿は幌車の中にはなかった。
アランとオットーは焚き火のそばで毛布にくるまって眠っている。
焚火の前にミーシャがいた。炎に照らされた彼女の横顔はどこか儚げで幻想的だった。
幌車から降りて焚火に向かった。
朝靄の中、静けさだけが漂う。
彼女の顔と昨夜の事が思い出される。
――うう。なんと声をかければいいのだろうか。
気まずい。
パチッ!
焚火の小枝の爆ぜる音が小さく響いた。
「おはようございます」
「お、おはよう」
ミーシャが挨拶してくる。顔が熱くなる。ミーシャもそれは同じようでほほを紅に染めていた。
「お茶を準備しますね」
ミーシャが水を汲むために桶を手にした。
「オレも手伝うよ」
ミーシャの持っていた桶を代わりに持つ。
「川はこの近く?」
「はい。旅の時はいつもこの辺で野営をするんです」
そう言いながら森の中を歩いた。
昨日の朝、空から飛来する火の玉を見たということだった。それがオレとマヤが乗っていたカプセルだったのだ。
火の玉を目にしたミーシャたちは状況を確認するために落下地点に到着し、オレ達を発見したということだ。
この一帯は木々が多くそれらが防風林の役目をし爆風の被害を免れていた。
他の地域は大なり小なり被害が出ているようだった。
近くに村などはないということだったのでとりあえずは安心というところか。
これで都市中心部にでも落とされていれば大災害になっていたはずだ。
――オ、オレたちのせいじゃないんだからね!
誰にともなく弁解しておく。そう、オレたちは悪くない。
(報告。カプセルは想定される被害を最小限にするためくぼ地を選定し、尚且つ人口密集地を避けて降下させました。誤差は一〇メートル以内です)
どうやら狙って降下させたらしい。
「……でも、最近は雨が少なくて、小さい池や川だと干上がっていたりしているんですよ」
おおっと、ミーシャの話は続いていた。
旅人にとって水場の確保は死活問題だ。
歩きながらミーシャは旅の話をしてくれた。
話によれば、ミーシャ達は同じルートを月に一度往復しているということだった。その際に周辺の魔物の討伐や、村と村の荷物の配達などを行う。
そうすることで道の整備と治安の維持を行うのだ。
この世界にはまだ正確な地図がない。
行商を行う商人たちは、自前の地図を一族の家宝としているくらいだ。
道と水場、安全な森。それらの情報は宝だ。
――地図が宝。
ならばオレにもできることがありそうだ。
川の岸にしゃがみ込み水を汲む。
立ち上がるとそこにミーシャがいた。
ちょっと赤くなりながら、目だけはまっすぐにオレを見ていた。
何も言わず、唇を重ねてくる。
水桶を持っままのオレは動けずにいた。
「昨晩のことは、ナイショですよ」
どきりとしたまま、黙って頷く。
やばい胸の高鳴りが収まらない。
「さあ、戻りましょう」
「そうだな」
オレはミーシャと肩を並べて歩き出した。
◆ ◆ ◆ ◆
獣車に戻るとアランもオットーも起き出していた。
「体の調子はどうだい?」
アランが焚き火に枝を追加する。
いつの間にか焚き火の周りに石が積まれ簡単なかまどが出来上がっていた。
これで煮炊きができる。さすが冒険者だ。旅に慣れている。
「夜はよく眠れたか?」
ミーシャとの一夜を思い出しドキリとしたが、アランはそんな意味で聞いてきたのではないと表情を見て分かった。
「ああ、よく眠れた。身体の方も調子がいい」
「そうか。あと一日で街につく。もう少しだけ我慢してくれ」
「街?」
(報告。三〇キロ圏内に人口一〇万人程度の都市を確認しました)
そのくらいの距離なら、この獣車なら一日で到着できるだろう。
「都市の名前は交易都市キリム、オレたちが拠点にしている街だ」
アランはフライパンで卵焼きを作り始めた。
「街に着いたら、まずは冒険者ギルドに行って登録をしないとな。そうすればこれから先、動きやすくなるよ」
オットーが荷物の中からチーズを取り出す。
やっぱりあるんだ冒険者ギルド。
まあ、予想はしていた。
戸籍などの情報管理が難しいこの時代。ある程度の管理をするにはそういった組織の力が必要になる。
聞けばこの国アルシアータは王政を布いており、周囲に多くの都が点在していた。各地の都はそれぞれに三つの領主によって統治されている。
三つの領主はそれぞれがお互いに監視し合い不正を起こしにくくしている。
三つの権力による管理と監視――三権分立。
うまくできたシステムだ。
「街に着いたらオレたちはお別れだ」
「えっ?」
意外な言葉に驚いた。アランだけでなくオットーとも街に着いたら別れることになるというのだ。
「アランとオットーは聖騎士見習いなの」
今は冒険者として地域を巡回しながら剣の鍛錬と土地の状況を把握していく。
街に着いたら、アランは聖騎士の訓練校へ、オットーは街の近衛兵としてそれぞれに進んでいくというのだ。
「実はミーシャのことで少し心配してたんだ」
アランが嬉しそうに言う。
「でも、君がいれば大丈夫だと確信した。ミーシャはまだまだ子供だから心配でね」
「もう、いつまでも子供扱いしないで! 私は立派なレディなんだから」
ミーシャがほほをふくらませる。
「ね。ノゾミもそう思うでしょ?」
はい。大変立派なレディでした。
アランがいきなりオレにヘッドロックをかけてきた。
「君のことは信頼している」
小声で囁く。
「ミーシャはまだ子供だが、今後君に好意を抱くこともあるだろう」
アランは完全にお兄さん的な立場でミーシャの事を心配している。
「だが、気をつけるんだよ。兎人族はああ見えても性欲が強い種族だからね。吸いつくされるぞ」
その忠告はもっと早くに聞きたかったです。昨晩の内に吸われちゃいました。
その分いっぱい注ぎ込んしゃいましたけどね。なんちゃって。
アランが心配していたのはどうやらオレのことだったらしい。
いい人だ。最初の出会いがこの人たちで本当に良かった。
心の底からそう思った。
(報告。昨日の戦闘経験から身体能力の最適化に成功しました)
マザーさんからの報告だった。
おお、昨日の戦闘は無駄ではなかったのか。
(報告。昨日の痛覚経験を元に致死量の数値を一〇として、三以上の刺激に対して痛覚無効を適用中……成功しました)
それは助かる。今後もあの痛みがあるのかと思うと怖くて戦うことができない。
そういえば、昨日のゴブリンの強さってどれくらいだったんだ?
アランやオットーの話では標準的な強さということだったが、今いちピンとこない。もっと数字的なもので表現してもらえると分かりやすいのに。
そのとき、オレはあることに気づいた。
ゴブリンの強さを五、アランの強さを一〇として客観的に数値化できないか。
そうレベル表示だ。
(可能。強さの表示化を行いました。視覚情報に追加しますか?)
OKと念じる。
するとアランとオットーの頭上にLVの表示が現れた。
アラン――聖騎士見習い剣士LV10
オットー――聖騎士見習い弓使いLV9
ミーシャ――魔法使いLV8
おお! なんかゲームみたいだ。
HPとMP表示があればもっといいのに。
そう思うと、いきなり緑と赤の二本のバーが表示される。緑がHP赤がMPということか。
えっ、こんな事もできるの。
(回答。身体の相対的なエネルギー量を算出しました。全体の数量を一〇〇とした場合の大まかな値となります)
いやはや。マザーさんパねえっす。
(報告。サポート役マヤが覚醒しました)
「やっと起きたか!」
立ち上がったオレをアランが驚いた顔で見上げる。
幌車に駆け寄り中をのぞき込む。
マヤは体を起こし、周囲をキョロキョロと見回していた。
「やっと起きたか! 心配させやがって!」
オレの言葉にマヤはコクリと頷いた。
そして。
「……昨晩はお楽しみでしたね」
彼女はいきなり爆弾発言をしやがった。
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