暗がりの中、時間が経つにつれだんだんと空が白み始め刺すような光の帯がさっと天蓋を横断していく。
一人の少女が軽快な動きで岩場を降りてくる。
動きに迷いはなく俊敏だ。
しかし、その動きをよく見れば周囲の気配に油断なく警戒していることに気づくだろう。
朝になり夜行性の魔物たちは鳴りを潜めるが、今度は大型の魔物が活発に活動を始める。
人里が近いとはいえ油断はできない。
彼女の頭には兎人族特有の大きな耳がついていた。
皮の簡易鎧に身を包み腰には武器であるショートソードと短めの杖があった。
「よっ!」
少女は危なげもなく岸に降り立つ。。
朝霧の中、ミーシャは水汲み用の桶を持って沢へとやってきていた。
彼女は冒険者だ。仲間は野営地で出発の準備を行っている。
最近は雨が少なく沢の水量もだいぶ減ってきていた。
今年の穀物の収穫量は大きく減るだろう。
近くの村でため息交じりに呟いた農夫の言葉が思い出される。
季節の変化は直接的に生活に直結する。
特に干ばつや大寒波などは生活どころか命にかかわる。
せめてもの救いはこうして自分たちが冒険者として活動できている事か。
冒険者は様々な依頼をこなすいわば何でも屋だ。街から街、村から村を移動することによって物資や情報を国の隅々まで送り届ける。いわば血液のような存在だ。
今回は、荷物の運搬の仕事のためにシュガルツ――大きなオオカミ――の曳く幌車に乗っての仕事だが、これがなければ冒険の往路は徒歩となる。徒歩となった場合の水の確保は死活問題だ。
こうして、水場にありつけるだけでもありがたいことだ。
以前などアテにしていた水場が干上がっており、五日ほど水なしでの旅が続いたことがあった。
その時など、朝露や木の実などで渇きを癒やしつつ進んだものだ。
どうしてもという時には水魔法で水を生成するという手段もあった――もっとも水魔法を得意とする魔法使いがいればという話でああるが。
魔法――世界の理に干渉し奇跡を具現化する御業だ。
ミーシャは魔法使いだった。しかも世に珍しい二属性(ダブル)魔法使いだ。
ミーシャは火魔法と風魔法の二種類を中級まで行使することができた。
初級魔法であれば――さらに付け加えるなら才能のある者であれば――地水火風光暗黒の六つの属性を行使することができる。しかし、それは初級までの話――中級以上となると話は変わってくる。魔法使いであればメインとなる属性魔法とそれに付随する初級魔法をいくつか習得しているというのが常だった。
最低でも治癒に必要な光魔法、攻撃に必要な火魔法は魔法使いとしてもまた冒険者しても必須の能力だ。
ミーシャはその中でもずば抜けた魔法の資質を持っていた。彼女は風魔法と火魔法だけでなく、初級ではあるが光魔法を使うことができる。光魔法は聖なる奇跡。傷ついた者に癒しを与える神聖なる力だ。
治癒魔法の有無で冒険の難易度は大きく変わってくるのだ。
とはいえ、ミーシャはまだ駆け出しの冒険者だった。
仲間となる二人の冒険者も聖騎士見習いとはいえまだまだ冒険者としての熟練度は低い。
水をくみ終え、ミーシャは野営地へと戻る。
空の雲は少ない。
鳥の声が響く。
魔物だけでなく森の動物たちがそろそろ目を覚ます頃合いだ。
「ミーシャ、水汲みご苦労さん」
火おこしをしていた剣士のアランが声をかけてきた。
もう一人の朝食用に野草を取りに森に入って入るであろう弓使いのオットー。今はこの三人でパーティーを組んでいる。
「川はどうだった?」
水かさのことを聞いているのだ。
情報は命、小さなことでも後々になって大きな影響を及ぼしかねない。
「だいぶ減ってきているわ。このまま雨が降らなければ今年の農作物は大変なことになるわね」
雨が降らなければ農作物の収穫に大きな影響が出る。
川から水をくむという手段もあるが、すべての農地に適用できるはずもなかった。
「うーん。雨が降りそうな天気でもないなぁ」
アランが空を見上げる――その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
大気の振動が体を揺さぶる。
「なに!?」
慌てて周囲を見渡す。
音は頭上から響いていた。
見上げれば巨大な火の塊が大地に向かって落ちてくるのが見えた。
「アラン!」
ミーシャが声を上げる。
その時にはすでにアランが立ち上がり獣車からシュガルツを外しているところだった。
「ミーシャ、風の防御魔法を!」
轟音が響き大地が揺れた。
爆風と衝撃波が大地と周囲の木々を吹き飛ばす。
とっさに張った防御魔法がなければ周囲の木ごと吹き飛ばされていただろう。
「近いぞ!」
シュガルツにまたがりアランが駆け出す。
「ミーシャは出発の準備を! オットーが戻ってきたら状況を説明してくれ!」
「分かったわ!」
オットーの無事が確認できていない。しかし、森の中であればまだ安全だろう。
こういう時に長年一緒にいる仲間は心強い。
短く言葉を残してアランは出発した。
「いったいなんなのかしら……」
ミーシャは不安げなため息をついた。
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