昼過ぎになりアランとミーシャが起き出してきた。
準備を整えいよいよ出発だ。
ニャンとミャンがオレ達を見送りに来てくれた。
「本当にありがとうだにゃん」
「皆さんのおかげで元気になれました」
ミャンがすり寄ってきた。腕に抱きつき胸を押しつけてくる。
ふんわりとした柔らかい感覚に思わずドキリとしてしまう。
猫人族だから身体を擦りつけるのが習慣なのだろうか。
それにしても無防備すぎないか。
紳士的なオレだからいいようなものの、普通なら襲われても文句は言えないぞ。
まあ、昨日はしっかり襲ってしまいましてけどね。
「今度は二人っきりで可愛がってくださいね♡」
ミャンが耳元で囁いた。
何ちゅうことを囁くんだこの猫娘は!
「本当に助かりました。ありがとう!」
他の村人たちもお礼の言葉を言い手を振ってくれる。
短い時間とはいえこの村にはお世話になった。また、立ち寄りたいものだ。
「そろそろ、出発するぞ」
オットーが獣車を発進させる。
「また来てくださいね!」
「来なかったら、こっちから会いに行くにゃ! もう、味と匂いは覚えたにゃ!」
ニャン、ちょっと声が大きいんだけど!
ミーシャがすんごい目でこっち見てるんですけど!
「一体何があったんだい?」
アランがまだ二日酔いの抜けきらない顔で聞いてきた。
「お兄ちゃんが人気があるって話だよ」
マヤが無邪気に笑顔を見せる。
「そうですね……それは、認めましょう」
ミーシャも少しは機嫌が良くなったようだ。
(報告。個体名「ニャン」と「ミャン」、「ほとばしる白い稲妻」による解析結果が出ました)
あ、その名前引っ張るんですね。
(解析結果。猫人族の固有能力「暗視」「聴覚強化」「敏捷強化」「動体視力強化」「猫舌」「発情」を確認。身体能力最適化実行中……能力の獲得に成功しました)
猫舌って能力だったの?
暗視が能力として加わったことは正直予想していた。
そうだ。オレはこの能力を獲得するために敢えて二人に接触したのだ。決してやましい気持ちがあったわけではない。ここんところ大事だから。
(報告。前回の経験を元に身体を最適化、LV5になりました。「フェロモン」と「発情」を統合……成功しました。能力「魅了」を獲得しました)
マザーさんの報告は続く。経験って、洞窟探検とか……娘たちとのあれやこれとか……経験って大事だ。
(報告。ワームホールの構築に成功しました)
おお、ついに構築できたか!
これで色々なことに活用できるってことだ。
まだ、どう活用するのか全く思いつかないけど。
「いろんな能力が増えてよかったね。お兄ちゃん」
マヤがすり寄ってきた。
「ちょっと、マヤだけずるいです」
ミーシャもすり寄ってくる。
アランは獣車の揺れに負けてすでにダウンしていた。
ううっ、気まずい。
オレの前でバチバチの二人。
なんとか仲良くなって欲しいものだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「おい、着いたぞ」
オットーの声に起こされた。
いつの間にか眠っていたらしい。
日もだいぶ傾いてきている。
「もう街に着いたの?」
ミーシャも眠っていたらしく起き上がり幌車から顔を出す。
オレも外をのぞき込んで思わず息を呑んだ。
見上げる程に巨大な城壁。それが左右を見ても端が見えないほどに広がっている。
交易都市キリムは周囲を外壁に囲まれた城塞都市だ。
外観からでも頑強な外壁が見てとれる。
都市への入り口は東西南北の四箇所。
各々の入り口は屈強な近衛兵によって守られていた。
今回、都市へ入るために南の入り口へと向かっていた。
「それぞれの入り口は夕方に閉門し、朝には開門するんだ」
オットーは獣車を操縦しながら説明を続ける。
「都市は外敵から狙われている?」
ここまで厳重に守る理由がわからない。
「……ゴブリンの大群と魔人族への対応のためだよ」
アランが怒気もあらわに言う。憎々しげなその声はいつものアランからは想像できないものだった。
「約五〇年前。突然、魔人族が襲ってきたんだ」
有史以前より、魔人族と亜人を含めた人族の連合軍との戦いは続いていた。
小規模な戦闘は数知れず。
しかし、五〇年前に戦局は急変する。
魔人族は全軍を率いて一気に攻勢に出たのだ。
後に人魔大戦と呼ばれる大戦だ。
十日間の戦闘で二〇万人もの人命が失われ、北の一国が滅んだ。
難を逃れた国民はほんの一握り。
それでも三〇万人もの難民が周辺諸国へと流れ込みそれによって、周辺諸国に食糧難が振りかかった。
戦闘によって多くの兵士と国民が巻き込まれた。働き手のいなくなった国に流れ込む難民。
国の国政は大きく傾き、立て直すまでに三〇年の月日を要した。
残り二〇年で現在の活気ある状況まで回復したが、人間達は魔人族に奪われた土地を決して諦めたわけではない。
そして、五年ほど前にゴブリンの群れが大挙して押し寄せるという大災害が起こった。
魔人族ばかりに気を取られ、周辺地域でゴブリンロードが誕生したことに気づくのが遅れた結果招かれた悲劇であった。
身軽なゴブリンたちはあっさりと都市内部へ侵入しキリムの街は大混乱になった。
ゴブリンたちは討伐されたが、未だ周辺地域ではその被害報告は絶えない。
「ゴブリンや魔人族の攻撃にも耐えられるように、城壁には魔法の加護が付与されている」
人と魔の生き残りをかけた戦い。
長きにわたる戦いの日々。
魔物や魔人族の脅威は未だに人々に恐怖を与えている。
「人々には希望の光が必要だ」
人々を照らし希望となる者が必要だ。
「ノゾミとの出会いもきっとオレ達にとって意味のあるものだと思っているんだ」
アランは期待のこもった眼差しでオレを見つめた。
「お兄ちゃんがいれば大丈夫なのです!」
「私もそう思います!」
マヤとミーシャが息巻く。
その希望の勇者はLV5でゴブリン並みの強さしかないんですけど。
「今すぐにというわけではないよ」
魔人族との戦いは近い。そのためにアランたちは自らを磨き、力をたくわえているのだ。
オレは……果たしてこの世界に干渉することができるのだろうか。
(否定。有機調査体名「望月望」は、この世界への直接的な干渉はできません)
マザーさんの言葉が頭に響く。
まあ、この世界の調査が目的だからね。この世界の問題は、この世界の住民たちで解決しなければいけない。
オレは大人しく生きていくことを心に決めた。
「そろそろ入都検査の番だ」
獣車が門へとさしかかった。
オレはとマヤは住民としての登録がない。アランとオットー、ミーシャが身元引受人となってくれることで都へと入ることができる。
冒険者としてギルドで登録を行うことができれば晴れて冒険者として活動することができるのだ。
「まあ、なんとかなるさ」
アランとオットーは聖騎士見習い。衛兵とも顔見知りということだ。
「よう。ロイド」
オットーが知り合いらしき近衛兵に声をかけた。
「オットーか!」
ロイドと呼ばれた近衛兵はビックリしたようにオットーを見る。しかし、その目は知り合いに向けるものではなかった。
ロイドは目配せし、他の近衛兵がオレたちを囲い込んだ。
剣は抜いていないが、なんだか穏やかではない雰囲気だった。
「すまんな。領主様からお前達を連れてくるように言われているんだ」
大人しく生きていこう。
そう心に決めたってのに……
なんじゃこりゃあ!
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