「ドッポ、停めろ」
「ちょ、ちょっと、どうする気⁉」
「ヒッチハイクというやつだろう」
「ま、まさか、乗せる気なの⁉」
「退屈しのぎになるぞ」
「そういうのは望んでいないのよ!」
「テイシャシマス」
ドッポがヒッチハイクする女性の近くに停車する。
「い、いや、こういうのはあまり乗せない方が良いわよ……」
「男ならともかく、女ならば危険度は少ない」
「日本刀が見えない⁉ 危険度抜群でしょ⁉」
「ファッションの一種だろう」
「どんなファッションよ!」
「ありがとうございます、助かりました~」
「もう乗ってきたし!」
グレーのタートルネックにデニムのGジャンを羽織り、黒のロングスカートを着た、艶のある黒髪ストレートロングの美人が車の後部座席に乗り込んでくる。
「誰も停まってくれなくて困っていたのですよ~」
女性は笑みを浮かべながら、穏やかな口調で話す。
「そりゃあ、誰も停まってくれないでしょうね……」
「何がマズかったのでしょうか~?」
女性は刀を片手に首を傾げる。舞は呆れながら答える。
「まずその刀が理由だと思いますよ……」
「きちんと鞘に納刀していますが……」
「まず刀を持ち歩いてはいけないんですよ」
「ドッポ、出せ」
「いやいや、ちょっと待って!」
舞は車が走り出すのを制止する。ジンライが首を捻る。
「何を待つことがある?」
「こう言っちゃなんだけど、怪しい女性を躊躇いなく乗せて発車しないでよ!」
「怪しいか?」
「トッテモビジンサンダトオモイマス」
「あら、お上手ですね、うふふ……」
「出せ」
「出すな! 美人だからってなんでもかんでもOKすんじゃないわよ!」
「ではどうしろと?」
「まず貴女のお名前は?」
「それが……思い出せないのです……」
「え?」
「はっと気が付いたら、流氷の欠片の側に倒れていて……」
「ど、どんな状況ですか、それ?」
「そのようにしか言い様がないのです」
「なんらかのショックで記憶喪失になったのか」
「ミタトコロ、メダッタガイショウハナイヨウデスガ……」
ジンライとドッポが冷静に分析する。舞が重ねて質問する。
「身分証明書などは持っていないのですか?」
「……生憎、持ち合わせてはおりません」
「その状態で何故ヒッチハイクをしようと?」
「行かなくてはいけない場所があるのです……そんな気がします」
「それはどこですか?」
「う~ん、どこでしょう?」
女性は首を傾げる。ジンライは頷いてドッポに告げる。
「よし、出せ」
「だから出すな! なにがよしなのよ、なにが!」
「……走っていればその内思い出すのではないか?」
「どういう理屈よ!」
「なんとなくですが……」
女性が顎に手をやりながら呟く。舞が尋ねる。
「なんとなく?」
「この地方で最も~と言える場所に行きたいのではないかと思います」
「この地方って……北海道でですか?」
「ええ……」
「最も~というのは?」
「最大とか、最高とか、ですかね……」
「いや、それはまた随分と漠然としているような……」
「分かった、出せ」
「分かるな! ああ、走り出しちゃった!」
「多少の余裕があるとはいえ、これ以上時間をかけてはいられん」
「だったら、尚更この人を乗せる選択肢はないのよ!」
「賑やかな方が良いだろう」
「タビハミチヅレ、ヨハナサケデス……」
「そ、そうは言ってもね!」
「や、やはり、私、降りましょうか?」
女性が申し訳なさそうに口を開く。
「気にするな、もう走り出した」
「気にするわよ!」
「大体、場所の見当は付いている」
「ええっ⁉」
「ほ、本当ですか?」
舞と女性は揃って驚く。
「ドッポ、これから指定する場所へ向かえ」
「カシコマリマシタ……」
「だ、大丈夫なの……?」
車は速度を上げ、数時間後、ある場所へ着いた。
「着いたぞ」
「こ、ここは……」
「大雪山だ」
「いや、それは知っているけど……」
「厳密に言えば、大雪山旭岳か」
「な、何故ここに?」
「北海道最高峰だからな」
「ああ、最高ってことね」
「ロープウェイに乗るか」
ジンライたちはロープウェイに乗り、雄大な大雪山の風景を見下ろす。
「……この時期でもまだ雪が残っているわね」
「どうだ? なにか思い出すか?」
「……申し訳ありませんが、なにも……」
ジンライの問いに女性は首を振る。
「そうか、では温泉に一泊してから旭川に行くか」
「旭川?」
山を下りたジンライたちは一泊後、旭川に移動する。
「ここだ」
「ど、動物園?」
「そう、日本最北であり、北海道最盛の動物園だ……」
ジンライたちは動物園を見物する。
「ふむ、動物の行動や生活を見せることに主眼を置いた『行動展示』か、興味深い……」
「なにか思い出しました?」
「い、いえ、動物さんたちはかわいいですけど……」
舞の問いに女性が首を振る。
「よし、次だ、富良野に行くぞ」
「富良野?」
ジンライたちは、今度は富良野へ移動する。
「ここだ、日本最大規模のラベンダー畑だ」
「なるほど、最大ね、でも……」
「お花が……」
「ラベンダーノカイカジキハモウスコシアトニナリマス……」
「そちらの温室ならラベンダーは見られるぞ」
ジンライたちは温室へ入る。女性が呟く。
「うわあ……綺麗ですね」
「思い出したか?」
「い、いえ、これではないかと……」
「ふむ……では次に行くか」
「どこかに泊まるの?」
「何を言っている。そんな余裕は無い」
「昨日はのんびり温泉に泊まったような……」
「昨日は昨日、今日は今日だ」
「あ、そう……」
舞はジンライのマイペースぶりに軽く呆れる。また移動を始める。
「昨日も聞こうと思ったのですが……」
女性が口を開く。
「なんですか?」
「お名前は伺いましたが、お二人はどういうご関係なのでしょうか?」
「夫……ぐおっ!」
例の如く、夫婦と答えようとしたジンライの脇腹を舞が小突き、小声で囁く。
「変な答えは止めなさいよ!」
「むう……」
「あの……」
「そうだな……互いの寝顔を知る仲だ」
「ええっ⁉」
「だから、言い方⁉」
「ま、まだお若いのに……進んでいらっしゃるのですね」
「いいえ! 一歩も進んでいません! 大変な誤解です!」
「やっぱり、私、お邪魔だったかしら?」
女性が小さく笑う。
「そんなことはない。お陰で有意義な観光が出来た」
「ア、アンタ、人の不幸にかこつけて……」
「貴様も温泉では楽しそうにはしゃいでいたではないか……」
「な、なんで知っているのよ⁉」
「隣の湯に入っていたからな……嫌でも声が聞こえてくる」
「ドッポを使って、覗いたりしていないでしょうね⁉」
「なんでドッポの性能をそんなことに使わなければならない……」
「ふふふっ、仲がよろしいのですね……」
「な、なんでそうなるんですか⁉」
「ふん……着いたぞ……」
ジンライたちは車を降りる。
「本来の私たちの目的地、夕張ね……どの辺が最も~なの?」
「この地域最上の映画ロケ地だな、強いて言うのならば」
「強いてって……あら?」
「ううっ……」
女性が頭を抱えて膝をつく。
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……少し思い出しました……」
「ほ、本当ですか?」
「ええ……ここで私は……⁉」
「きゃあー!」
「うわあああ⁉」
人々の悲鳴が聞こえる。見てみると、豚の顔をした大柄な人型の生物が数匹、空間に開いた黒い穴から姿を現した。その生物は鎧のようなものを身に付けている。その中で一番立派な鎧を着た生物が叫ぶ。
「グへへ! とうとうこちらの世界への扉が本格的に開いた! てめえら、まずはこの辺りを制圧しちまえ!」
「な、なによ! あいつら⁉ ⁉」
「魔界『ツマクバ』のオークども……こちらまでやってきたわね……」
「ま、魔界⁉ オーク⁉」
女性が刀を抜いて構える。
「向こうでは上手くやられたけど、こちらでは好きにはさせない! 『爆ぜろ剣』‼」
女性が浅葱色のだんだら模様のドレス姿に変わる。それを見た生物が驚く。
「て、てめえは⁉」
「魔法少女新誠組副長、菱形十六夜、参る!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!