「初めまして、この団体の責任者、団長を務める坂田杏美です」
小柄な女性はシルクハットを取って、ジンライたちに恭しく礼をした。
「い、いや、く、熊!」
舞は腰を抜かしそうになりながら、杏美と名乗った女性の後ろに立つ熊を指差す。
「ああ、アンタも挨拶なさい……」
「こ、こんにちは……」
「え、ひ、人……?」
「落ち着け、手足や衣服は人間のそれだろう……」
ジンライがため息交じりに呟く。
「あ、ああ……」
「名前も名乗りなさいよ」
「あ、鮭延川光八です……」
「まさかの熊要素無し!」
「ごめんね、シャイな性格だから、ずっと熊のマスク被ってんの、試合でもないのに」
「試合?」
ジンライが首を傾げる。
「あら、知らなかった? うちは世界でも稀に見るプロレス団体兼サーカス団よ」
「プ、プロレス兼サーカス⁉」
「ず、随分とまた忙しそうな団体だね……」
杏美の言葉にジッチョクとアイスが驚く。光八と名乗った男にジンライが話しかける。
「すると、貴様はレスラーでその奇抜な恰好はリングコスチュームというわけか」
「あ、は、はい、そうなります。リングネーム『ベアーマン』です、そのままですが」
「す、すみません……とんだ失礼を……」
舞が体勢を直して、光八に頭を下げる。
「いえ、気にしないで下さい。慣れていますから」
光八はリアル過ぎる熊のマスクから想像も出来ない程の柔和な声色で舞に答える。
「疾風博士……大二郎さんにはお世話になっているから……今日は楽しんでいってね」
「……失礼ながら、祖父とどういう関係なのですか?」
舞が不思議そうに尋ねる。
「え?」
「団長さんはまだお若いようです。祖父とどこで接点があるのかなと思いまして……」
「え、えっと、先代の団長と仲が良かったのよ、私はその時まだ見習いだったけど」
「そうだったのですか……」
「じゅ、準備もあるから失礼するわ……公演後に楽屋に案内するから。行くわよ、光八」
「はい……」
杏美はその場を去って行く。光八は舞たちに一礼して、その後に続く。
「おじいちゃん、意外な交友関係を持っていたのね……」
「それで納得するのか……」
「え? どういうことよ、ジンライ?」
「いや、別に構わん……そろそろ開演時間なのだろう? 席に行くぞ」
「……さあ、ピエロ二人によるパントマイムプロレスでした!」
「……一体何を見せられたのだ」
「パントマイムっていうよりも前衛的なダンスのようだったわね……」
ジンライと舞が呆然とする。
「後は想像力で補えということだろう!」
「なんでジッチョク、ちょっと理解示しちゃっているの?」
妙に感心した様子を見せるジッチョクにアイスが呆れる。
「……続きまして、人間ピラミッドチームマッチです!」
「……どういうルールだ?」
「見ていてもさっぱり分からないわ……」
ジンライと舞が困惑する。
「要はどちらがより早く、ピラミッドを作れるかだ! 妨害も構わんということだ!」
「要約できるジッチョクが怖いよ……」
興奮気味のジッチョクにアイスが冷めた視線を送る。
「……続きまして、空中ブランコタッグマッチです!」
「……空中ブランコの意味は?」
「私に聞かないでよ、分かると思う?」
ジンライと舞が揃って首を傾げる。
「気が向いたら空中ブランコを使って技を繰り出しても良いということだろう!」
「なんで理解が追い付いているの?」
うんうんと頷くジッチョクを見て、アイスは首を捻る。
「……最後は火の輪くぐりデスマッチです!」
「ひ、火の輪をくぐりながら戦えということか! これはまさしくデスマッチだな!」
「リング上に無数の火の輪が! 消防法とは⁉」
ジンライと舞がともに驚く。
「これは……極めて難解だな」
「なんでこれは分かんないの⁉ 分かりやすい方ではあるでしょ⁉」
首を傾げるジッチョクにアイスが驚く。
「……以上を持ちまして、全ての演目を終了しました。それでは団長の坂田杏美からご来場の皆さんにご挨拶をさせて頂きます」
司会からマイクを受け取った杏美が話し出す。
「え~本日もメンバー、スタッフ全員が一生懸命頑張りました! 皆さん如何だったでしょうか? 良かったら拍手をお願いします!」
観客席が拍手に包まれる。ジンライも拍手する。舞がからかい気味に声をかける。
「アンタも拍手とかするのね」
「なんだと思っている……意味不明な演目も多かったが、悪くはなかったぞ」
「まあ、団長さんのナイフ投げとかは見事だったわね」
「しかし、あの光八という男は良いところが無かったな」
「ヒール、いわゆる悪役というところでしょう? ああいう役回りも必要よ」
「そういうものか……」
依然として拍手は鳴り止まない。立ち上がって拍手をするものもいた。
「ありがとうございます! ありがとうございます! ……⁉」
杏美は満面の笑みでそれに応えていたが、最前列でスタンディングオベーションをする男を見て、顔色を変えた。
「素晴らしかったよ……君らの最後の日に相応しい……」
「ア、アンタは! マスター・ハンザ!」
「別れというものは名残惜しいものだな……」
ハンザと呼ばれた灰色の僧衣のようなものに身を包んだ短髪の男性は竪琴を奏でる。
「!」
竪琴が奏でられると、巨大な爬虫類のような生物がテントに突っ込んでくる。
「怪獣⁉」
「怪獣だと⁉」
「プロレス隊、戦闘配置! サーカス隊はお客様の避難誘導を!」
杏美がマイクで指示を飛ばし、団員たちは即座に動く。
「おい! カニ男!」
「クラブマンだ!」
ジンライの言葉にジッチョクは言い返す。
「貴様も避難誘導をしろ!」
「わ、分かった!」
「アイスも頼む!」
「おっけー!」
「甲殻起動!」
「フリージング!」
ジッチョクとアイスはそれぞれクラブマンとファム・グラスの姿になる。
「皆さん、出口はあちらです!」
「落ち着いて行動してね~!」
クラブマンたちは避難誘導を始める。見知ったヒーローとヒロインの登場でパニック状態になっていた会場の観客たちも安堵したのか、冷静さを取り戻し、出口に向かう。その様子を見届けたジンライは前列に向かって走り出す。舞も思わず追いかける。
「ジンライ⁉ どうしたの⁉」
「ちっ! あのハンザとかいう奴、姿を消したか!」
「そこの二人! 避難を……間に合わないか! リングに上がって!」
「ええっ⁉」
杏美の呼びかけに戸惑いながら、ジンライたちはリングに上がる。
「PACATFファイター、緊急発進!」
「はいっ⁉」
リングが青い小型戦闘機に変形し、急浮上した。
「攻撃目標、巨大怪獣! 喰らえ!」
戦闘機からミサイルが放たれる。至近距離で射撃を喰らった怪獣はややのけぞる。
「なっ、なっ⁉」
「反撃警戒! 一旦距離を取る! 二人ともシートに座って!」
杏美は後ろに振り返って舞たちに声をかける。舞が尋ねる。
「こ、これはどういう状況ですか⁉」
「怪獣と戦闘中よ!」
「そ、それは分かりますが、プロレス団体兼サーカス団ではなかったのですか⁉」
「それは世を忍ぶ仮の姿よ!」
「……成程、『プロレス&サーカスは仮の姿』=『Professional wrestling And Circus Are Temporary Figure』……その頭文字を取ってPACATFか……」
「り、理解力が常識外れ過ぎるでしょ!」
「当然だ、なんてたって俺様だぞ?」
舞の指摘にジンライはこれでもかと胸を張る。杏美が叫ぶ。
「怪獣が向かってくるわ! くっ、迎撃も通じない!」
「べべベアー‼」
「⁉」
そこに巨大な熊の顔をした巨人が現れる。怪獣と戦闘機の間に割って入る。
「あ、あれはもしかして……」
「もしかしなくてもそうだろう……」
「そ、そうよね……」
「いつも助けにきてくれる謎の熊マスク巨人!」
「ええっ⁉」
杏美の発言に舞たちは驚く。
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