きーん、こーん、かーん、こーん。
チャイムが鳴り、教室に訪れるのは異様な緊張感。いや、緊張ではなく高揚感と呼ぶべきか。
放課後、友人と遊びに行く者。部活に打ち込む者。家に帰り遊ぶ者。行うことは違えど、皆期待を胸に担任を。放課後を待っていた。
浮き足立つ空気が漂う教室内。そんな空気を喚起するかのように突如として教室のドアが開かれる。
ドアに目を向けると、アルファ先生がひょこりと顔だけを覗かせた。
「えー、今から職員会議なので、今日のショートホームルームはなしです。解散」
アルファ先生がそう告げた瞬間、教室内には地鳴りのように完成が響き渡る。正直耳が痛いので、耳を塞ぎ、目を閉じる。
何かが動いているのか、床から振動が伝わってくる。待つこと数十秒、目を開けると教室内はがらんとしていた。
横を見ると帝野、後ろを向くとラムダがいる。しかしそれ以外の人間は見当たらない。
「……え? 他のやつらは?」
「もう全員帰りましたわよ」
帝野は口元を押さえ、上品に微笑んだ。
「まあ、奴らは所詮青春の魔力に取り憑かれた人間もどきだからな。青春するために必死なのさ」
ラムダは鼻で笑うと、引き出しに入っているものをカバンに入れ始めた。
「そりゃあ、青春できるならそれに越したことはないよ。個人的にはそのために頑張るってのも変な話だとは思うけど、青春するために頑張るってのも、悪くはないんじゃないか? 青春って、人生の一つの目標だと思うし」
俺の話を聞いたラムダは、はあとため息を吐き、立ち上がった。
「なあ、青春ができるわけないだろ?」
「何故そう言い切れるんだ?」
「知らないのか? 青春は動詞じゃないんだよ。名詞ができるわけないだろうが」
ラムダはそう言って俺に背を向けると、ひらひらと手を振った。
「アルファに呼ばれている。すぐ戻るから、少し待っていてくれ」
ラムダは一瞬長めのスカートをふわと舞わせると、コツコツと足音を鳴らして教室から出て行った。
横を見るとぱちと目が合う。帝野だ。
「行っちゃったな」
俺がそう言うと、帝野は恥ずかしそうに笑った。
しかし次の言葉は出てこない。当然だ。俺たちはマトモに話すのは今日が初めて。よほど意気投合しているとかではない限り、会話は続けることは難しい。話題がないからねえ。
ぴゅうぴゅうと風が吹き、俺の肌を撫でていく。まだ少し冬の寒さを感じさせつつも、春の優しさを感じる風だ。
季節は春。放課後の教室で二人きりの男女。まさに青春のテンプレートといったシチュエーションだろう。
だが、俺は青春とは少しズレた話題をチョイスする。
「ねえ、帝野。何で俺たちなんだろうね? 生徒会」
「ワタクシが帝野家だからではありませんこと?」
帝野はくあと伸びをすると机に突っ伏した。
「それがお嬢様のやることか?」
「いいえ、ですが顔を合わせたくないので致し方ありませんわ」
「何? まだ怒ってるの?」
「そうですね。 察しが悪い鈍感な殿方には怒りが沸いてきますわ」
「さいですか」
帝野が話すのをやめると、静寂が訪れる。正直言って、気まずい。何か話さなければと思うからこそ気まずいのだろう。かと言って他人と思えるかと言うと、そうは思えない。今日一日で深く関わりすぎてしまった。
今日一日を思い出してみると、俺と帝野が会話を交わしたことはそこまで多くはなく、アルファ先生やラムダを介して会話するということが多かった。
二人きりだと少し話しにくいな。そんなことを思っていると、帝野は口を開いた。
「初日から停学騒ぎを起こす問題児二人が生徒会、少し疑問に思いますわ。加えてワタクシたちが生徒会に入ることになったと伝えたのはラムダさん。……何故ラムダさんなんでしょう?」
帝野は机に伏せていたが、顔を俺の方に向けるとジッと見つめてきた。彼女の瞳は顔を見て話すのが礼儀だとか、言葉だけではなく表情でも何かを伝えるためとは語らない。ただ、俺の考えを見透かそうと雄弁に語っている。
しかし彼女の人間としての格、優雅さがそう感じさせるのか、不快とは思わなかった。
「さあ? 普通に考えればラムダが生徒会だったというだけじゃない?」
「そんなことがあり得るとでも?」
「不確定である以上、あり得ないとは言い切れないよ」
「そうですね。しかし人生は選択の繰り返し。そして選択時の指針とするのは確率ですわ」
「……何が言いたい?」
俺が訊ねるとラムダは体を起こし、ニヤリと笑った。
「同じクラスから三人も選ばれるなんてことがあり得るのでしょうか? しかも、普通の委員会ではなく生徒会。正直、いくらワタクシと言えども、生徒会に入るという話は疑っていますわ。それに」
帝野はそこで言葉を切ると、ふうと息を吐いた。同時に、言葉を漏らした。
「菫ラムダさん、あの人が言っていたことも眉唾物ですわ」
「ラムダが言っていたことって?」
「アルファ先生から伝えておくように言われたってところですわ。あの人は信用できません。ワタクシ、これでも人を見る目のは自信がありますの。幼い頃から社交界で鍛えられてきたので」
「今時社交界て……」
俺はそう呟きながらも、頭ではラムダのことについて考える。
菫ラムダ。もし仮に彼女が俺たちに嘘をついているのだとしたら、それは何故だ? 俺たちに生徒会に入れるんだと期待させておいて、後からネタバラシ。ガッカリした顔を楽しむ。いや、流石にメリットが薄すぎるだろう。いや、普通の高校生はこんなことも楽しいと感じるのかもしれない。いや、大学生までは楽しいと感じるだろう。なんせ、嘘告白という文化も大学生までは見られるのだから。
「即ち……ドッキリ?」
俺が呟くと同時、肩をポンと叩かれた。一瞬びくりと体が跳ねるが、俺はすぐに平静を装う。
おそらく相手は教室に戻ってきたラムダだ。ラムダに急に肩を叩かれ驚く。俺たちの驚いた顔目的でドッキリを実行している可能性もある彼女に、さらに驚きのリアクションを献上するなんて生卵を落とすよりも嫌だね。
俺は驚いていないふうを装うために、ゆっくりと振り向く。そして振り向くと同時、声をかけられた。
「私だよ!」
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