魔王様のダンジョン運営ライフ

大人気ダンジョンを目指し、かわいい魔王様は仲間たちと運営をがんばるのだ
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最適化

公開日時: 2020年9月12日(土) 11:11
更新日時: 2021年1月27日(水) 21:15
文字数:3,534

 エイダは地下三階の屋台でオニギリを買ってから、ビルダを連れて地下五階に降りた。


 もう時間も遅く、他の冒険者はいないようだ。暗い通路は静まり返っている。


 エイダのお腹が鳴った。

 ビルダはお腹を押さえてみせて、

「アタシの魔力も減ったかナ」


「魔力を補充しよう」

「はいナ」


 エイダはビルダに額を合わせる。

 エイダの魔力がビルダ体内の魔力転換臓に流れ込んでいく。

 魔力転換臓は、魔力を様々な属性に分離して体の各部に供給する機能だ。

 

 ビルダの両目がきらりと輝いた。


「充填完了だナ」

 ビルダは元気そうに腕を振ってみせた。


 エイダはくらりとして膝を着く。

 魔力の大元は生命力だ。今日は何度もビルダに魔力を充填して、生命力をずいぶんと削られていた。


 背負っていた荷袋からオニギリを取り出してかじる。

 体が力を取り戻していく。

 疲れた体が食べ物と塩気を喜んでいるのだとしみじみエイダは感じる。


 食べ終わるとエイダは立ち上がった。

「あたしも元気充填!」


 エイダとビルダはまた地下五階での戦いを再開した。


「ポップサークルに向かうヨ」

 ビルダは場所を熟知している。

 それもそのはず、ビルダの思考を司っているのは、魔王城のダンジョン管制室をコントロールしている思考統御結晶球なのだ。


 ビルダを作るにあたって高度な思考能力をすぐに用意するのは難しかったため、ダンジョン管制室の管理機能を思考に使い、エイダの身体を端末としたのだった。


「歩いて回る時間がもったいないナ。配置を変更しようヨ。壁を消してポップサークルを一か所に集めれば早いと思うんだナ」

 先を進んでいたビルダが振り返って言う。


 ダンジョン管制室を操作できるビルダならばダンジョンの配置換えはお手の物だ。


「それだとつまらないでしょ。皆は面白い冒険を求めているのよ」

「オモシロい……? オモシロいってなんダ……??」


 ビルダはエイダとそっくりな顔で、しかし子どもっぽい疑問の表情を浮かべる。

 自分の代わりができるよう同じ見た目に作ったビルダだけれども、人格はそうもいかなかったようだとエイダは感じる。


「成功を目指して、挑戦することを決めて、上手くいくかどうかドキドキワクワクして、成功したらうれしくて、失敗しても今度こそはって次に挑む。そんな冒険に引き込まれる気持ちが面白いってことかな」


 ビルダは胸に手を当ててみる。

「アタシにドキドキはないヨ」


 魔道具で構成されたビルダに心臓はない。鼓動を感じることもない。


「う~ん、心の問題なのよ」


 通路の奥から敵の気配が近づいてくる。

 ビルダは戦闘モードに入った。


 エイダそっくりのドッペルが接近してくる。

 ドッペルは殺意を込めた目でビルダをにらみ、歯は剥き出しだ。

 

 ビルダはためらわずに進み、ドッペルがつかみかかってきたのをスムーズに避けて手刀を一閃させた。


 首に手刀を受けたドッペルはあっさりと倒れる。

 そのまま消失した。

 このドッペルは外れだったようで指輪は残らない。


 エイダは感服した。

 度重なるドッペル狩りを通じて、ビルダは格闘技術を高度に学習している。


「凄いよビルダ」


 ビルダは首を傾げた。

「言われたことやってるだけだヨ」


 ビルダは次のポップサークルへと向かっていく。エイダも続く。


「エイダはこれがオモシロいのかナ?」

「面白いよ」


 ビルダは眼をぱちくりさせて、

「わからないナ。エイダが設定したダンジョンで、エイダが決定したルールで、エイダのドッペルを、このアタシに倒させるのが、どうしてドキドキワクワクするのダ?」


 どうしてだろう。

 エイダは言葉を探そうとするが、その前に新たなドッペルが近づいてくる。


 ビルダは戦闘モードに入ろうともせず、なにげなくドッペルに歩み寄っていった。

 殴りかかってきたドッペルの拳をつかんで、その勢いのままに引っ張った。

 ドッペルは宙を舞って壁に叩きつけられ、声もなく消滅する。


 あまりの見事さにエイダは眼を剥く。


「なんて凄いの!」

「忍者の技、合気だヨ」


 なんてこともないようにビルダは答える。


「こんなに上手くなってビルダは面白くないの?」

「最も魔力が消費しないように、最も短時間で倒せるように、最適化しただけダカラ」


 エイダは途方に暮れた。

 元がダンジョン管制機能とはいえ、これでは人間性に欠ける。


「ビルダが面白く感じられるようにするにはどう学習したらいいのかな」

「別にオモシロくなくていいヨ」


 ビルダはつれなく答えて先に進む。


 それからもビルダはひたすらドッペルを倒していった。

 ビルダの戦いぶりはより洗練されていき、もはや芸術的ともいえる域に達していた。


 ビルダのレベルはいったいどこまで上がったのだろうとエイダは舌を巻く。


 ビルダはわずかな魔力消費で戦っているからエイダの魔力補給もさほど要していない。まだまだ戦えそうだ。


 それにしても、ドッペルを倒しても倒しても、すでに持っている指輪ばかり出てくる。


「また同じ指輪だ。五つ目はまだかな……」


 エイダが拾い上げた指輪は重複判定を受けて消滅した。さっきからこんなことばかりだ。


「確率が低いからネ。二つ目の指輪が出る確率は一つ目の六分の七。三つ目の指輪が出る確率は二つ目の六分の五。四つ目は五分の四。五つ目は四分の三。どんどん減ってくヨ」


 そんな気はしていたもののエイダが目をそらしていた事実をビルダが突きつけてくる。

 そういえばこの七つの指輪コンプリートキャンペーンの計画を話したときにズメイが不安げなことを言っていたのはこのことだったのだろう。


「特定の指輪が出る確率は二百分の一に設定してあるから、ウン、五つ目の指輪を手に入れるには千匹以上倒すことになりそうだネ」


 ビルダが一瞬でシミュレートしてみせた結果に、エイダは頭を抱える。


「指輪のドロップ確率を上げようカ」

「だめよ、冒険者を裏切ってしまうじゃない」


 ビルダはきょとんとする。

「勝つためにやってるんじゃないノ? 確率を上げればすぐに勝てるヨ」

「そんなことをしたら負けなの」

「う~ん、わからないネ」


 ビルダは訳がわからない様子だった。


 エイダは覚悟を決める。

 始めてしまったものはやり通すしかないのだ。


 その夜、ひたすらビルダはドッペルを倒し続け、エイダは魔力をビルダに充填し続けた。


 ダンジョンの中はいつも同じように薄暗くて時間の経過はわからない。

 何時間が過ぎたのだろう。

 ビルダはもはや戦う様を見せることすらなくドッペルを一瞬で倒すまでに成長していた。


 ドッペルが現れるとビルダはただ近づいていく。

 そのあまりにも自然な動きにドッペルは反応すらしない。

 そしてビルダがすれ違うとドッペルはその場で消滅する。


 短期間にドッペルを千匹以上も倒したことで、忍者格闘術である合気の奥義をマスターしたのだろう。


 普通はクグツをいくら戦わせてもこんなには強くならない。

 ズメイの多重属性魔法プログラムによる高度な感覚機能と全身統御、イスカたちエルフの魔力を尽くした鍛冶と貴金属や宝石などレアな素材、クスミによる合気奥義伝承の結晶だ。


 徹夜で続けて、さすがにエイダも疲労が色濃くなってきている。

 思考も鈍くなってきた。

 どうして自分はこんなことをしているのだろう。


 そう、魔王様に本当の笑顔を取り戻したくて。

 

 エイダの脳裏にヴァールの寂しげな横顔が浮かぶ。


 エイダが魔王の封印を解いたときからずっと気になってきたその表情。

 なにか大事なものを喪い、遠く思い続けているような。

 

 それをなんとかしたくて、ダンジョンを作り、人を集め、賑やかな街を築いてきた。

 でもヴァールの寂しさは変わらないようだった。


 昔、魔王に付き従ったという四天王。

 彼らがいないから寂しいのかもしれない。

 四天王をそろえよう。

 足りなければ自分も四天王になればいい。


 そんな思いに沈んでいるところに、ビルダが伝える。

「もう朝だヨ。冒険者たちがやってくるネ」


 通路の向こうから楽し気な笑い声が響いてくる。

 角を曲がって姿を現したのはヴァールとルンだった。


 エイダはヴァールの表情に眼を取られる。

 ヴァールが心の底から楽しそうに見えたのだ。


「エイダ、あれからずっと指輪集めかや?」

 心配そうにヴァールが声をかけてくる。


「あ、はい、まだまだ五つ目が集まらなくて」

「もう休むのじゃ。エイダは無理をしすぎじゃ」

「大丈夫です。あともうちょっとだけ。そろそろ五つ目が出る気がするんです」

「うむ…… では一緒に行くぞよ」


 エイダが言っても聞かない性格なのを知っているヴァールは手助けすることにした。エイダからなにか危うさを感じるのも気になっている。


 ルンは底抜けに明るい顔で、

「よおし、みんなでやっつけよう!」

 先頭を進みだす。


 ヴァール、ビルダ、エイダが続く。


 ビルダがじっとルンを見つめていることにエイダは気付いた。

 その様子が気になる。それはまるでドッペルを見ているかのような目つきだったから。

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