地下六階の奥に広がる砂浜と海。
砂浜に立つヴァールたちと海の上を飛ぶ龍たちが対峙している。
龍たちは風を巻いて好き勝手放題に飛び回り、暴風を吹き荒れさせる。
その中央に君臨するは金色の龍、東海龍王の娘ジュラ。
数十メルはあろう巨体をくねらせながらヴァールをにらみつける。
「やいやい、聞こえてんの? ちびっこ勇者! ヴァールお姉ちゃんをどこに隠した? さっさと出さなきゃやっつけちゃうぞ!」
「余がヴァールじゃぞ」
ヴァールをジュラはまじまじと見つめ、
「あのねえ、ヴァールお姉ちゃんはそれはそれは美しい完璧美女なの。あんたみたいなちんちくりんじゃないの。わかる?」
ヴァールの額がぴくぴくする。
ズメイが会話に割って入って、
「ジュラ姫、この方は確かにギルドマスターのヴァール殿なのですぞ」
「どういうことよ。あっ、そうか、そうなのね、ヴァールお姉ちゃんを封印してその名前を勇者が奪ったのね! このド外道! お前もその仲間になったんだなあズメイ!」
ジュラは興奮してぐるんぐるん空を回る。そのたびに激しい暴風が吹き荒れて、ハインツたちはいい迷惑である。海の家も屋根が吹き飛びそうだ。
ズメイは渋い顔をして、
「埒《らち》があきそうもありませんな。ここはひとまず退きましょう」
「そうじゃな」
あっさりヴァールも賛同した。
すたすたと出口へ歩き出す。
金龍ジュラは思わぬ成り行きに驚いて、
「え、ちょっと、わざわざ待ってたのに帰っちゃうの? 話を聞いてったら、戦おうよ、ねえ、ズメイお爺ちゃん!」
振り返りもせずにズメイは出ていく。
エイダはなんだかかわいそうになって振り返ったりヴァールを見たりするのだが、ヴァールもまたズメイ同様に振り返らず出ていってしまった。
「いいんだもん、泣いちゃうもん!」
扉を閉めて出ていくときに最後にエイダが聞いた言葉だった。
「この扉は魔法でロックいたしましょう」
扉を前にしてズメイが言う。
「鍵をかけるのじゃな、うむ、それが安全じゃろ」
ヴァールが頷く。
「閉じ込めちゃうんですか!?」
エイダの問いにヴァールは冷淡な態度で、
「そうじゃ。どのみちあの身体では大きすぎて迷宮の通路に出てくることはできぬじゃろうが、うっかり冒険者が入らぬとも限らぬ」
ともかくも魔王を助けに来た相手に対して、ハインツたちが共にいるにせよ扱いがきついようにエイダは思うのだが、
「あれぐらいで応えるような姫ではありません」
ズメイは言い放つ。
「お知り合いなのかしら?」
アンジェラの問いに、
「かつて東海に住んでいたことがありまして」
ズメイはそれだけ話して言葉を濁す。
重い事情がありそうなのを察して、アンジェラも今はそれ以上聞くのを止めたようだ。
「飛行する龍を如何に倒すか、これは作戦を練らねばなるまい」
ハインツはぶつぶつと言っている。
「う~ん、巨像を作れば飛んでる龍にも届くネ。いっそ巨像を飛べるようにしたらどうかナ」
エイダの肩に乗ったビルダもぶつくさ考えている。
イスカとクスミはこの話が漏れて騒ぎにならないにしようと方針を話し合っている。
龍の群れが地下に巣くっていたなんて話が広まったら売上に悪影響が出るし、人心が乱れて治安にも良くない。秘密にしておくに越したことはない。
「次の予定はヴァリアホテルでギルドマスター会合です」
エイダがヴァールに告げる。
「のんびりできる時間はもうおしまいかや」
「お昼ご飯を食べる時間はありますよ」
「だったら、ふわふわパンケーキがいいのじゃ!」
一行は地下六階に設置されたテレポーターを使って地上まで一息に戻る。
祠の隣に出現した。
そのさらに隣には地下六階行きの有料テレポーターも設置されている。
冒険者ではない観光客でも地下六階まで安全にたどりつくことができる仕組みだ。
ヴァールは下を見やって、困ったような、それでいてうれしそうな表情を一瞬浮かべた。
ズメイと目を見合わせてから昼食のために酒場へと向かう。
◆ヴァリアホテル 会議場
ヴァリアホテルのきらびやかな会議場にはヴァリア市の重役たちが集まっている。
冒険者ギルドの代表としてヴァールにエイダ、ズメイ。
ギルド銀行および神社の長としてイスカ。
寺院の代表としてハインツとアンジェラ。
警ら署の署長としてクスミ。
商業ギルドの長に鍛冶ギルドの長。
宿泊ギルドの代表はこのホテル経営のダンとマッティだ。
ヴァリア市の人口はすでに数万人となり、その運営には大きな組織が必要となっていた。
しかしここは王国から見放された北辺の地、国による官僚機構など元より存在しない。
本日の議題は治安の悪化対策だ。
商業ギルドの長である太った人間の男、エヴァルトは椅子から身体がはみだした姿で意見を述べる。
「街にその筋の者が入ってきているのは確かだ。放っておけば裏からヴァリアを食い荒らされてしまう」
「犯罪に手を出したらすぐに捕まえられるのですが」
警ら署長のクスミは肩をすくめる。
「組織犯罪者どもはそう簡単に尻尾を出さないのが厄介なんだ」
ダンが言う。
「嫌がらせにあったとの報告が商店から多く上がっている。それも日増しにだ。きっとヤクザが食い込むための仕掛けだ。そういう臭いがする。断固として対応すべきだ!」
エヴァルトがテーブルを叩いて主張する。
「強面が店にたむろして出ていってくれないといった報告ばかりですわ。犯罪とまではいかないのが厄介ですわね」
イスカがため息をつく。
「それをなんとかしてくれるのが警ら署ではないのか!」
「結構な魔法を使う者までいたと聞いている。そう簡単な話ではあるまい」
ハインツが言う。
「聖騎士団を巡回させてもいいのだが」
ハインツが提案するも、
「いえ、今は結構なのです」
クスミは断る。
異なる組織が同じような任務に就けばどうしても軋轢が生じる。かえってもめ事が増えかねなかった。
エイダがテーブルの上に撮像を表示する。けがをした冒険者が映っている。
「別件です。このところ多発している、ダンジョン内で冒険者が他の冒険者から強盗されたとの被害報告です」
「観光振興にとってゆゆしき問題だ!」
エヴァルトが声を上げる。
ヴァールは頭を抱えた。
「迷宮には実力で挑み、己の身は己で守るのではなかったかや」
「そんな旧時代ではないのです!」
エヴァルトの主張に、自分は時代遅れなのかとヴァールはがっくりする。
審議の末に、警ら予算の増額と鼻が利く狼魔族の雇用、ダンジョンの聖騎士団巡回が決まって閉幕した。
「この街はもはやギルドの寄合で統治できる限界を超えております。国の体裁を持つべきです」
会議場に残って、ズメイはヴァールに意見する。
「確かにそうじゃが、下手に動けば王国を刺激するぞよ。戦争への道は避けたいのじゃ。それよりも、いいのかや?」
「何がです」
ヴァールはズメイの無表情な眼を見る。
「ジュラのことじゃ。汝、東海でどう関わっておったのじゃ」
「……指導を少々、しかしもう縁が切れたことでございます」
それっきりズメイは口をつぐんでしまった。
「まず余がどうするかじゃな……」
ヴァールは遠い目をする。
◆地下六階 大水浴場
深夜、大水浴場への扉が静かに開く。
黒いローブで頭まで覆った小さな姿が入ってくる。
ヴァールだ。
片手には杖を持ち、片手には小さな荷物を提げている。
砂浜に響くのは寄せては返す波の音。
どこにもあのうるさい龍たちの姿はない。
弱い星明かりが照らす暗い砂浜をヴァールはさくさくと進む。
向かうは海の家。
海の家からはなにか動く気配が伝わってくるのだ。
声が聞こえてくる。
「お腹減ったよう…… 閉じ込めるなんてひどいよう…… 勇者めえ、絶対に許さないからなあ……」
金龍ジュラの声だ。
暗い中でヴァールは見た。
海の家の中を漁る者がいる。
声はその者から聞こえてくる。
ヴァールと同じぐらいの背丈、渦巻くふわふわな金髪、褐色の肌、水着のような薄手の服装。そして額には二本の金角。龍魔族の少女だ。
「ジュラよ」
ヴァールは声をかける。
「お姉ちゃん!?」
少女ジュラは喜びの声を上げかけて、しかしヴァールの姿を見るや警戒の表情で後ずさる。
「出たな、勇者!」
「わからぬのかや、余じゃ、ヴァールじゃ」
ジュラはぶんぶんと頭を横に振る。
「ちんちくりんがヴァールお姉ちゃんの名を騙るなあ!」
「三百年も経ったわりに汝もちんちくりんのままではないかや。これを見てもわからぬかや」
ヴァールは魔王笏を掲げて見せる。
「お姉ちゃんの大事な杖、魔王の証! そんなものまでお姉ちゃんから奪ったの!? 絶対に許さないんだから!」
ジュラは金龍の巨体に変化しようとしかけて、しかしお腹を鳴らしてしゃがみこむ。
「部下はいないのかや」
「……そんなの、いらないもん……」
ヴァールは荷物を差し出した。
「オニギリというものじゃ、食べるがよい」
ジュラは恐る恐る手を伸ばし、がっと荷物を奪い取った。
包み紙を開いて中から黒いオニギリを取り出す。
「なにこれ、食べられるの」
「美味いぞよ」
ジュラは意を決してオニギリにかぶりつく。
急いで食べて喉につまりかけ、ヴァールが差し出した水筒から慌てて茶を飲む。
オニギリを食べ終わってようやく人心地つくと、ジュラは勢いよく立ち上がった。
「ふはははは! バカな勇者め、力を取り戻したぞ! 来い、龍たちよ! 我が召喚に応じよ!」
ジュラの金角から魔力が放射されるや、空に多数の亜空間が生じる。そこから続々と龍の群れが抜け出てくる。
「勇者よ、勝負だあ!」
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