魔王様のダンジョン運営ライフ

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四天王

公開日時: 2020年11月2日(月) 10:42
更新日時: 2021年1月28日(木) 18:59
文字数:3,050

◆ヴァリア市 ヴァリアホテル 会議場


 高級木材の黒檀で作られた大型テーブルが会議場の中央に置かれ、ヴァリア市の有力者たちが囲んで座っている。


 有力者の一人である商業ギルドの長、エヴァルトは太った身体をゆすりながら苛立ちを隠さずに話していた。

「問題は山積ですよ。まず、地下六階の目玉である大水浴場が閉鎖されている点。観光業の集客予定が狂ってしまったと多数の不満が上がってきています」


「まだ安全が確認できていないのです」

 エイダが答える。


「そんなことはわかっていますよ。問題はいつ確認できるかです!」

「段階的に開場していくのも施策としては有効ではないかと」

「悠長に過ぎる!」


 エヴァルトはぐるりと見回してから続ける。

「もっとも、次の問題に比べたら小さなことか。組織犯罪者の活動を前回は問題提起しましたが、放置した結果がどうです。連中は鬼を引き込んできた! あの臭い連中が暴れたおかげで商業地区はどれほどの損害を受けたことか! ヴァリア市の印象はがた落ちだ! 警ら署は責任をどう考えているんですか」


 険しい顔でクスミが答える。

「同時に十六か所も鬼魔族が破壊活動を行ったので手が回らなかったです。今後は狼魔族を増員して臭いをすぐ探知できるようにするのです」


 クスミの隣に座っているヴォルフラムが頷く。


「その費用は誰が負担すると思っているんです。安くない金ですよ、店を壊された者はこれじゃあ破産ですよ破産」


「ギルド銀行が緊急融資を提供しますわ」

 イスカが穏やかに言う。


「金があっても建て替えには時間がかかる! ギルド会館が壊されるとは、勇者殿はその場にいながらどうなさったのですか! 会館はヴァリア市観光の象徴、歴史記念の大事な建造物ですよ! なくていいものではない!」


「言われるまでもないのじゃ」

 ヴァールは元気なく言う。

 ただでさえ小さな姿がいつもにもまして小さく見える。


「冒険者ギルドの機能は仮設テントにて九割を維持しております」

 ズメイが無表情に答える。


「酒場もテントでやってるよ。物珍しくていつもより客は多いぐらいさ」

 酒場とホテルの経営者であるダンも発言する。


「そういう問題ではないのですよ、印象です、印象」


 ヴァールの隣に座っているエイダが、

「冒険者ギルドの業務が膨らみ過ぎてギルド会館はもう手狭になっていました。そもそも市政を行うには今の施設も体制も不十分すぎます。全体的に作り替えるべきです」


「だったら計画を出してくれたまえよ!」

「ただいま現状を分析して見直し中です」


「遅い、すぐにやってくれたまえよ! 一日たつたびに損害は拡大していくのだよ!」


 来週には計画の素案を討議するということで、ギルド重役会議はひとまず終了した。


 ヴァールはとぼとぼと会議場を出る。

 エイダはその横を並んで歩く。


「大丈夫です、会館はすぐに立て直しますから! そうだ、パンケーキを食べに行きましょう」

 エイダが努めて明るく言う。


「その前に地下六階まで行かねばならぬのじゃ。オニギリを持ってな」

「どうなさったんですか?」


 下を向いて歩いていたヴァールは顔を上げて、まっすぐにエイダを見た。

「そうじゃな、伴侶に隠し事は無しじゃな」


 しばらく置いてからヴァールは話し出した。

「余は恥じておるのじゃ…… 封印を解いてもらってからというもの、余は楽しく過ごしてきた。それを後悔しておるのではない。じゃが、三百年前に別れてしまった仲間たちのことをもう仕方のないことじゃと済ませておった……」


 ヴァールはホテルの廊下で立ち止まって、両手でエイダの両腕をぎゅっと握る。

「いや、違う、別れてしまった仲間たちがどうなってしまったのかを知るのが怖くて、目をそらしておったのじゃ」


 エイダは両手をヴァールの背中へと回す。

「どうぞ、おっしゃってください」


 ヴァールは一息してから言った。

「ギルド会館で余と争った鬼は…… 四天王の一人、バオウじゃ」


「バオウ…… 鬼王ですね。誇り高い戦士だったとの古文書を読みました。ヴァール様が封印されてから後の記録はなかったです。てっきり……」

「生きておった。じゃが心を失っていいように操られておる。これは余の責任じゃ」


 ヴァールの目に覚悟の輝きが灯る。

「他の四天王がどうなったのかも知らねばならぬ。ジュラに会いに行くのじゃ」

「はい!」


 エイダはヴァールをぎゅっと抱きしめてからゆっくりと話した。

「まずはオニギリを買いに行きましょう」



◆地下六階 大水浴場


 穏やかな波が寄せては返す大水浴場。

 日は落ちて、弱く柔らかな星明かりに照らされている。


 海をばしゃばしゃと泳いでいるのは東海龍王国の姫である龍人ジュラ。

 今は人の姿をとり、明るい色の水着をまとっていた。


 のんびりくつろいでいる様子に閉じ込められている印象はない。


「その水着、ズメイが持ってきたのかや」


 ヴァールから声をかけられて驚いたジュラは高く跳ねる。

 激しい水音を立てて落ち、水上に顔だけ出してヴァールをにらむ。


「置いてあったし。ズメイなんか知らないし」

「オニギリも置いていくゆえ好きにするがよい。前のとは違う味じゃぞ」


 ジュラはごくりと唾を飲んでから、

「オニギリなんて食べないし」


 ヴァールはゆっくり海へと近づく。

「ジュラよ、汝の母について聞きたいのじゃ」


 ジュラはまず辛そうな顔をしてから泣きそうな顔をし、そして嬉しそうな顔になった。

「ママのことを知ってるの?」

「もちろんじゃ。ヴァール魔王国、四天王が一人、龍王アウラン。勇猛果敢なる赤龍じゃ」


「ねえ、三百年前にここでママに何があったのか教えて!」


 その言葉にヴァールは殴られたような衝撃を受ける。

 娘であるジュラがそれをなぜ知らないのか。娘の元に戻ってこなかったからだ。


「すまぬ…… 余は閉じ込められておったから知らぬのじゃ……」

「……なあんだ…… 魔王なら知ってるのかな…… ママの話を聞きたくて来たのにどこにもいないし」


 ジュラは海に沈もうとする。


「封印の日に龍王アウランは眷属を守るために姿を現し、戦いの果てに姿を消したと古文書にはありました」

「ほんと!?」

 エイダの言葉にジュラは勢いよく顔を出す。

 ばしゃばしゃと泳いで砂浜へと上がってくる。

 水着から砂浜へと海水が滴り落ちる。


「じゃあ、ママはいつか帰ってくるかな!?」

「ああ、そうじゃな。魔王も帰ってきたのじゃ。余はそう信じる」


「みんな、あたいのことをママの小さい頃に似てるって。大きくなればママそっくりになるって。でも、だったら、あたいが大きくなったら、みんなママのことを忘れちゃわない? あたいがママの姿を奪っちゃわない?」


「じゃからジュラは大きくならないのかや」

「そうだもん」


「アウランは大きくなったジュラを見たいのではないかや」

「だったら、ママが帰ってきてから大きくなるもん!」


 機嫌を害したのか、ジュラは海へとばたばた戻っていった。


「それまで、あたいの姿はみんなには見せないんだもん」

 深く沈んで姿を消す。


「余が不甲斐ないばかりにアウランばかりかジュラの未来をも奪っておる」

 ヴァールは肩を落とす。


「ヴァール様、これからです。まだ再建の道は始まったばかりなんです!」

 エイダが明るく励ます。


 二人は話しながら入口へと引き返す。

 扉は開かれて閉じた。扉封印の魔法陣が輝いて消える。


 扉の閉まる音がしてから、ジュラは海から上がってきた。

 おそるおそる扉に近づいて、そっと開けようとする。

 封印されたはずの扉は開いた。


「やっぱり、次は開けっ放しになるってあの男が言ってたとおりだ。もっとママの話を調べなくっちゃ」


 ジュラは海水を滴らせながら扉の外へと出ていった。

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