◆ヴァリア市 祠の広場
ギルド会館を鬼王に破壊された冒険者ギルドは、祠の広場に仮設テントを建てて業務を継続している。
隣には酒場のテントも建てられて屋台も並び、むしろ以前よりも活気があるぐらいだった。
秋の昼、天気も良く、暖かな日射しが広場を暖めている。
そこに冒険者たちが集まってきた。
女重剣士のグリエラは重装甲の全身鎧に身を包んで金属音を響かせながら闊歩してくる。
このたび冒険者ギルドが特別キャンペーンを発表するとのことで話を聞きにやってきたのだ。
魔王のダンジョンに挑む冒険者たちもずいぶんと増えて、剣士に騎士、魔法士に治療士、格闘士、召喚士に忍者、様々な職業の者たちがぞろぞろとやってくる。
やけに派手な者もいて観光気分なのかとグリエラは呆れてしまった。
まるで仮面舞踏会にでも参加しそうな服装の青年が人目を大きく引いている。
凝った刺繍のチョッキとズボンに白いシャツ、広い鍔の帽子には羽根飾り、顔には目のあたりを覆った派手派手しい仮面まで付けている。武器もこれまた細かな細工が全体に施された宝飾品のような細身の剣を腰の左右に二本。
身のこなしは美しいがそれがダンジョンで魔物に通用するものかねとグリエラは苦笑する。
ギルドのテント前に集まってしばらく待つ。
人がびっしりで分厚く壁ができている。
早くに来たグリエラは最前列だ。
時間になってテントから小さなギルドマスターのヴァールが出てきた。
いつもの黒いローブ姿だ。
続いて参謀のエイダ、銀行ギルドのマスターにして巫女のイスカも出てくる。
前列の冒険者たちが一斉に声を上げる。
「ギルマスちゃん!」
「ヴァールちゃああん!」
彼らはヴァールのファン、姿を見たさに集まっており、踊り出さんばかりの勢いがある。
叫びは耳を圧するうるささだ。
しかし後ろからは困惑のざわめきが伝わってくる。
「どこだ……?」
「見えないな……」
ヴァールは小さすぎて、人垣の後ろからだとまるで見えないのだ。
以前よりは少しだけ育っているもののドングリの背比べ。
「汝ら!」
ヴァールは声を張り上げて皆に呼びかけたが、ざわめきは増すばかり。
エイダが急いでテントの奥に引っ込み、木製の箱を持ってくる。
ヴァールは箱に乗ったが如何せん箱が薄すぎた。大して高さが変わらない。
しばらく箱の上できょろきょろしていたヴァールは諦めて降りてくる。
そこに今度はクスミが椅子を持ってきた。
地面に置かれた椅子はがたがたしていて、その上に立とうとしたヴァールもよろけている。
落ちそうになったところをエイダに抱きかかえられて、ゆっくり地面に降ろされる。
「ぐぬぬ」
かわいらしい目に少し涙を浮かべているヴァールがかわいそうになって、グリエラは進み出た。
「マスター、どうぞ」
グリエラはしゃがんで肩を差し出す。
ヴァールはぱっと目を輝かせてグリエラの大きな右肩に腰を下ろした。
グリエラはヴァールを乗せて立ち上がる。
「グリエラ、高いのじゃ! 雲の上のようじゃぞ!」
ヴァールが喜びのあまり足をばたばたさせるのをグリエラは太い右腕で支える。
「雲の上は大げさだねえ」
グリエラは微笑む。
控えているエイダやクスミはほっとした表情だ。
ギルドマスターの姿を目にできた冒険者たちはざわめくのを止めて注目する。
「汝らよ、このヴァリアにて鬼魔族が暴れたこと、男爵領の兵士どもが侵入していることは存じておろう」
ヴァールが話し始める。
「両者がどう関わっておるのかはまだよく分からぬ。じゃがヴァリアの地下に穴が掘られており、そこから鬼が現れた。陰謀が地下で進められておるようじゃ」
ヴァールは冒険者たちを見渡す。
にやりと笑う。
「穴の探索といえば、汝らが最も得意とするところであろ。そこで冒険者ギルドは特別キャンペーンを開催することにしたのじゃ!」
そこでエイダが撮像具を使って空間に映像を投影する。
花火がぽんぽん上がる映像の後に、特別キャンペーン、ヴァリアケイヴ攻略祭りとのロゴが浮かび上がる。
続いて説明図が表示された。エイダが説明を始める。
「ヴァリア市の各所に穴が発見されました。穴から鬼が現れたことから、この穴はおそらく地下道につながっていると思われます。ヴァリア市に掘られたとみられるこれら地下道をヴァリアケイヴと呼称します。皆さんにはヴァリアケイヴを探索して地図を作ってもらいます」
次いでイスカが歩み出る。
数字と文字が表示される。
「地下道には鬼魔族がいるみたいですの。皆さまには彼らの捕獲をお願いしますわ。もし男爵領の兵士を見つけたら同様に捕まえてくださいな。捕まえた人数ごとに特別賞金をはずみますのよ」
映像にはいい金額が並んでいて、冒険者たちは目の色を変える。
対鬼魔族用の装備も説明される。
映像が男爵の撮像に変わった。
ヴァールが声を上げる。
「もし男爵を見つけたら、余に場所を知らせるのじゃ。くれぐれも手を直接出すではないぞ」
続いて絵が空間に投影される。
子どもの塗り絵みたいな味わいの絵だ。
人っぽいなにかがぐにょぐにょした線とまぜこぜな色で描かれている。
「それと、この鬼魔族の王を見つけたときも同じじゃぞ。こ奴は余が相手をするのじゃ」
冒険者たちが戸惑いの声を上げる。
「上のほうに三角が描かれているのはなんだ?」
「角…… か……?」
「長い線がたくさん引かれているのは?」
「さあ……」
「鬼王は額に一本角です。それと髪を長く伸ばしているかもしれません」
エイダが解説し、合点した冒険者たちは手を打つ。
「余の絵が分からぬのかや」
「芸術的すぎて難しいみたいだねえ」
「上手すぎるということじゃな!」
グリエラの言葉にヴァールは納得する。
「それではこれよりヴァリアケイヴ攻略祭りを開催するのじゃ! かかるがよいぞ!」
「おおう!」
ヴァールの号令に冒険者たちが雄たけびで応える。
冒険者たちがキャンペーンの参加登録にぞろぞろと並び始める中、グリエラの肩に乗ったヴァールの元に近づいてくる者がいた。
やたらに派手派手しい格好の青年だ。しかも動きがいちいち気障である。
宝飾品めいた細い剣を二本提げ、顔の上半分を飾った仮面で隠している。
青年は無意味に指を鳴らしてからヴァールに言う。
「よいのか、この俺が鬼の王に出会ったら倒してしまうぞ」
低めの美しい声だ。
ヴァールは胡散臭げなものを見る目で、
「よいなぞと言うておらんじゃろ」
返事が聞こえていないかのように青年は話を続ける。
「俺は孤高の侍、双刀のレイ。とにかく強い」
ヴァールはグリエラの耳に寄せて言う。
「侍とはどのようなものじゃ。このようなものとは違うのではないかや」
「そうだねえ、侍はアズマ地方の戦士で質実剛健、主人に絶対の忠誠を誓い、戦いに己のすべてを捧げると聞いたことがあるよ」
ヴァールはやたら派手な青年を値踏みして、
「侍の要素はかけらもないのじゃ。第一に刀を持っておらんじゃろ」
結論付ける。
レイと名乗った青年は話を止めない。
「見るがいい。俺の刀の冴えを」
レイは素手だが剣を突くかのような動きを見せた。
衝撃音が走る。
「どうだ、冴えわたる腕前だ」
レイは白く輝く歯を見せて笑い、祠を指さす。
祠の壁に拳大の穴が空いていた。
「余の祠になにをするのじゃ!」
ヴァールが目を剥く。
レイ は気障に剣を振るような仕草を見せて、
「これでもまだ一本。双刀を振るえばどうなることか」
「もっと壊す気かや! 大枚はたいて弁償してもらうぞよ!」
「よいのか、俺が鬼の王に会えば、いかに硬い身体であろうとこうなる」
仮面で隠されたレイの顔からぞわりと殺気が放たれる。
ヴァールの魔力がにわかに高まる。
グリエラは背中の大剣に手をかける。
「汝、何者じゃ」
ヴァールは冷えきった声だ。
レイ の殺気がすとんと消える。
「君は俺の片腕、それが君の運命、共に行こうヴァリアケイヴ」
歌うように言いながら、気障に一礼する。
「ようこそ俺のパーティへ、魔王ヴァール」
ヴァール、エイダ、クスミの動きが凍り付いた。
グリエラは苦笑して、
「失礼だよ、勇者を魔王呼ばわりかい」
レイ は大仰にのけぞってみせ、
「これは失礼、勇者ヴァール。軽い冗談、笑って許せ」
仮面の奥から鋭い目でヴァールを見つめ、
「鬼王を助けたければ俺と共に来るのだ」
ヴァールはしばらく黙っていたが、
「汝の正体を暴くためについていくとしようぞ」
レイはからからと笑う。
「言ったではないか、俺は双刀の侍レイだと」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!