男爵城の最上階に位置する大広間。
そこに設置された転移魔法陣から現れたのは、まず冥王ネクロウス、続いて鬼王バオウと彼女に掴まれたエイダ、龍姫ジュラ。
大広間の壁には魔王ヴァールの大きな肖像画が掲げられている。
ネクロウスは立ち止まる。
テレポーターから遅れて忍王サスケも現れた。戦場から戻ってきたのだ。
魔王の肖像画を見上げたネクロウスがつぶやく。
「……まるでかつての魔王城のようです」
「そこに四天王が顔を合わせるとはな」
サスケもしみじみと述懐する。
「魔王様のために設計しました! 全体に見直して魔力吸収効率も一割上昇しています! 閉鎖空間構造によって城門以外からの侵入は不可能! 指定者には直通ルートも用意して便利! 多数の召喚魔法陣《ポップサークル》で守りも万全です!」
バオウに掴まれたまま、エイダが胸を張って語る。
「ここは男爵城だったはずですが……」
ネクロウスはため息をつく。
「ここは新たな魔王城ですよ!」
エイダは断言する。
「……ともかく、ここからなら戦いの状況を便利に見れるそうですね、やりなさい」
ネクロウスの指示で、バオウはエイダを降ろす。
エイダは急いで中央テーブルの魔道具を操作する。
テーブル上に次々と撮像が浮かぶ。
城庭の各所で繰り広げられる戦闘。近衛騎士の魔動甲冑が力任せで暴れるのに冒険者たちがパーティで立ち向かおうとしている。
町の各所で火の手が上がっているのを王軍が消火に努めている。
子どもたちが避難するのを重剣士グリエラたちが誘導している。城に逃げ込みたいようだが、通り道では激しい戦闘が繰り広げられている。
「川沿いに行けば城の地下に続く通路があります!」
エイダが叫ぶと、グリエラたちがいる場所に拡声される。彼女たちは進路を変えた。
「余計なことはしないでください」
ネクロウスは不機嫌に言いながら、上空を捉えた撮像に見入る。
宰相が地上を焼き討ちしようとし、それをヴァールが邪魔している。見るからに宰相は苛立っていた。
「宰相閣下は随分とお怒りのようですね。頃合いも近そうです」
「やっぱり、ヴァール様を助けに行かなきゃ」
エイダが駆けだそうとするのをサスケが阻む。
「お前の方が危険な存在だと言っただろうが」
「でも信じられないです。あたしがそんなことする訳ないし。あ、眼鏡を返してください」
エイダはサスケに貸していた眼鏡を取り返し、装着した。
サスケはエイダを座らせて、自らも座る。多くの席の中から迷わずに選んだ。かつて座っていた位置なのだろう。
同様にネクロウスも座り、背後にバオウとジュラを立たせる。二人は思考能力のないクグツのように突っ立っている。
エイダはテーブルの制御盤を動かして、魔法板の掲示板情報も表示する。
冒険者たちによる撮像が続々と公開されている。
もうエイダの眼鏡による撮像は必要ないようだ。
「ああ、危ないヴァール様!」
撮像の中で、宰相が束ねた熱線をヴァールに放つ。避ければ町が火の海だ。
ヴァールの作った局所結界が熱線を上空へと弾く。
「ふう、良かった……」
「今の宰相如きにやられる愛しき君ではありません」
ネクロウスが言い放つ。
エイダはむっとした。
「あなたは昔の四天王なんでしょう、どうしてヴァール様の敵をやってるんですか!」
「昔とは失礼ですね…… いいですか、全ては愛しき君のためなのです」
「お前がどう考えているのか、わしもよく聞いておきたいところだ」
腕を組んだサスケがネクロウスに問う。
「あなたの次の一手を先に聞かせてもらいたいですね」
ネクロウスが冷たく答える。
緊張が高まる。そこにエイダが叫んだ。
「まず、誰が一番魔王様の役に立ってきたのかをはっきりする必要があると思います! 第一回魔王様お役立ちは誰だ会議!」
「は?」
「はあ?」
「今までやってきたことがはっきりしなきゃ、これからやることは決まりません!」
「この女、どうして仕切っているのですかサスケ」
顔をフードで覆っているネクロウスの表情は分からないが、呆れていることは伝わってくる。
「今までやってきたことを共有しておいた方が作戦は立てやすいだろう。エイダの話に一理はある」
「無駄話だったら覚悟してもらいますよ」
「では、会議を始めます。まず忍王サスケさん。魔王様への貢献を教えてください」
エイダが会議を進行する。
サスケはしばしためらってから、
「わしが為してきたことは陛下のため。しかし魔王国への裏切りでもある…… 陛下が封印された後、瀕死の重傷だったわしは村に隠れて療養した。なんとか立てるようになったときにはもう魔王国は影も形もなかった。わしは陛下の封印を解こうと努力もしたのだが、如何せん魔法は不得意だ。どうにもならないーー そうだネクロウス、魔導師の貴様がどうしてやらなかったのだ!」
サスケは突然怒り出す。
ネクロウスはうんざりした調子で、
「愛しき君が封印される様を私は暗黒洞の外部から解析し続けていました。解析結果として、この封印は解除不可能という結論だったのです。愛しき君の存在自体が空間を閉ざすように働く封印結界なのですよ。力が大きいほどに封印も強くなり、自らを閉ざしてしまう」
エイダの目がきらきらと輝く。
「それを解除したあたしって凄いですよね!」
「封印した当人が言うな!」
サスケとネクロウスの声が被る。
エイダは不満な表情を浮かべて、
「封印なんてした覚えは無いし、何度生まれ変わったってあたしがそんなことする訳ないのに」
サスケは深く息をしてから、話を続ける。
「ともかく森魔族の力では無理だった。他の魔族の生き残りにも聞いて回ったが、分かる者はいなかった。そこでな、考えたのだ。人間を利用してやるのだと。わしは人間に化けて聖教団に潜り込んだ。なにせ連中は魔族を滅ぼすための研究に熱心だったからな。わしは対魔族の戦闘組織、聖騎士団を組織して、魔族鎮圧のかたわら魔法情報を収集させた。あわせて王国の大学に出資して魔法研究を進めさせたもした。それと……」
サスケはエイダをにらむ。
「勇者と思われる人間を聖騎士団に探させたのだ。魔王陛下にとって最も危険な存在ではあるが、しかし封印を操る能力を持つだろうからな。聖騎士団が推薦してきた勇者はほとんど外れだったが、中にはとんでもない奴もいた。ルーンフォース二世のようにな。単なる教義だとばかり思っていた聖女神アトポシスを信じざるを得なくなった」
「人の神への信仰に目覚めたのですか」
ネクロスが皮肉げに言う。
「ふん、恐るべき敵が実在するという確信を得たのだ。魔力を喰らい、物理現象を捻じ曲げて天空の星屑すら動かす人間を目の当たりにすれば考えも変わる。だがルーンフォース二世は魔法に興味を持たず、封印解除の役には立ちそうもなかった」
サスケはエイダを見やる。
「そこに自分で飛び込んで来たのがこ奴だ。あのエリカと魔力波長の同じ人間が自分からやってきた。初めは罠かとも疑ったが、とにかく魔王研究の話しかしないこ奴に裏がないことはすぐに分かった。本来であれば勇者になるべき才能が魔王研究に全て振られているのだ。まともではない」
「あんまりほめられると照れますね」
「ほめていないぞ。結果として、エイダに研究予算を与えたことで陛下の封印解除には成功した。政治工作によってレイライン王を魔王陛下の味方にもできている。わしがまずは第一の功労者と言って良かろう。次は宰相を退けて、レイライン王にヴァリア市の自治を承認させてみせる。これからのウルスラ連合王国との関係樹立においても、わしの力は欠かせないぞ」
エイダは小首をかしげる。
「第一の功労者って言っても、聖騎士団を作って魔族の敵をやってたんですよね? 魔王様の望みとずいぶん違いませんか?」
「止むを…… 得なかったのだ…… 時には犠牲を出さねばならないこともある……」
「そういうの、魔王様が嫌いそうですよね」
「ぐっ……」
サスケが言葉に詰まる。
「サスケさんは第一の貢献者と言えるでしょうか」
「いや、ありえません」
ネクロウスが即答する。
「だったらお前はどうなのだ、ネクロウス」
サスケが振り絞るように言う。
「いいでしょう、私のすばらしい貢献を教えてあげます」
ネクロウスはにやりと笑ったようだった。
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