◆ヴァリア市 警ら署
警ら署は大忙しだった。
まだ設立されて日も浅いのに、鬼魔族の破壊活動や男爵領兵士の暗躍で大騒ぎ。
捜査に尋問にと休みなく警ら隊の者たちは働いている。
警ら署は地上二階に地下一階の造り。
地下は留置場だ。
その一室にぞろぞろと詰めかけているのは、双剣の侍を名乗る美青年のレイ、ヴァール、エイダ、イスカ、それに警ら署長のクスミだった。
留置場の牢に入っているのは鬼魔族の一人。
先日の騒ぎでヴォルフラムたちが捕らえた。
鬼は虚ろな目をして床に座っている。
鉄格子越しに眺めているヴァールたちに何の反応もしない。
「汝が情報を引き出せるというから連れてきたが、本当なのかや?」
ヴァールがレイに問う。
「牢を開けろ、俺が話す」
レイは指をぱちりと鳴らす。
クスミが渋い顔で、
「この牢は結界なのです。開けっ放しにはできないのです。入ったらすぐに閉めます」
「俺は大丈夫、一人でも安心」
レイは踊るようにくるりと回ってみせた。
クスミは眉根を寄せてヴァールに、
「不安しかないのです」
「余も同感なのじゃが、物は試し、当たれば儲けじゃ。外れてこ奴が鬼魔族に倒されても痛くもかゆくもないじゃろ」
「それもそうですね」
ヴァールはレイを向いて、
「決して鬼魔族を傷つけてはならぬぞよ。汝がどんな目に会おうともじゃ」
「君たちの冷たさ、泣けてしまうね」
レイは大げさに肩をすくめてみせる。
クスミが牢の鍵をすばやく開けて扉を開き、レイを押し込むや閉めて施錠する。
レイは鬼と向かい合う。
鬼は大きい。座っていても頭の位置がレイより高い。
「このまま閉じ込めておけばいいんじゃないでしょうか」
エイダが冗談だか本気だかわからない口調で提案する。
「うむ、それもありじゃな」
「おいおい、君と俺は誓い合った永遠の相棒だぜ」
「誰がいつ誓ったのじゃ」
牢の中にレイが入ってきても鬼はまったくの無反応だった。
さきほど扉が開いて結界が解放された瞬間にぴくりと身震いしただけだ。
目が開いてはいるがどこを見るでもない。
「牢に入れるまでは暴れていたのですが、閉じ込めたらまるで動かなくなったのです」
クスミが言う。
「この牢はズメイさんが設計して、魔力を通さない結界になっています。この中に入ると遠隔操作の魔力が届かなくなるんだと思います」
エイダがヴァールに説明する。
「遠隔操作されなくなっても、支配は解けないようじゃのう……」
レイは牢の中で鬼を挑発し始めた。
「立つがいい腑抜け、俺と勝負だ間抜け」
鬼はレイに目を向けることすらしない。
「やっぱり外れですわ」
イスカが呆れたときだった。
レイは左手の人差し指で鬼を指す。
すらりと美しい指だ。
その指には銀の指輪がはまっている。
右手でその指輪を触りながらレイは命じる。
「立て、鬼よ」
鬼はのっそりと立ち上がった。
その目に相変わらず意志の光はない。
「俺にひざまずけ、鬼よ」
鬼はレイにひざまずく。
「我が手に口づけせよ、鬼よ」
鬼は命ぜられるままにレイの手をとって口づけする。
「やはり、思ったとおり」
レイは自慢げにヴァールたちの方を見た。
「どうだ俺の力、たたえろ偉大な相棒」
「その指輪の力ですね」
エイダが指摘する。
「男爵が使っておった仮面に色が似ておる」
ヴァールは眉をひそめる。
「男爵の仲間かもしれません。このまま閉じ込めておきませんか」
エイダは冷たく言い放つ。
レイは仮面の下で笑って、
「さあ、扉を開けるのだ、結界の外を試すのだ」
ヴァールは少し考えてから、
「クスミ、頼むのじゃ」
クスミが開錠するとレイは胸を張り偉そうな態度で出てきた。
「ついてこい、鬼よ」
鬼はのっそりと歩いて出てくる。
ヴァールは杖を構え、クスミは刀を抜いている。
イスカとエイダは一歩引いている。
鬼は牢を出ると立ち止まった。
「止まれ、ひれ伏せ、鬼よ」
レイが命じる。
だが鬼は咆哮するや、レイにつかみかかろうとする。
レイの両腕が剣を振るかのように動いた。
「御留流、双嵐、裏の舞」
見えない剣で衝撃波を起こして鬼にぶつける。
鬼の巨体は衝撃波に飛ばされて牢の中へ。
勢いで扉がガチャリと閉まる。
そこをクスミがすばやく施錠した。
牢に戻った鬼は元の無気力な様に戻り、床に座った。
イスカはため息をつく。
「傷つけるなと言うたであろうが」
ヴァールが怒るも、
「大丈夫だ、峰打ちだ」
レイは涼しい顔だ。
実際、鬼の身体に傷はなかった。
「刀を持ってないのに、峰ってどこなのです」
「しぃっ、触るんじゃありませんわ」
クスミとイスカが陰口を堂々と叩く。
「その指輪は遠隔操作の魔道具なのかや」
ヴァールは詰問する。
「だろうと思って確かめた。確かにそうだった」
「牢の外に出ると効かなくなったようじゃな」
エイダが分析する。
「結界の外にはもっと強い指令が飛んでいて。指輪の指令が上書きされるんじゃないでしょうか」
ヴァールはうなずく。
「つまりその指輪は格下ということじゃな」
脳裏には男爵が着けていた銀色の仮面が浮かぶ。
レイは大仰に肩を落とし、うなだれてみせた。
「大事な手がかり、格下扱い。俺はがっかり、ただ苦笑い」
「その指輪、どこで手に入れたのじゃ」
「もらったのだ、大事な部下から」
「……汝、男爵の仲間かや」
「裏切られたのだ、あの男から」
「もっとはっきり言ってくださいな。時間の無駄ですわ」
イスカがいら立った声で言う。
クスミも同様に、
「だいたいそんなヘンテコな仮面を付けて、それで信用しろと言うのが無理なのです」
レイは指を鳴らしてからヴァールを指さした。
「俺の仮面はここでの俺。君の仮面はここでの君。君は仮面を外せるのかい、ヴァール、勇者、ギルドマスター、」
レイは真正面からヴァールを見つめてくる。
ヴァールは目を外した。
「ここに余は冒険者ギルドマスターとしておる。それで十分じゃろ」
「そして俺は君の相棒、仮面の同志、ああ、この世は仮面舞踏会なのだ、共に踊ろう」
レイは自分の手から銀の指輪を外して、ヴァールの人差し指にはめた。
「これは誓いの贈り物。魔法に長けた君ならばこの秘密解き明かせるはず」
レイはウィンクしてみせた。
エイダがヴァールの指から銀の指輪をすぐさま抜き取る。
にっこり笑っているが、凄まじい殺気を噴出させている。
「この指輪は、私が、解析しますから」
一触即発の空気になった地下留置場に人が降りてきた。
エイダの殺気にぎょっとしたようだったが、気を取り直してヴァールに報告し始める。
「ヴォルフラムです。地下道の探索状況について冒険者ギルドのズメイ氏から連絡が入りました。鬼や兵士は発見できていないのですが、ギルドマスター殿にぜひ見てほしい場所が発見されたとのことです」
報告者のヴォルフラムはヴァールを前に緊張した面持ちで告げる。
続いて階段を降りてきたワンピース姿の少女、ジュラがヴァールを見つけて叫び声を上げた。
「勇者あ! どこ探しても魔王に会えないぞお! どこに隠したんだあ!」
レイが口角の片側を上げる。
ヴァールは困ったような、しかし愛でるような目をジュラに向ける。
「汝は本当に残念な子じゃな」
「なにいいいい!」
ヴァールにつかみかかろうとするジュラのワンピースをヴォルフラムがつかんで止める。
「離せえ! 服が伸びるだろお!」
ジュラはじたばたする。
「さて、その場所とやらに行くかや」
ヴァールが先頭を切って歩き出す。
「ジュラはどうします?」
ヴォルフラムの問いにヴァールは、
「ーー仕方ない、そのままつかんでおるのじゃ」
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