エイダは冒険者ではない。古代魔法史の研究者である。
武器の使い方はわからないし、古代魔法も準備を重ねないと使えない。
地下五階にやってきたエイダは非武装だった。いつもの探検服を着ているだけだ。
隣のビルダも同様である。
エイダは東方のアズマ群島で生まれた。
彼女の一族は代々クグツ作りを生業としていて、幼い頃からクグツ作りに才能を見せたエイダには継承者として大いに期待が寄せられていた。
だがエイダが本当に興味を持っていたのはクグツに使われている古代魔法だった。
古代魔法がどうやってクグツを動かしているのか理解している者はもはやおらず、ただ伝統に従い組み立てているだけ。
かつて古代魔法を極めたとされる魔王の物語をエイダは読みふけり、魔王に憧れ、古代魔法を知りたいと渇望した。
しかしエイダの好奇心に誰も答えてくれない。
アズマ群島に古代魔法を理解している者は残っていなかった。
なにも考えずにただ作っていればよいのだと一族の皆から諭されて、逆にエイダは決意したのだ。古代魔法を研究できるところに行こうと。
エイダは家出してはるばる大陸に渡り、伝説の魔王城に近い北ウルスラ王国までたどりついて、持前のやる気と学力でなんとか魔法大学に潜り込んだのだった。
そんなエイダがクグツを作ったのは久しぶりだ。
クグツは魔法によって動作する人形で、魔道具の一種である。
簡単な作業を繰り返すクグツであれば単純な魔法を込めればよい。
だが様々な機能を持つクグツを作りたければ多種の属性魔法を込めねばならず、作るのははるかに難しくなる。
属性同士が反発したり干渉したりするからだ。
その問題を解決するために、故郷の一族は代々伝わる古代魔法を理屈はわからないままに使っていた。
今のエイダにはその古代魔法が理解できる。しかし精緻に構築された古代魔法は調整に不向きで、新たなクグツを作るのには使えない。
そこでエイダが考えたのは、古代魔法を現代魔法に移植して、複数属性を重ねて実行できる魔法プログラムにすることだった。
エイダはそこでズメイに頼った。
古代から生き抜いているズメイは古代魔法と現代魔法を共に理解している。複数属性の使いこなしにも長けていた。
ズメイは無表情に、しかし内心はうれしそうに教えてくれた。ズメイの技に興味を持って理解できる者など滅多に現れないからだ。
クグツの身体を作るのは、イスカがエルフの鍛冶技を提供してくれた。
高度な魔法アイテムを作るのが得意なエルフたちが見事な技で細密な機構を作り上げた。
そしてクグツに戦い方を教えたのが忍者のクスミだった。
徒手空拳で敵を倒す技だ。
クグツはクスミの動きを学習し、再現できるようになった。
こうして完成したクグツはビルダと名付けられたのだった。エイダの故郷であるアズマ群島の言葉で、作られし者を意味する。
◆魔王城ダンジョン 地下五階
エイダとビルダは地下五階にやってきた。
「ビルダ、始めて」
「はいナ!」
ビルダは金髪のツインテールを揺らしながら一人で駆けていく。
目的はドッペルが出現する召喚魔法陣《ポップサークル》だ。
なにせポップサークルをこの地下五階に配置したのはエイダだから場所は熟知している。
ビルダはエイダの指示通りにポップサークルまでたどりついた。
魔力を十分蓄積していたポップサークルが召喚魔法を自動発動、闇を渦巻かせてドッペルが出現する。
ドッペルはエイダとそっくりな姿形をしていた。
金髪のポニーテイルに眼鏡をかけた大きな目のきれいな顔立ち、着ているのはいつもの探検服。しかしエイダとまるで違うのはその冷え切った表情だ。人間味が欠片もない。
ビルダは両手をクロスさせて、
「戦闘モードだヨ」
ドッペルは魂のこもっていない目をビルダに向け、
「キシャアアアッ」
叫び声を上げて素手で襲いかかってくる。
「抜き手」
ビルダが先制攻撃。
素早い一撃をドッペルはかわすことができない。
抜き手を胸に喰らってもんどりうつ。
歯を剥いて起き上がってきたドッペルに、
「回転蹴り」
ビルダの宙を舞うキックが直撃する。
頭を打たれたドッペルは回りながら吹っ飛んで壁にぶつかり、骨が砕ける音を立てて落ちた。首がおかしな角度に曲がっている。
ドッペルは動かなくなり、やがて床に吸い込まれるがごとく消えていく。
後には小さなものが落ちる音。指輪だ。
ビルダは指輪を拾い、ゆっくり歩いて追いついてきたエイダに渡す。
エイダは指輪を探検服のポケットに入れた。
「成功です!」
エイダはうれしそうだ。
彼女の目論見はこうだった。
まずクグツのエイダにポップサークルを反応させる。
非生物のビルダをドッペルできないポップサークルは、ビルダにこめられた魔力の持ち主であるエイダをドッペルするはずだ。
非武装で戦闘能力がないエイダを真似したドッペルであれば弱くて簡単に倒せるだろう。
倒すのは戦闘向けに作ったビルダの役目だ。
エイダの目論見通りにビルダはドッペルを容易に倒すことができた。
エイダはテンションを上げる。
「この調子で続けて!」
「はいはいナ!」
ビルダは次のポップサークルへと向かっていく。
エイダはポップサークルに魔力が充填されるサイクルも熟知している。なにせ自分が設定したから。
自作自演とか卑怯といったことをもはやエイダは気にしていなかった。
自分は魔の眷属、遠慮なんてしないのだ。
◆地上 ギルド会館
その日、エイダは魔力が尽きる限界までビルダを駆動して、指輪をわずか一日で四つ集め、意気揚々とギルド会館に戻ってきたのだった。
もう日は暮れて、酒場は食事や酒を飲む者たちで騒がしい。
テーブルのひとつにヴァールがいるのをエイダは見つける。
隣にルンも座っているが、自分の手にはめた四つの指輪を見てもらおうと遠慮なくエイダは進んでいって、ルンの手が目に入った。
ルンの手には五つの指輪がはまっていた。
エイダは壁のランキング表にきっと眼を向ける。
トップにはルンの名前と数字の五。
思わず声が漏れる。
「もう五つ目を」
それが耳に入ったルンは、裏表なしの明るい表情で、
「二匹ずつ出てくるから倍の速度で集まるんだよね。どうして二匹なのかわからないけど」
エイダはヴァールを見る。
自分はなにもしておらぬと言い訳をするような表情をヴァールは浮かべ、目を伏せた。
エイダはショックを受けた。
ヴァールは何もしていないのかもしれないが、ヴァールの存在が引き起こした現象の可能性は高い。
わかっていて魔王様はルンと行動を共にしているのだろうか。
エイダは力が抜けかけて、しかし立ち直る。
どうであれ自分は魔王様の力になってみせるのだ。
迷ったり悩んだりしている場合ではない。
ついてきているビルダにエイダは告げる。
「地下五階に戻ります。負けてはいられません」
「はいナ!」
「エイダ、無理をするのは止めるのじゃ!」
ヴァールが叫ぶ。
「大丈夫です。力が湧いてきましたから」
エイダは微笑んでみせ、それを真似してビルダもにっかり笑う。
エイダとビルダはまた地下五階へと向かっていった。
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