男爵城の庭。
そこに立ち並ぶ異形の騎士たちと対峙するヴァール。
近衛騎士の一人にエイダは捕らえられている。
エイダは猿ぐつわをかまされて話せず、もごもごとうなっている。
ヴァールはエイダを見やる。
「どういうことなのじゃ……」
近衛騎士たちを率いる宰相ダンベルクは、名乗りを上げたヴァールにじろりと目をやって、
「これはご丁寧に、わたくしは北ウルスラ王国の宰相ダンベルク」
そこまで言ってから、ダンベルクは噴き出す。
「いくらなんでも、このようなガキが勇者とは冗談にもほどがありますよ。もういい、皆さん作戦を開始なさい」
近衛騎士たちは甲冑の翼を広げて空に舞い上がる。
彼らは町の四方八方へと散っていく。
エイダを捕らえている近衛騎士は残っている。
ヴァールはその手に魔王笏を構えた。そこに魔法陣が生じる。
「颯《ゲイル》」
槍のように鋭い旋風が杖の先に伸びる。
「放て!」
上空にいる近衛騎士のひとりに向けて、風の槍が一直線に飛んだ。
近衛騎士に風の槍は直撃、近衛騎士は四枚羽根を捩じられ、姿勢制御を失って切りもみする。
「ほう、これは興味深い芸ですね。もしやこんなガキが本当に勇者なのですか? 聖騎士団もまったく酔狂なことをする」
ダンベルクは面白そうだ。
「エイダを返すのじゃ。次は手加減せぬぞよ」
ヴァールはダンベルクに魔王笏の狙いをつける。
「どうぞ撃ってみなさい」
ダンベルクは平然と言う。
ヴァールは油汗をかいていた。
魔王笏は震えている。
浮かび上がった魔法陣はおぼろげだ。
「ぬううぅ!」
ヴァールは再び風の槍を放とうとして、しかし地面にへたりこむ。
ぜいぜいと荒い息だ。
魔力がもう尽きかけている。
幼くなり過ぎた。この歳だったころのヴァールはまだ十分に魔力を蓄積できない身体だったのだ。
「しょせんはガキ、一発でおしまいですか。わたくしも忙しいのですよ、そろそろ遊びもおしまいにしましょう」
ダンベルクの翼から伸びた龍の首が顎を開く。その中から赤い輝きがあふれていく。龍の虚ろな目はヴァールを捉えている。
「陛下!」
エイダの叫びが響く。
エイダは猿ぐつわを喰いちぎって騎士の顔へと吐き出す。
「なっ!?」
エイダを捕らえていた近衛騎士は思わず腕で目を覆おうとして、エイダをつかむ力が緩んだ。
エイダは腕を跳ね除けてヴァールへと突進する。
ヴァールとダンベルクの間に割って入ろうとする。
「盾になるつもりかや?!」
ヴァールは歯を食いしばって立ち上がった。
小さな手をかざして局所結界を生成する。
「余の後ろに!」
ヴァールはエイダへと叫ぶ。
「しかし!」
「頼むのじゃ!」
「はっ!」
エイダはヴァールの後ろに回る。
ダンベルクの龍首がヴァールへと焔を放つ。
そこにヴァールは手をかざす。
ダンベルクの焔をヴァールの局所結界が受け止めていた。
小さな半球の表面を焔が流れて散る。
赤い火花が散乱し、ヴァールとエイダに焔は届かない。
だが焔は放たれ続けて、局所結界を揺らがせる。
「ほほう、面白いですね。これならばどうでしょうか」
ダンベルクがまとっている甲冑の背中には十六枚もの翼が生えており、それぞれが龍の首を持つ。
二つ目の龍首がさらに焔をヴァールへと放つ。
倍増した焔の威力に押されてヴァールは後ずさる。
「これはーーいかぬ」
三つ目、四つ目と焔を吐く龍首は増えていく。
対するヴァールは身体を削って魔力に変えているため、より幼くなっていく。
押されるヴァールをエイダが後ろから抱き留めて支えようとする。
ヴァールは問うた。
「何者じゃ」
「え?」
「ーーまさか、サスケかや?」
エイダの動きが止まった。
いや、エイダではなかった。
姿がみるみる変わり、少年の姿になっていく。
エイダの眼鏡をかけた少年だ。
「わし、い、いや、俺だ! サース五世だ!」
サース五世は叫び、ヴァールを抱こうとしていた腕を離す。
その顔は真っ赤だ。
「エイダはどうなっておるのじゃ」
「安全は保障する。それより、これを」
サース五世は手の中に魔法結晶を握っていた。
それをヴァールの片手に握らせる。
「これはーー ダンジョン管制室の鍵かや!」
地面に伏せていた男爵は、鍵に目をやって叫ぶ。
「俺の城の鍵ではないか!」
「エイダから預かってきた」
まだ頬が赤いサース五世は照れくささをごまかすように言う。
「ヴァール様の力になると言っていたぞ」
「うむ!」
魔法結晶から新たな魔法陣が展開する。
<こちら魔王城ダンジョン管制室、管理精霊ダーマ弐です。管制官を登録してください>
城の魔法機構を管理する精霊が顕現する。
「余を登録するのじゃ」
<魔力波長を登録、認証>
「余に魔力供給を開始」
<了解、魔力供給を開始。現在、魔力の蓄積量は十八パーセント>
「悪くないのじゃ」
ヴァールはにやりと笑う。
ダンベルクは攻撃を続けながら、太い眉をひそめた。
「枢機卿、サース五世。これは何の茶番です。支配者に敵対することが聖教団と聖騎士団にどう影響するのかわかっているのですか」
「俺はレイライン王に賭けたのだ! ヴァリア市を独立させ、勇者の国とするためにな!」
サース五世は啖呵を切った。
「ふざけたことをぬかしますね。もう終わりなさい」
ダンベルクは十六枚の翼を全て開き、十六の龍首から焔をヴァールとサース五世へと放射する。
猛烈な焔がヴァールへと殺到する。
局所結界から弾かれた焔が周囲に散って、床の石を高熱で熔解させる。
焦げた臭いが庭に充満する。
だが局所結界は破れない。
むしろ拡大していく。
<現在、魔力の蓄積量は二十五パーセント、二十九パーセント、三十六パーセント>
「高速供給モードにせよ、効率が落ちてもよい」
<了解、高速供給モード、魔力の蓄積量は二十七パーセント、十八パーセント>
ヴァールの背が明らかに伸びていた。
八歳、九歳、十歳、十一歳。
それに伴い、結界も拡大していく。もはや局所結界ではなく完全な結界としてヴァールとサース五世を覆っていた。
「これはいったい?」
ダンベルクが戸惑う。
ヴァールは昂然として、
「ここはエイダが築きし余の城じゃ。使われた魔力は城に吸収され、そして余のものとなる」
地面に這いつくばっている男爵はつぶやく。
「俺の城なのに……」
ヴァールは魔力に満ちてその目は輝いている。
「エイダよ、さすがじゃ!」
ダンベルクは攻撃を止めた。
「これではわざわざ力を与えるようなものではないですか。しかし」
周り中から爆音が轟いてくる。
「なんじゃ!?」
ヴァールは見回す。空が赤く染まっている。
町の周囲に天高く焔の柱が上がっていた。
焔の柱は次々に増えて壁のように連なり、町全体を円い壁となって取り囲む。
町は焔の壁に包囲されていた。
上空には翼の近衛騎士たちが円周飛行しており、彼らが焔を噴き下ろしている。
焔の円壁はじわじわと縮まっていく。
寂れた静かな町だが、この有様にはさすがに人々も表に出てきた。
彼らは恐慌にかられている。
叫び声と泣き声があちこちから上がる。
「人間の町じゃぞ! なぜ攻撃するのじゃ!」
「偽王の極悪非道な行為によってこの町は滅びるのです。これでわたくしがレイラインを討ち果たす大義名分が立つというもの」
「止めさせよ!」
「降伏すれば考えてあげましょう」
ダンベルクはあざ笑った。
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