ルンとヴァールは地下四階を進んだ。
ヘルハウンドは魔王に威圧されて近づいてこない。
地下四階では最強の敵だったヘルタイガーはかつて魔王に飼われていたことを思い出し、今やペットとして魔王城でのんびり寝ている。
もはや地下四階は二人にとって安全地帯だ。
二人は階段を降りて無事に地下五階まで到達した。
ルンは笑顔で、
「戦わずにここまで来れちゃったよ。魔物たちも僕に恐れをなしたのかな」
「う、うむ。じゃが、ここからはドッペル狩りじゃぞ」
ルンは自分の剣士レベルを1と言っていた。身のこなしを見ても、やはりその程度にしか見えない。
レベルとは相対的な評価の仕組みで、多くの冒険者を測定してきたデータが測定魔道具に記録されていて、その中でどこに位置するのかが評価される。
レベル1は経験無しの素人を、レベル100が究極の頂点を意味していた。
「かつての余はレベル100だったのじゃがな」
ヴァールは心中でつぶやく。
ルンは危なっかしげに細い剣を抜いた。
ぶんぶんと振り回す。
「僕が君を守ったげるからね! でも、どうしてそんなちっちゃいのに冒険してるの」
ルンは首を傾げてヴァールを見る。
そう言うルンもヴァールより少し年上に見えるだけの少女である。
「汝とそう変わらぬ背丈と思うのじゃが」
「ええっ、僕の方がずっと大きいよ! それでどうして?」
ルンは人懐っこい様子で問い続ける。
「余は冒険者ギルドのマスターじゃからな。見回っておるのじゃ。汝こそどうして冒険しておるのじゃ」
「僕はねえ、ダンジョンが好きなんだ! わくわくするよね! でもすぐになくなっちゃうから旅して回ってるのさ」
このところ各地のダンジョンが消滅しているとの話をヴァールは聖騎士団から聞いたことがある。それもあって冒険者たちは魔王城のダンジョンに集まってきているのだ。
それにしてもどうして子ども一人でと思うのだが、そこを突っ込むと自分にも返ってくるのでヴァールは聞けない。
ルンとヴァールは話しながら進む。
「あ、看板があるよ!」
「む、これは……」
看板状の告示がダンジョンの石壁に彫り込まれていた。
古い文体で書かれた告示をヴァールは読む。
「地下五階の掟が書かれておる。七種の指輪を集めれば宝の指輪に変じて道が開かれること、他人との交換はまかりならぬこと、最初の一人にのみ宝の指輪は与えられること、敵は己自身であること……」
「大魔王からの挑戦状だね! 僕たちが大魔王の鼻を明かしてやろう! そして魔王ヴァールを助け出すんだ!」
「う、うむ」
今やこの魔王城ダンジョンを支配するのは怒りの化身である悪の大魔王、魔族が崇める真の魔王ヴァールは封印されてしまったというのがもっぱらの噂である。
その噂を流したのはヴァールたち自身なのだが、ヴァールは複雑な気分だった。
地下五階を二人は進む。
通路は細く、小部屋が多い。
ヴァールはあちこちから戦いの気配を感じる。
この地下五階に出現するのはドッペル、冒険者の姿を真似する魔物だ。冒険者一人に対して、その姿を真似たドッペルが一匹現れる。大勢で降りても大勢のドッペルが現れるだけだ。
だから地下五階には少人数で降りる者が多い。
先を行くルンが、古ぼけた木の扉を軽く開いて小部屋に入ろうとしたときだった。
小部屋の奥からしゃらりと剣を抜く音がする。
そこにはルンそっくりの少女剣士が待ち受けていた。しかもそっくり同じ姿の者が二人。
「出たな、ドッペル!」
ルンは臆せず入っていく。
石作りの小部屋はサイズが五メル四方ぐらい、剣を振えば互いにすぐ届く距離だ。
ドッペル二匹はルンと同じ姿だが、その目には不気味な殺意がある。にこりともせず、ルンをにらんでいる。
「やっつけてやる!」
ルンが叫ぶ。
「「殺す」」
ドッペルが静かに告げる。
ルンは剣をぶんぶんと振い、対するドッペル二匹はびたりと剣を構える。
どう見てもドッペルのほうが格上だった。レベルにして軽く十以上は差があるだろう。しかもドッペルは二匹いるのだ。
「同じ二匹、不具合かや? 危ないぞ、下がるのじゃ」
「大丈夫、僕が守ってあげるから!」
ルンは一歩前に出て、勢いよく剣を振り下ろす。
剣はかすりもしない。
ドッペル二匹は正確に剣を突き出した。
剣先がルンの心臓へと迫る。
「ちっ」
ヴァールが魔法でドッペルを吹き飛ばそうと魔法陣を現出させるが、ルンが足元を滑らせて倒れる様に躊躇する。
「うわ」
ルンは倒れながら闇雲に剣を振り回した。風を切る音が小部屋に響く。
ヴァールは目を疑った。
バランスをなんとか取り戻したルンが立ち上がり、そしてドッペル二匹がゆっくり倒れ伏していく。
ドッペル一匹は喉を深々と切り裂かれ、もう一匹は胴に剣が刺さっていた。
倒れたドッペルはやがて床に吸い込まれるがごとく消えていった。
細い剣がからりと転がり、そして小さな物が落ちる音。
指輪が転がっている。しかも二つだ。
ルンは喜色満面で剣と指輪を拾う。
「やったよ! ほら、一個あげる」
「いや、余はいらぬ。それに汝が拾った時にその指輪はもう汝のものとして認証されておるのじゃ」
ルンは心から申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね、ヴァール」
「いや、余は本当にいらぬのじゃ。それより、今のはどうやって倒したのじゃ!?」
ルンはきょとんとする。
「実力だよ」
「たまたまじゃろ?」
「いっつも気が付いたら敵を倒してるんだ。達人ってことだよね!」
信じがたいがドッペル二匹を瞬時に倒したのは事実だった。
「魔法かや……? しかし魔力はちいとも感じなんだが。その剣を見せてくれるかや」
「いいよ! 自慢の名剣切り裂き丸さ」
ヴァールは剣の柄を握って剣身をよく眺めてみる。
全く魔力を感じられず、どこにも魔法の仕掛けなんてない、ただの軽い安物だ。
礼を言ってルンに返す。
「さあ、どんどん行こう! 今日中に指輪を七つ集めるんだ!」
先に進みだすルンをヴァールは止める。
「待つのじゃ、指輪を持つドッペルが現れるのは一日に一度限りと聞くぞよ。今日はもう戻るがよい」
ルンはがっくり肩を落とし、
「ちぇええ」
しかしすぐに肩を上げて、
「お腹減ってきたなあ。戻ってご飯を食べよう!」
元来た道へと元気よく進みだす。
その手には指輪が二つはまっている。
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