ルンとヴァールは地上のギルド会館まで戻ってきた。
時刻はもう夜、一階の酒場からは酒と食事の喧騒が聞こえてくる。
焼いた肉の美味そうな匂いが外まで漂っていて、
「お腹が鳴るね!」
そう言うルンのお腹が実際ぐうぐうと鳴っている。
ヴァールのお腹も鳴った。
矢も楯もたまらず、二人は酒場に入った。
ルンは隅っこに少し空いた場所を見つけて強引に二人分の席を作る。
二人はぎゅうぎゅうに詰めて並び座った。
「お姉さん、鳥を焼いたのとキノコのスープと黒パンにブドウのジュースをちょうだい!」
「二人分だね!」
騒がしさに負けない大声でルンが注文し、女将のマッティが受ける。
まずは木のコップに入ったブドウのジュースがやってきた。
ルンがコップを掲げ、ヴァールも合わせる。
「乾杯!」
「乾杯なのじゃ!」
ルンは喉を鳴らして一息に飲み干す。
ヴァールは小さな口でゆっくりと飲む。
ダンジョンで乾いた身体によく冷えた甘酸っぱいジュースが染み透る。
「美味い! お代わり!」
ルンが元気に叫ぶ。
ヴァールも遅れて飲み終わり、
「余もお代わりなのじゃ」
「はいはい!」
マッティがジュースとスープ、それに焼き上がった山鳥の骨付きモモ肉をお盆に乗せて持ってくる。
相席で狭いテーブルに所狭しと並べられた料理にルンは目を輝かせる。
口を大きく開けて、焼きたての鳥にかぶりついた。
熱々の香ばしい肉からは旨い肉汁があふれてくる。
あっという間にモモ肉は骨だけになっていく。
ヴァールはふうふうと息をかけ、少し冷ましてから食べる。それでも熱々だ。
鳥皮はしっかり岩塩が振ってあって、しょっぱさと脂のコクがある旨さで口の中がいっぱいになる。
赤い長髪に金色の瞳で白い肌のヴァールと、黒髪のポニーテイルに黒い瞳で健康的に日焼けした肌のルン。
かわいい少女二人が夢中になって食べている様を周りの荒くれた冒険者たちは微笑ましく眺めている。
女重剣士のグリエラが、ルンの手に指輪が二つはまっていることに気付いて、
「その小さな身体でもう二つも集めたのかい。嬢ちゃん、やるじゃないか」
「嬢ちゃんじゃないよ、ルンだよ!」
ルンは自慢げに指輪のはまった右手を高く掲げ、くるくる振って見せる。
酒場の奥でがたりと立ち上がる音がした。
大きな陶製のジョッキを持ったヴォルフラムだ。ジョッキの中は麦酒で満たされている。
「ルンだと!?」
血走った眼をルンに向ける。
「……別人か」
ヴォルフラムは座ってジョッキをあおった。
「くそ…… どこにいやがるんだ…… 団長の仇は」
二階で働いていたエイダは、ひときわ喧騒が大きくなった酒場が気になり階段を降りてきた。
酒場を見回し、ヴァールを見つけてぱっと表情を明るくしかけたが、その隣にくっついて座っている少女とヴァールの仲睦まじげな様子に足が止まる。
同じぐらいな歳の少女二人が屈託なく笑いながら楽しく食事をしている。
いつもならエイダと一緒に食べているはずのヴァールだ。
今のヴァールには声をかけることがためらわれてしまう。
エイダは結局そのまま二階に戻ってしまった。
うつむき加減にしばらく書類を片付けていると、そのヴァールとルンが笑い戯れながら二階に上がってきた。
エイダは笑顔を作って、
「ヴァール様、お友達ですか」
「ルンじゃ。今日は地下五階まで付き合ってきたのじゃ」
「やあ、指輪を二つも集めたのさ!」
エイダはギルドの書類を脳内検索する。
「ルンさん、剣士レベル1。地下五階の推奨レベルは18ですが、ドッペルを倒せたんですか!?」
「それでレベルを確認に来たのじゃ」
ヴァールはルンをレベル測定の魔道具に案内する。
魔道具は台座の上に一人で立つと自動測定される仕組みだ。
「レベルいくつになったかなあ?」
ルンは台座に飛び乗った。
魔法プログラムが起動されて、光の環がルンの身体を上から下まで走査する。
測定結果の画像が空間に浮かび上がった。
ヴァールが読み上げる。
「どれどれ、剣士、レベル1…… ドッペルを倒したのにレベル1のままかや!?」
「えええ、まだレベル上がらないのかあ。がっかりだよ!」
「がっかりというよりも不思議でならぬのじゃが」
ヴァールは首を傾げつつ、自分も測定具に乗ってみる。
結果を自分で眺めて、
「レベル8になってるのじゃ。そんなことより、背が伸びてるのじゃ! やったのじゃ!」
ルンがヴァールに抱きついて、
「おめでとう! よかったじゃん!」
「凄いです、ま、じゃなくて、ヴァール様!」
エイダもうれしいのだが、ルンに抱きつかれるヴァールの楽しそうな様に胸がちくりと痛む。
負けている気がする。負けちゃいけないと思う。
両拳をぎゅっと握りしめる。
もっとがんばらなきゃ、魔王国の四天王にも選んでもらえない。
◆魔王城 大広間
「ダンジョン運営会議を開催します!」
気合いが入ったエイダの声に、眠そうに座っていたクスミがびくりと背筋を伸ばす。
魔王城、大広間のテーブルにはいつものようにズメイ、イスカ、クスミにエイダ。そして大きな玉座には小さな魔王が座っている。
虎猫キトがとことこやってきて、魔王の膝に飛び乗った。
テーブルの上にはグラフ映像が投影され、エイダが説明する。
「七つの指輪コンプリートキャンペーンが大人気になった結果、魔力の備蓄量が先月比百四十パーセントに増加しました!」
「すばらしいのじゃ! 背も三ミル伸びたのじゃ!」
喜ぶ魔王は足をぶらんぶらんと振る。
「現在、指輪の最高保有数は四つ、この保有者は三名です」
「その一人はクスミです!」
四つ指輪がはまった手をクスミが掲げる。
「でもでも、五つ目がなかなか手に入らないです」
ズメイがさもありなんといった顔で頷いてみせる。
エイダは眼をきらめかせた。
「そう、五つ目を手に入れる者がなかなか現れません。そこで!」
エイダは巻いた紙をテーブルいっぱいに広げる。
紙には指輪を集めた者の名前と集めた数が大きい順番に並んでいる。
「指輪ランキングを開催して、ランキング上位者には新たな報酬を追加します! これで集めるモチベーションがさらにアップ! キャンペーンの中だるみを防ぐのです!」
「報酬には何を上げるんです~?」
イスカが心配そうに言う。レアアイテムであれば用意するのは鍛冶を担当するイスカなのだ。
エイダはにやりとした。
「五つ目を手に入れた者は先着三名様まで魔王様との握手券、六つ目では先着二名様まで魔王様のサイン」
「エイダ……?」
魔王は眼をぱちくりした。
イスカは眼をきらめかせる。
「それは人気が出ますわね!」
クスミもうれしそうに、
「クスミがいただきです!」
ズメイも静かに頷く。
乗り乗りのエイダが宣言する。
「そして七つ目の報酬は、先着一名様、魔王様になんでも一つ言うことを聞いてもらえる券です!」
魔王は驚きのあまり玉座から落ちそうになる。虎猫キトは魔王の膝から転がり落ちた。
「エイダ、汝は何を言うておるのじゃ!?」
「すばらしいです!」
「激震が走りますわ!」
「奇跡が起きるやもしれませんな」
イスカ、クスミ、ズメイが力強く賛同の拍手をする。エイダ自身も拍手に混ざる。
「そんなことをして、とんでもない要求が来たらどうするのじゃ!」
エイダは人差し指を左右に振ってみせた。
「大丈夫です。あたしが七つ目を手に入れますから! 誰にも負けません!」
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