新魔王城の四階、舞踏の間に大量の銀血が降り注ぐ。
龍姫ジュラは冥王ネクロウスに支配され、自らを召喚龍によって攻撃する。
ジュラをかばって攻撃を受ける龍体のズメイは満身創痍だった。
「さあ、早く降伏しなければ大事な姫が死んでしまいますよ」
銀血のネクロウスが嘲笑うようにヴァールを脅す。
銀血はさらに天井から降り注ぎ続けて舞踏の間の床にたまっていく。
体内に入られれば支配されてしまう危険な液体だ。
三階から舞踏の間まで救援にやってきた巫女や神官にも銀血は襲いかかってくる。
溜まった銀血が巫女イスカへと蛇のように伸びた。
「きゃっ!」
腕をかざして顔を守ろうとしたイスカの目前で、銀血が輝き砕け散る。
「あの…… 大丈夫…… かな?」
か細い声をかけてくるのは鬼王バオウ。
彼女の鉄腕が銀血の蛇を粉砕していた。
「ありがとうですわ!」
イスカは微笑む。
「みんな、守るよ……」
バオウが鬼たちに号令をかける。
「おお! 俺たちを解放してくれた恩返しだ!」
鬼たちは舞踏の間を震わせるほどの大声で応えた。
巫女や神官たちの周囲を固め、迫る銀血に拳を叩き込む。
ネクロウスは嘲笑しようとする。
「液体に物理攻撃をしても無駄、無意味……?」
鬼たちに打撃された銀血が爆発したように閃光を放ち、散らばり、濁った色に変わって床を汚す。もう動かない。
バオウがか細く告げる。
「ごめんね、あたしたちの拳はなんでも砕くから……」
超高速振動する鬼の拳は銀血に当たるやその振動を伝導する。振動は反射されながら銀血を満たし、莫大な熱エネルギーに転換される。数万度に達した銀血は分子が電離してプラズマ化、完全に構造を破壊されるのだ。
「おのれ!」
ネクロウスは銀血をズメイに集中させる。
ズメイは九つの顎から凍気を放射するが、銀血が多すぎて切りがない。
そうしている内にも床に銀血は満ちていく。
「姫の命が惜しくないのですか、早く部下に命じるのです、止めよと!」
ネクロウスは金切り声だ。
魔王ヴァールは魔装キルギリアをまとい、バオウの頭に乗っている。
バオウの体内を通り抜けるために細胞よりも小さくなった身体はもはや目に留まらないサイズだ。
ヴァールは戦況を見る。
蘇生魔法による操術の阻害効果は降り注ぎ続ける銀血によって無効化されてしまった。
巫女や神官は鬼に守られているが、舞踏の間はいずれ銀血に満たされる。いくら拳が強くても、そこまでくれば手に負えない。
ジュラの自爆攻撃はズメイが身を挺して止めているが、これもいずれ限界が来る。
ヴァールが大規模魔法を使って銀血を死滅させようとしても、銀血を構成する銀球の死は操術をむしろ強めてしまう。それではジュラを解放できない。
これほどまでに大量の銀血があふれているのは、ネクロウスに膨大な魔力が供給されているからだ。
魔王城は内部で消費される魔力や生命力を吸収蓄積して主に供給する仕組みを持つ。この新魔王城も同様、そして四階以上の主はネクロウスに設定されている。
こうしている間にもルンは上階に向かっているのだ。
バオウやジュラと交戦しなかったのは幸いだったが、大魔王エリカことエイダの元にはそう遠からずたどり着くことになる。危険な状況だ。
戦力を追加するか?
三階の冒険者たちを四階に投入しても、銀血で溺れさせる危険が増すだけだ。しかもネクロウスにはジュラを人質を取られている。武力では解決できない。
ヴァールは口角を上げた。全て想定の範囲内だ。何とかしてみせる。
ネクロウスに優しい声でヴァールは話しかけた。
「ネクロウスよ、もし余が降伏したらどうするつもりなのじゃ」
「おお、愛しき君! もちろんなによりも大事に守ってさしあげます」
「何から守ってくれるのじゃろうな」
「あらゆる人間から、全ての魔族からですとも!」
「勇者からもかや?」
「それはもう、言うまでもないことです!」
「ルンの強さは言語道断じゃぞ」
「この城はルン対策なのですよ。準備は十分です。勇者エリカも手の内にあります」
エリカの名を聞いて、ヴァールは瞬間的に怒りをたぎらせたが表には見せずに抑え込む。
「では、余にとって最悪の敵を如何にするのじゃ?」
「はてさて、他のまつろわぬ魔王たちのことでしょうか」
「あれほど言うてまだ分からぬのか! 汝じゃ、ネクロウス! 人間を、鬼魔族を、龍魔族を、好き放題に操ってなぶり殺した! 余も操ろうてか! 余は汝を国に迎え、友として共に暮らし、愛した。今も愛しておる! ……ゆえに、魔王ヴァールの名において汝の所業を許さぬ!」
ヴァールの叫びにネクロウスは沈黙する。
しばし静まり返る。
舞踏の間の奥、一段高くなったステージの後ろにある壁がいつの間にか開いており、そこから統御魔力結晶の丸い球体が覗いてる。
球体にはビルダが乗っていた。
「四階の統御権を掌握したのダ。魔力供給対象をヴァールに変更したのダ」
ヴァールはにやりとする。
「よくやったのじゃ、ビルダ」
「話の時間がたっぷりあったからナ!」
ヴァールがネクロウスに話しかけている間、ビルダは小さなクグツの身体で舞踏の間を駆け抜け、統御魔力結晶を探し当て、統御権を奪取していた。
この四階では魔力と生命力が大量消費されている。その全てが魔王ヴァールに供給される。
ヴァールの周囲に多数の魔法陣が同時展開、空間操作が開始される。
極小サイズだったヴァールの身体が拡大していく。
分子を超え、細胞を超え、さらに大きくなり、人を超える。
ヴァールは床に降り立つ。舞踏の間が揺れる。
皆はぽかんとした顔で見上げる。
「元に戻ったぞよ! うむ? ……皆が妙に小さいのじゃが……」
魔法陣が消えたとき、そこには十倍スケールの魔王ヴァールが立っていた。
少女の身体のまま、ただ大きく、魔装キルギリアをまとって赤いマントをひるがえし。
「うにゃ! 大きくなり過ぎたのじゃああ!」
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