ヴァリア市のダンジョンに不法侵入者ありと聞いたヴァールは、その報告からピンと来て自ら確認に訪れた。果たしてその正体はやはり当代の勇者ルーンフォース二世、ルンであった。
勇者ルンといえば以前の戦いでビルダを粉砕し、ヴァールとの勝負では危うく北辺の森そのものを消し飛ばす寸前までいった。
ビルダを初めとして新四天王たちはルンを宿敵扱いにしているし、ヴァールとしても極めて警戒している。なにせ相手は魔王の天敵、戦略級の破壊能力者、聖女神の力を持つ者、勇者なのだ。
そのルンはヴァールとの再会を心の底から喜んでいるように見える。
「そいで東ウルスラが龍王国に攻められてるっていうから行ったのにさあ、もう龍は撤退してていないんだよね。退治するのを楽しみにしてたのに、ひどいと思わない? せっかくだから海を攻撃してみたんだけど、どこに隠れてるのか分からないし、東ウルスラは魚が採れなくなったとか文句つけてくるし、あんまりだよ」
地上への道すがら、ルンはヴァールに親しく話しかけ続ける。
ヴァールも出会った頃の普通に仲良くしていた頃を思い出して無碍にはしづらい。
「龍王国はどうして東ウルスラを攻めていたのじゃ」
「んん、龍がたくさん拉致されて行方不明になったんだって。言いがかりだと思うけどねえ」
ヴァールは眉根を寄せる。
宰相ダンベルクたちが使っていた魔動甲冑には龍の生体部品が使われていた。東ウルスラで何が行われていたのかは想像がつく。その事態が東ウルスラ王国の責任かは怪しいが。
「でさあ、暇つぶしに聖騎士団の掲示板を見てみたら君が載ってるじゃない。なんか元気そうだし、また勝負するのもいいかなと思ってさ。そしたら戻ってくる途中に大魔王が出たとかで、それも先代の勇者エリカを名乗っているとか面白過ぎるよね。サース君からも大魔王を倒しに来いって言われたけど、それはどうでもいいいとして」
ルンはべらべら話し続ける。
「もしかして人と話すのは久しぶりなのかや」
ヴァールにそう言われたルンの表情が一瞬かげる。
「そう、だから友達とはたっぷり話したくてさ」
「友達と勝負したがるのは止めにせぬかや。倒せばいなくなるのじゃぞ」
ため息交じりにヴァールが言う。
「勇者は全てを終わらせるための道具」
ぼそりとルンがつぶやく。
さきほどまでとは打って変わった冷たい物言いだ。その目はどこか遠くを見ている。
「なんじゃと?」
「へへへ、ヴァールと会えてうれしいよ」
ルンは屈託ない様子で笑う。
ついさっき見せた冷酷な様子は瞬く間に消え失せている。
ヴァールは戸惑う。
このルンとは友でありたい。
しかし先ほどのルンからは得体の知れない気配を感じる。
親友と信じていたエリカから攻撃を受けたときのことを思い出して、ヴァールは身を震わせる。あの時の感覚とよく似ている。
一行は地上まで戻ってきた。
並んで歩いていたルンはくるりとヴァールの方を向き、しゃがんでヴァールを両腕でぎゅっと抱いた。
「な、なんじゃ!」
「やっぱり二人っきりになりたいなあ」
ルンはヴァールにほおずりする。
ついてきていた新四天王たちの緊張が高まる。
それをルンは平然と無視して、
「行こうよ!」
ヴァールを抱いたまま音もなくふわりと浮かび上がった。
「ぬう!?」
ヴァールは手足をじたばたさせるもしっかり抱きしめられている。
二人はさらに上昇し始める。
クスミが抜刀し、ズメイが杖から攻撃魔法を発動しようとする。
「構わぬ! 皆は城まで行っておくのじゃ」
ヴァールは言葉を残してみるみる大空へと連れ去られていく。
「好き放題して許せないのダ!」
ビルダが怒りに身体を軋ませる。
イスカは顔を蒼ざめさせていたが、深呼吸してから努めて明るく言った。
「魔王様がおっしゃるとおり、城でお待ちするのですわ」
ルンとヴァールは加速しながら上昇していく。
周囲の大気ごと移動しているのか風は感じない。
途中で音速を突破する衝撃音は聞こえたが、それからはすっかり静かになった。
空気が薄まり、蒼空が暗くなり、点々と星が見え始める。
ヴァールはルンの能力に戸惑う。
ルンからは一切の魔力が感じられないのだ。
彼女はただ重力を捻じ曲げて上へと落ちていってるようだった。
世界に介入するのが魔法とすれば、ルンの力はまるで世界の法則を書き換える神の領域だ。
「これが聖女神の力なのかや……?」
「僕の力さ!」
二人は星を周回する衛星軌道に乗った。
大気の塊に包まれた二人が音も無く真空の宇宙を飛ぶ。
空気は適度に加熱されていて寒くはない。
眼下には青い海や島々、そして緑の大陸が広がる。
上には星を取り巻く星々、それに黒い帯。
星の赤道上空には黒い帯が浮かんでいる。
数千メルもの幅を持つ帯が、星を一周して取り巻いている。
惑星クラスの超巨大魔道具、星の環だ。
端の方が太陽光を反射してきらきらと輝く。
ヴァールは感嘆する。
「星の環をこれほど間近で見たのは初めてじゃ」
「きれいでしょ!」
ルンは高度を上げていき、星の環よりも上に行きかけて、急にコントロールを失った。
きりもみして急降下し、星の環よりも高度が落ちるとまたコントロールを取り戻す。
「やっぱりだめかあ。外に出てみたいのに」
ルンは悔しさと寂しさがない混ざった表情を浮かべる。
この超巨大魔道具、星の環はかつて星神が生み出したとされる。
太古、生命がただ星神しか存在しなかったこの星に、星の環をもって遥かな異界から神々を呼び寄せ、生命を創らせたのだという。神話時代の話だ。
星神から分け与えられた魔力によって神々は龍魔族や鬼魔族を創造し、魔物を作った。そしてある者は魔を治める魔王となり、またある者たちは人となって大地に広がったのだという。
「星の環から生まれし者の力は星の環を出づれば失われる。星の環は生命のゆりかごにして牢獄…… 神話伝承にあるとおりじゃな」
ヴァールが思いを漏らす。
「この量子制御装置を再起動せねばならない」
ルンが遠い目をして言う。
超高速で軌道を周回していくと、星屑の群も周回していることにヴァールは気付いた。
かつての星が砕けて星屑となり、この星の重力に捉まえられたのだろう。
しかし数が多い。なぜ流星雨となって地上に降り注がないのかと考えて、ヴァールははたと思い当たった。
これこそがルンの使う「星罰」の弾倉なのだ。
星を周回して夜の側に入る。
大陸や島々に煌々と光が見える。
「あ~あ、なんて魔力の無駄遣いなんだろ。いずれぜ~んぶ消して星神に戻さなきゃ」
ルンが大仰にため息をついてみせる。
ヴァールはぎょっとした。
勇者ルンは無差別に魔族を滅ぼそうとする存在だと思っていたが、それだけではない。魔力を使っている人間すら滅ぼす対象なのか。
聖教団は魔力を神に返す教えだとは聞いていたものの、観念的な表現だとみなしていた。だがルンは物理的な実行を考えている。
星屑と並んで周回しながらルンが言う。
「ねえ、ヴァール。大魔王がいるのはどこ?」
「ウルスラ大陸の北、北辺の森を南に出てすぐの町じゃが」
ルンは歯を出して、にかっと笑った。
「当てちゃおう!」
言葉と共に、一際大きな三百メル級の星屑が減速して軌道をずれ始める。
星屑は高度を下げて地表への落下コースに入る。
「何をするのじゃ!」
「星罰を当ててさ、丸ごと消しちゃおうよ。その方が簡単でしょ」
ルンは楽しそうだ。
「あんなのが落ちれば町は残らず消えてしまうぞよ!」
「うん、それが狙いだし」
ヴァールはじたばたともがいて、ルンの拘束から脱しようとする。
ルンは腕の力を強めた。
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