魔王様のダンジョン運営ライフ

大人気ダンジョンを目指し、かわいい魔王様は仲間たちと運営をがんばるのだ
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回想

公開日時: 2020年12月3日(木) 08:20
更新日時: 2021年1月28日(木) 19:04
文字数:3,477

◆男爵城 一階 中央通路


 サースはアンジェラを引き連れて男爵城内を進む。

 兵士たちと何度もすれ違うが彼らは無反応だ。


 サースは兵士の姿に変化しているにしても、アンジェラはただ兵士の服をまとっているだけだ。サイズも大きすぎてだぶだぶ。見るからに不自然なのに。


「こやつら、操られておるのではないかな。正気を失っているようだわい」

「印の銀血に縛られているのね、きっと」

「術で領民を縛るとは、自分の民を信じられないのか、それとも民が男爵を信じておらんせいか」


 通路の壁はいかにも金がかかっていそうな派手派手しい金色のモールで飾られている。

 趣味が悪い絵や彫刻もあちこちに並んでいた。


 見苦しい成金趣味にサースは眉根を寄せる。

 しかし、この辺境でどうしてこんな贅沢ができるのか。

 領民からは大して税金も搾り取れまい。

 北ウルスラ王国の宰相ダンベルクとなんらかのつながりがあるところまではつかんでいるのだが。


 城の奥から土の臭いがする。

 そちらに進んでいったサースは地下への階段を見つけた。大きな石造りの階段だ。

 

 兵士とは異なる強い気配が地下から伝わってくる。

 サースはアンジェラを後ろに、警戒しながら慎重に石段を下りていく。


 石段は湿っていてよく滑りそうだ。


「おじいちゃん、足元に気を付けてね」

「アンジェラも滑るなよ」

「うん」

 

 サース五世は十一歳の少年である。

 おじいちゃん呼ばわりは彼的に心外なのだが、彼の中の記憶たちは喜んでいるから始末に負えない。


 聖騎士団を管轄する枢機卿の役目を果たすべく、あらゆる魔族と魔法に立ち向かうための生きた辞典となる。それが役割だとサースは自認している。

 だが父のサース四世、祖父のサース三世、曽祖父のサース二世、高祖父のサース一世。四人分の記憶は実にやかましい。

 静かな性格のサース五世よりもよほど表に出てきて、人格を乗っ取らんばかりの勢いだ。

 その癖、機密事項と称して記憶の一部しか五世に開示しないのだから頭にくる。


 まだ年若いサース五世に記憶を押し付けて早世した父、サース四世には特に腹が立つことしきりだった。

 息子の身体を使って好き勝手振る舞い、都合が悪くなると父親ぶって説教してくる。


 どうしてわざわざこんな辺境の男爵領まで一人で馬を飛ばして来なければならなかったのかもよく分からない。

 父の四世と祖父の三世は王を探すとかエイダを連れ帰るとか言っていたがなんのことやら。

 王は王都、エイダならヴァリア市だろうに。まあ、ヴァリア市に行くのを禁じてきたのはサース五世本人だが。


 聖騎士団が本部を置く北ウルスラ王国は、今年成人したばかりのウルス十八世を戴く。

 聖教団の実働組織である聖騎士団は聖教団の命によってのみ動くのであって、王権からは独立した存在である。

 だが王はサース四世とは馬が合うらしく交流は深かった。

 長らく権勢を誇って国を牛耳っている宰相のダンベルクが、二人にとって共通の面倒だからというのもあったのだろう。


 先王が病死して若い王に代替わりしたのをこれ幸いと、宰相は露骨に支配を強めようとしている。

 一方、これからは自分が国を動かすのだとウルス十八世王も意気盛んだ。

 二人は対立を日に日に深めていた。


 そしてエイダ。

 サース一世は伝説の魔王ヴァールに執着している。同時代人だったからそのあまりに美しい姿とやらに魅了されてしまったのかもしれない。

 二世と三世、四世も巻き込んで魔王伝説の調査を進めてきた。

 だが枢機卿の任をこなしながらではなかなか時間も取れず、古い魔王に興味を持つ騎士団員もろくにいない。

 そこに現れたのがエイダだ。

 はるばるアズマ群島から魔王伝説を調べにやってきたエイダはうってつけの人材だった。

 エイダは魔王の遺物分析でいくつかの新発見に成功して実力を示した後、直接調べるために単独で北辺の旧魔王城に旅だったのだった。


 エイダはその地で恐るべきことを成し遂げた。

 魔王の封印を解き、魔王城ダンジョンを復活させてしまったのだ。

 聖騎士団にとって最大最強最悪の敵をよみがえらせてしまったのである。


 エイダは責任を感じたのか現地で冒険者ギルドに加わり、ダンジョン攻略に尽力しているという。

 聖騎士団からは指揮官ハインツとこのアンジェラを派遣し、今では冒険者ギルドと協力して事にあたっているとの報告だった。


 その後、現地には大魔王とやらまでが現れて人類と魔族に宣戦布告したと騒ぎになったりもしたが、エイダの見つけた天才的な魔法使い少女ヴァールが活躍し、様々な問題を解決。

 ハインツとアンジェラはこのヴァールを勇者に推薦してきた。


 聖騎士団は魔族から人類を守るのが使命だが、もう一つの重要任務がある。勇者の探索だ。

 魔力と魔法を生まれながらに備える魔族は人類にとって大きな脅威。しかし人類の中にも稀に特別な力を持つ者が生まれる。

 聖騎士団ではそうした存在を魔族に対抗するため聖女神が遣わした勇者とみなし、各地で勇者の力がある者を探索していた。


 そうして発見され、勇者に認定されたのがルーンフォース二世を名乗ることになった少女、勇者ルンだった。

 卓越した力を持つルンはしかしたちまち聖騎士団の頭痛の種となった。

 聖騎士団の指示を無視し、管理を付けつけず、自由気ままに各地の魔族を根こそぎ消し去っていくのだ。

 魔族とて全てが敵ではなく、王国の民であったり、貿易相手でもある。それを区別なくルンは虐殺していく。


 ルンの抑止力となる新たな勇者を欲していた聖騎士団にとって、ヴァールは待望の存在だった。

 名前がかつての魔王と同じなのは聖騎士団的にすっきりしないが、そんなことを気にしている場合ではない。

 ヴァールの勇者認定作業を進めているところにこの話を聞きつけてきた勇者ルンが現れたあげく、自ら試すといってヴァールとの対決になり、危うく大陸の一部が消えかけたのは思い出したくない出来事だ。

 ともかくヴァールは勇者に認定され、魔王城ダンジョンの攻略を着々と進めてくれている。実に頼もしい勇者だ。


 サース一世から四世まではこのヴァールにのぼせ上って、王都に召喚したいとかヴァリア市に行きたいなどとやかましい。

 だがただでさえ魔王ヴァールに執着されてうっとうしいのに勇者ヴァールまで加わってはたまらない。

 いい加減にしろとの思いで腹を立てているサース五世としては断固として拒絶、ヴァリア市訪問を禁じてきたのだった。

 とにかく五世としては勇者ヴァールと会うのは絶対に嫌だ。


 サース五世が寝ている隙に一世らが身体を使い、この男爵領まで連れてこられたのは計算外だったが。

 ヴァリア市ではないから問題ないと主張している一世らをどうやって折檻すべきか五世は熟慮中である。


 それはさておき、ヴァリア市で勃発した新たな問題を調査せねばならない。

 宰相のお墨付きを得たとしてゴッドワルド男爵がヴァリア市の領有権を主張している件。対魔王の最前線であるかの地をあの下劣なゴッドワルド男爵に任せられるものか。

 もう一つ、ヴァリア市に鬼魔族が現れたというのも気になるところだ。

 この数百年、めっきり姿を見なくなって幻の魔族とも言われている古えの鬼魔族が複数確認されているという。


 特に巨大な鬼魔族が目撃されたとの報告を受けてからというものサース一世は動揺が激しい。機密だとして何も明かさないのが怪しい。いつか締めあげてやらねば。



◆男爵城 地下


 男爵城内に自分が至った経緯を振り返り終わったサース五世は、気を取り直して地下への階段を降りる。

 下に行くにつれて土と水の臭い、それに凶暴な気配が強まっていく。


 地下には幅広い水路があった。

 天井に設置された魔道具の灯りが弱弱しく水路を照らしている。


 水路にはノルトン川からの水が引き込まれているようだ。暗い水をたたえている。

 脇の通路をしばらく進む。

 落ちそうで怖いのか、アンジェラが恐る恐るついてくる。


 しばらく進むと水門があり、そこで水はせき止められていた。


 その先には暗いトンネルがある。

 岩を砕くような音と獣のような咆哮が響いてくる。


「水を流す穴を掘ってるのね。この先の畑に水を届けるのかしら」

 アンジェラが小声でささやくように言う。

 大きな声を出せばそこら中に響いてしまいそうだ。


「だったら水路を地上に作るのではないかい。よほど安く作れるだろうて」

「でも、そしたらこの水はどこに?」


 サースはトンネルの奥へと目をやる。

「この方角をまっすぐ進めばどこに着く」

「たぶんあっちは北だからヴァリア市じゃないかしら」


 アンジェラはあっという顔をする。

「ヴァリア市には男爵たちの地下通路が見つかってるじゃない。そこに川の水が流れ込んだら…… 早くハインツに報せないと!」

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