新魔王城最上階の大広間。
そこを牙剣が壁のように埋め尽くして、エイダへと突き進んでくる。
どれだけ体術を駆使しようとも、密集した牙剣に避ける隙間は無い。
エイダはただ長銃ヘクスカノーネを構えて立ち尽くしている。
押し寄せた牙剣の壁はエイダを一瞬で呑み込んだ。
大広間は牙剣に満ちみちた。
ルンは虚ろな目をして無感情につぶやく。
「異端者候補Eは消滅。異端者Rよりも低能力と評価。評価リストより削除」
「また遊び相手がいなくなった……」
ルンの声に感情が戻ってきた。だが沈んだ声だ。
「いいんだ、これからは僕が大魔王さ。星中に流星と銀血を雨あられと降らしてやろう。世界中が僕を止めに来るんだ。ふふふ、遊び放題さ。きっと最初はヴァールだな」
ルンは肩を落とす。
「戦ったら、ヴァールも消えちゃうのか……」
「そんなことは絶対にさせません!」
声が響き渡った。
光条が走り、無数の牙剣を切断していく。
龍の腕が光条に斬られて次々と床に落ちる。
光条に切り裂かれて牙剣の壁が崩れ、そこに立つ者の姿が露わになる。
エイダがヘクスカノーネを構えてそこにいる。
光条はヘクスカノーネから発されたものだった。銃口から放熱の蒸気が上がる。
ルンは急いで龍の腕を生体甲冑に戻す。
「その光で身を守ったのか! ただの光魔法じゃないね?」
エイダはヘクスカノーネを掲げる。
「ヘクスカノーネ、誘導放射光増幅照射モード。鬼魔族の血によってコヒーレント光を誘導励起し、龍魔族の血による媒質で光を増幅して照射します。バオウさんとジュラさんに協力してもらって作ったモードです!」
「へええ、それが君の本気かい」
「あなたへの物理攻撃は、物理法則の操作能力で回避されてしまいます。でも物質じゃない光を避けられますか?」
ルンは心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「できないと思うのかい」
エイダは光条を発射して返答した。
ルンの前で光条が曲がり、あさっての方向に走る。
「重力レンズ! でも分かってました」
エイダはヘクスカノーネを操作する。
束ねられているヘクスカノーネの銃身がばしゃりと音を立てて六方向に分かれる。
それぞれの銃口から光条が発される。
六条の光が狙うのは、壁や天井にめり込んだオリハルコニウム弾。
命中した光条は角度を変えながら反射されて光の壁を成す。
六つの光の壁が生じて、ルンを取り囲むように縮小していく。
ルンを囲んで守っている龍の腕が焼かれて消失する。
ルンは周囲の空間を歪ませて重力レンズを作りだし、光の壁を曲げようとする。しかし全方位から迫りくる光の壁に対処しきれない。
遂に光の壁がルンを焼こうとした時だった。
光の壁が逆に拡大し始める。
光自体が逆走してヘクスカノーネに戻る。
焼かれて消失したはずの龍の腕が元の姿を回復する。
全てが逆転していく。
時間が戻っているのだ。
ただし心を除いて。
エイダは物理現象が逆転する様を目の当たりにして、ごくりと唾を飲む。
「これが時間を操作する力! よく見せてもらいました。知っていてもびっくりです……!」
時の逆転が終わった。
ヘクスカノーネは光条を発射しておらず、光の壁は無く、ルンは健在。
ルンは大きく息を吸った。
「いいねえ、君は本当に凄い、気に入ったよ。だから僕も本気を出してあげる」
ルンの身体が急速に成長していく。十三歳ぐらいに見えた身体から十八歳ほどの完璧なプロポーションへ。
白銀の髪は伸びて踊り、生体甲冑は身体に吸い込まれるように消えて、代わりに金色に輝く鎧が身体を覆う。
ルンは神々しいまでに美しい姿となった。
圧倒的な覇気と神気が空間に満ちる。
エイダの肌がちりちりと帯電したかのように痺れる。
「例え神様が相手でも!」
エイダは改めてヘクスカノーネの引き金を引く。光条がオリハルコニウム弾へと走る。
ルンが手を銃の形にして、
「ばん! ばん! ばん! ばん! ばん! ばん!」
全てのオリハルコニウム弾が爆散した。光条は散ってしまう。
「空気を物理操作で弾にしたんですね」
エイダの額を冷や汗が伝う。
この大広間には空気が満ちている。無限に弾があるも同然だ。
ルンが手をエイダに向けた。
「ばん!」
エイダはとっさにヘクスカノーネで身を守る。空気弾が銃身に当たり、銃身はへし折れた。もうヘクスカノーネは使えない。エイダは放り捨てる。
「ばん! ばん! ばん!」
空気弾がエイダの腹部に直撃。エイダは身体をくの字に折って苦悶する。
倒れそうなところをなんとか気力で支えて立つ。
口から赤い血を吐いた。
「さあ次はどんな芸を見せてくれるのかな?」
ルンは一歩一歩とエイダに近寄ってくる。
エイダは拳を握り締める。
「クグツの力も、ヘクスカノーネも壊れてしまいました。もうちょっと持つと思ったんですが計算違いでした。だから…… 後はあたしの全力で勝負します!」
エイダは拳に力を込めてルンに殴りかかる。
黄金の鎧に当たった拳はぺたりと音を立てた。
ルンが顔をしかめる。
「え、今のって本当に殴ったの? さすったんじゃないの?」
エイダは必死にルンの鎧を連打する。
軽い音が響くだけだ。
エイダの拳からは血が滴っている。
「なんだ、もうネタ切れかあ」
ルンが指先でエイダの拳をちょんと突いた。
エイダはもんどりうって壁に叩きつけられる。
「まだ…… まだ!」
エイダはふらつく足で立ち上がる。
「もういいよ。ばばばばばばばばばばん!」
空気の連弾がエイダの身体を打つ、打つ、打つ、打つ、エイダの身体はずたぼろになりなあらも踊る、さらに連弾が打つ、打つ、打つ、打つ、打つ、打つ、右へ、左へ、踊り続ける、打つ、打つ、打つ、打つ、打つ、打つ、打つ。
攻撃が終わった。
エイダは血に塗れ、要所を守る紫水晶もひび割れている。
骨は折れ、内臓は破裂しているだろう。
それでもエイダは立っていた。
その目はルンをにらんでいる。
「はい、おしまい」
ルンは両手を払う。
エイダの目はもう動いていなかった。
開いているだけだ。
何も見えてはいない。
もはや意識は沈み、闇の中にある。
それでもエイダは拳を動かそうとする。
まだだ。早すぎる。まだ倒れるわけにはいかないのだ。
力が欲しい。
力があればヴァール様を守れる。
……そうだったろうか。
力のせいで皆を不幸にしたのではなかったか。
思い出せない昔、ヴァール様を裏切ったのではなかったか。
アウランを殺し、バオウを、サスケを斬り。
なによりもヴァール様を封印したのは誰だ。
思い出せない記憶が責める。それはエリカだと。
エリカとは誰だ。それは自分?
力が求められるときにはあえて自分を傷つけてきた。
力を取り戻さないように。
ただヴァール様のことだけを見ていたい。
戻りたくない。
思い出したくない。
だけど。
ヴァール様を守ることができるのなら。
ヴァール様が元気でいてくれるのなら。
ヴァール様さえ失ったものを取り戻せるのなら。
自分を捨てよう。力を掴もう。
手を伸ばす。
剣を掴む。
勇者の力を。
エイダの意識が闇から浮上する。
エイダの周囲に小さな魔法陣が生じる。
魔法陣は無数に増えていき、エイダを包み込んでいく。
一、十、百、千。
一万、十万、百万、千万。
一億、十億、百億、千億、一兆、十兆。
増え続けた魔法陣は三十七兆にも達した。
魔法陣が全身の細胞に融合していく。
エイダは魔法と肉体が合わさった存在となる。
エイダ本来の姿、勇者エリカに。
血に塗れていたエイダの身体から、凝固した黒い血がぱらぱらと剥離して落ちる。
その後には傷跡ひとつなかった。
「どうなってるんだ!?」
ルンが特大の空気弾を放つ。
エイダ、いや、エリカは片手を軽く振って空気弾を打ち消した。
「来なさい!」
エリカの叫びに呼応して床から剣が現れる。
四階に刺さっていたはずの聖剣ヘクスブリンガーだった。
かつてヴァールがエリカのために鍛えた剣だ。
エリカはヘクスブリンガーを掴み、構える。
「なあんだ、まだまだ芸があったんじゃない。よし、やろうよ!」
ルンの手に黄金の槍が現れる。
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