いよいよ七つの指輪コンプリートキャンペーンが開始となってから数日。
ヴァールは反響が知りたくて街に出た。エイダも一緒だ。
迷宮街の大通りは人出でいっぱいだ。
かつてはギルド会館と宿ぐらいしかなかったのが、今や飲食店に武器屋に防具屋、魔道具屋が数多く並び、奥からは鍛冶屋が作業する音も響いてくる。
道行く冒険者たちの手指にはキャンペーンの指輪をはめている者も多い。
地下五階で早速入手してきたのだろう。
「キャンペーンは上手くいっておるようじゃな」
「ですね!」
ヴァールとエイダは大通りを進む。
今や宿だけでなく家もあちこちに建てられて住宅街が生まれていた。
かつては荒くれた冒険者ばかりだったのに、家族連れも引っ越してきて子どもたちが走り回っている。
そうした様子をヴァールは嬉しそうに眺める。
エイダは新しく建てられている大きな施設を示して、
「聖教団が学校を建てるんだそうです」
アンジェラが施設の建築を指揮して、聖騎士たちが働いている。
ハインツの姿はない。
「そういえばハインツさんは王都に召還されたんだそうですよ。やっぱり勇者推薦の件でしょうか」
「ううむ、断られてきてくれないものかや」
ヴァールはかわいらしい小さな唇をへの字にする。
「もし推薦が認められたら…… 勇者四天王の話はどうするんですか」
エイダは言いづらそうに尋ねた。
「勇者四天王など困るだけなのじゃが。そうじゃな、ハインツ、アンジェラ、それにヴォルフラム、グリエラというところかや」
「ええっ! 本当にパーティを組むんですか!?」
「いや、もし決めねばならないとしたらの話じゃ」
しばらくエイダは無言だったが、
「魔王国の四天王は任命しないんですか」
ヴァールは何気ない様子で、
「うむ、イスカ、クスミ、ズメイ…… 一人足りぬな……」
エイダの足が止まる。
ヴァールは歩き続ける。
「いい匂いがするのじゃ。あそこで昼ご飯に…… エイダ?」
振り返ったヴァールは周りにエイダがいなくてキョトンとした。
「エイダ、どうしたのじゃ?」
ヴァールは仕方なく一人でギルド会館まで帰ってきた。
昼時とあって一階の酒場は大勢の客で繁盛している。
脂の匂い、香辛料の香り、肉の焼ける音が食欲をくすぐる。
ヴァールは独りで席に座って、マッティに肉麺を注文した。
「エイダを見なかったかや?」
「ここでは見てないですねえ」
子ども用の小さな丼に入った肉麺がヴァールのテーブルにすぐ運ばれてくる。
練った小麦粉を細く切った麺をダシ汁に浸し、鳥肉を焼いて薄く切ったものが乗せてある料理だ。
東方エルフの伝統料理だそうで、彼らの食事道具である二本の箸を使ってヴァールも麺をすする。
ダシがよく効いており、散らしてあるハーブも香り高くて美味しいのだが、いきなりいなくなったエイダが気にかかって喉を通らない。
「ヴァール様」
後ろから声がかかって振り向くと、エイダの姿があった。
「エイダ、どこに行っていたのじゃ!」
エイダはぺこりと頭を下げて、
「ごめんなさい、探していた売り物があって」
エイダの手には魔道具用の宝石が握られている。
「見つかったのならいいのじゃ」
エイダはこの宝石がどう役に立つのかを語り始めた。その話しぶりが妙に明るく感じられてヴァールの心に引っかかる。
「四天王のことじゃが」
「あ、みんな指輪をつけてますよ」
エイダが唐突に話を変える。
確かに酒場で食事している者の多くが手指に指輪をつけている。二つ、三つ付けている者も多い。
四つつけたクスミが他の冒険者たちに見せびらかしている。
どうやってそんなに集めたのかを聞かれて、ドッペルをたくさんやっつけたのだと自慢げだ。
「キャンペーンは成功ですね!」
「そうじゃな」
エイダの席にも肉麺が運ばれてきた。
勢いよくすすり始めるエイダの目が沈んで見える。
食事を終えた後、エイダはギルドの受付業務をやると言って二階に上がっていった。
残されたヴァールは地下五階を見に行くことにする。
エイダを誘うことも考えはしたが、エイダそっくりのドッペルが出てくるのを見たくはない。
ギルド会館を出て祠に向かい、そこから地下三階への近道を降りる。
地下三階の地下街も冒険者たちで繁盛していた。
屋台には客が並び、パーティが地下四階へと続々繰り出していく。
ヴァールは独りで地下四階への階段を降りる。
一緒に行きましょうかと声をかけてくる者もあったが断った。
難解だった謎を解かれた地下四階は、今や普通に通路を進めば地下五階へと進むことができるようになっている。
薄暗い通路をてくてく歩いていくと、地下四階の闇に巣くうヘルハウンド群の気配が近づいてくる。
そちらに向けて魔力の圧をかけると、恐れをなしたのか気配は遠ざかっていった。
「相手にもならないのじゃ。 ……む?」
つぶやいたヴァールは、別方向からの騒がしい気配を感知した。
どたどたと足音を立て、やかましい金属音を響かせながら近づいてくる者がある。
通路の角からその者は姿を現した。
「追いついた! 君、独りは危ないよ!」
そうヴァールに声をかけてきたのは、ヴァールより少し年上にしか見えない少女だった。
サイズが大きすぎるぶかぶかの金属製鎧を着込み、細い剣を背負っている。
長い黒髪をポニーテイルに束ね、くるくるとした大きな黒い瞳が強い意志を感じさせる。
人好きのする明るい顔立ちだ。
「指輪を集めに行くんでしょ。一緒に行こうよ!」
そう言ってくる彼女の手指には指輪がない。
「あ、僕はルン。ここにはまだ来たばかりさ。よろしく!」
ルンと名乗った少女は元気よく右手を突き出してくる。
「余はヴァールじゃが」
ヴァールが伸ばした手をルンは力強く掴んで上下に振る。
「ヴァールは魔法使いなの? 魔王と同じ名前なんだね、かっこいい! 僕の剣があれば百人力だよ。まだ剣士のレベルは1なんだけど、なに、これから伸びるってことさ。見てよこの剣、かっこいいでしょ」
ルンは一方的に話しかけてくる。
隙だらけで素人にしか見えない。
「さあ早く行こうよ。先に指輪を七つ集められちゃうよ。あ、お互い足を引っ張るのはなしだよ、助け合おう! 負けても文句は言いっこなし!」
ルンはずんずんと先を行き始める。
ヴァールは呆れかえっていたが、ついていってあげることにした。
助けてあげないと危なっかしすぎる。
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