魔王様のダンジョン運営ライフ

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新魔王城 四階 その七

公開日時: 2021年5月14日(金) 08:11
文字数:4,354

 新魔王城四階、舞踏の間。

 その中央には九頭龍のズメイ、そしてズメイの頭に乗った小さなヴァール。

 彼らを包囲するは、鬼王バオウ、龍姫ジュラ、そして鬼魔族に海龍たち。


 ズメイは防御結界を張っているが、バオウやジュラの攻撃はズメイの巨体を軽々と結界ごと吹っ飛ばす。防御結界は攻撃を受けて揺らぐ一方だ。

 先だってのヴァリア市での戦いでは、バオウの拳は一撃でズメイの身体を粉砕してしまった。


 そのズメイは本来の暴力性を開放し、九つの頭の十八の目を怒りで赤くぎらつかせていた。

「むかつくぜ! アウランの娘を操られてむかつく! アウランを侮辱されてむかつく! 銀色ナメクジのなめくさった態度にむかつく! なによりこんな野郎からいいようにされている俺にむかつく!」

 九つの口から怒りを吠える。


 鬼魔族が群れを成してズメイの防御結界を殴ってくる。防御結界は激しくゆがむ。

「しゃらくせえ!」

 ズメイは防御結界を消した。

 鋭い爪を持つ前枝で薙ぎ払う。

 鬼魔族の数人が腕を深々と切り裂かれて後退する。


 代わって鬼王バオウが前進してくる。他の鬼魔族よりも一回りは大きい身体から圧倒的な力が感じられる。

 バオウの拳がズメイの頭の一つを殴り飛ばす。

 弾かれた頭は顎と目から真っ赤な血を噴き出した。


 ズメイはその頭をゆっくり戻す。

 垂れ落ちた鮮血が床を融かす。

 その血は溶岩のように赤熱していた。

 見れば、ズメイの身体そのものが赤く熱く輝いている。


「いいねえ、その拳。活が入ったぜ」

 ズメイの血塗れな頭は顎を大きく開いた。

 灼熱の血が高圧で吐き出される。


 バオウは両腕を交差させてズメイの血から頭部をガード。

 両腕は煮えたぎる血を受けて煙を上げる。

 だが両腕にまとわりついていた銀血が鎧となって、バオウ自体のダメージは少ない。

 ズメイは前肢の爪で切り付けた。銀血を切り裂き、バオウの腕に傷が走る。


 さらにズメイは他の頭からも一斉攻撃を浴びせようとして、そこに鬼魔族や海龍の攻撃が殺到。

「ちいっ!」

 攻撃先を切り替えて迎撃する。

 熱血の攻撃が周囲を薙ぎ払い、鬼魔族を後退させる。

 だが海龍たちの衝撃波はズメイの龍体を直撃した。


 ズメイが倒れかけて、頭に乗っているヴァールは振り落とされそうになり、龍の角の先を懸命に握る。

「ズメイよ、頭を使うのじゃ!」

「おうよ!」

 ズメイは九つの頭で鬼魔族や海龍にかみつき、投げ飛ばす。

 頭の角につかまっているヴァールはぐるぐる振り回されて吹き飛びそうになる。


「そっちの頭ではないのじゃ~!」

 ヴァールは叫ぶが、

「こっちか!」

 九つの頭が縦横無尽に動きながら四方八方に熱血を高圧放射。舞踏の間を飾るかのように熱線が乱舞して、壁や床、窓に溝を刻み、鬼や龍の身体を焼く。

 ズメイの攻撃をかいくぐって、海龍の衝撃波や鬼の打撃が襲い来る。

 ズメイの龍体も傷つき、灼熱の血を流す。

 舞踏の間では鬼が叫び、龍が吠え、ズメイが咆哮する。阿鼻叫喚の有様だ。


「うう、ズメイに伝わらないのじゃ!」

 ズメイはいつもの高い知性を忘れ去っているようだ。


 ヴァールは目を回しながら考える。

 実体がない召喚魔物の海龍たちはさておき、バオウやジュラに鬼魔族たちと殺し合いに来たのではない。彼女たちをなんとか解放するのだ。

 ネクロウスの操術が彼女たちを縛っている。体内の銀血が彼女たちの魂に憑依し続けている。ならば。


「ズメイよ! 海龍は! 暗い水の中で! 光の代わりに! 音を使うのじゃろ!?」

「ああ?」

 乱闘の中でもヴァールの言葉はズメイに一応届いたようだ。


「汝もできるかや!」

「ちょろいもんだぜ」


 鬼たちがズメイに体当たりを仕掛けてきて、ズメイは倒れそうになるも長い尾でバランスを取る。さらにその尾を振り上げて鬼たちに叩きつける。


 龍姫ジュラがとりわけ強力な衝撃波を鬼たちごとズメイに叩きつける。

 鬼はなぎ倒され、ズメイの骨格がきしむ。


「ズメイよ、音で見るのじゃ」

「ここは水の中じゃねえぞ」

「いいから、やるのじゃあああ!」

 ヴァールが絶叫する。


 ズメイは熱血による攻撃を止めて、超音波を九つの顎から放つ。超音波は角度を変えながら放たれて、空間を走査していく。竜姫ジュラや鬼たちの身体も透過して走査する。


「身体の中の銀血が見えるかや?」

「おう……? あの塊のことか!?」

 ズメイの超音波が、ジュラや鬼たちの身体の中にある異物を捉える。

 不定形の塊が心臓のあたりを蠢いている。


「余が行く。そのまま捉えておくのじゃ!」

 ヴァールは魔装キルギリアのマントを広げた。

 ズメイの頭から飛翔、鬼をかいくぐり、衝撃波を辛くも避けて、鬼王バオウに迫る。

 

「またやるしかないのじゃああああ! 縮空変換《マイクロ・トランスフォーム》」

 ヴァールの周囲に魔法陣が展開。

 ただでさえ小さいヴァールがさらに縮んでいく。

 目に見えないほど小さくなったヴァールはバオウの口の中に飛び込んだ。


 ヴァールはさらに縮んで細胞サイズよりも小さくなり、口中の粘膜から血管に侵入する。

 血管の中を流れに乗ってヴァールは進む。

 ヴァールよりも大きな細胞の群れが血流中を接近してきた。細胞は触手を伸ばしてヴァールを捉えようとしてくる。

 免疫細胞が異物を察知して処理しようとしているのだ。

 体組織内を通り抜けるために、今のヴァールは体に密着した最低限の防御結界しか張っていない。


「キルギリア、速度を上げよ!」

「かしこまったのである」

 魔装キルギリアのマントが鰭のようにうねってヴァールを推進させる。

 

 無数に現れる免疫細胞をかいくぐりながら血管内を進む。

 その血管が急に狭くなった。

 筋肉が収縮して、血管を締め上げているようだ。

 バオウの身体組織がヴァールを捕まえようとしている。


「ううう、止むを得んのじゃ」

 ヴァールは魔法陣を展開し、己の身体をより小さくする。

 細胞よりもはるかに小さくなったヴァールを、もはや免疫細胞や血管壁は阻めない。


 ヴァールは血管壁に入り込み、細胞内部の構造を通り抜けていく。金属的な部分と有機的な部分がまじりあっている。

 鬼魔族の細胞は無機質の金属と有機質のタンパク質が融合している。知識としては知っていたヴァールも目の当たりにすると感慨深い。

 かつて世界を跋扈した魔神たちは金属の身体を持っていたという。その直系子孫が鬼魔族だという伝説は真実なのかもしれない。

 

 ヴァールは進み続け、ズメイの発する超音波を頼りに静脈をたどって心臓周辺に至り、そこから血管壁を抜ける。目的の場所に到着だ。


 バオウの心臓は銀血に覆われていた。

 銀血は生き物のように脈打っている。いや、文字どおりに生き物なのだ。

 極小のヴァールからは、銀球が無数に集まって蠢いているように見える。一つ一つの銀球が生きている。


 銀球の群れが揺らめき、ネクロウスの意識が体内を伝わってくる。

「愛しき君よ…… そのような御姿でよもやこんなところにまで……」

「いい加減にせぬか、ネクロウス。皆を解放せよ」

 

 銀球は嗤うように震えた。

「人類を滅ぼし、魔族を支配し、愛しき君の敵をこの世から消し去るまでは止まれません」

「分からぬのか、今、余の敵は汝なのじゃぞ!」


 銀球の群れはヴァールに迫ってくる。

「ああ、ああ、あの時、御止めしなかったばかりに、愛しき君の国は滅び、御身は封印されたのです。私は誓いました。御意志に反しようとも断固として愛しき君に関わろうとする者を排除し尽くすと。最後には必ずや分かっていただけますから」


 ヴァールはバオウの体組織内を飛ぶように移動していくが、銀球も速い。どこまでも追いかけてくる。

 遂にヴァールは銀球に囲まれた。

 銀球はヴァールと同じぐらいの大きさだ。無数に集まって、ヴァールを包み込んでいく。


 ヴァールは慨嘆する。

「……ネクロウスよ。汝をそのように歪めてしまったのは余の罪じゃ。余は国を滅ぼし、汝らを守れず、三百年を無為に過ごした。余は汝らの夢を、信頼を裏切った…… 余もまた断固としてその責を担わねばならぬ。汝を滅ぼしてでも」


 ヴァールを包む銀球の群れは壁を成して丸い牢となる。

「そのように小さなお姿で、魔力も失われて、御一人で何ができるとおっしゃるのです。ここでゆっくりとお休みください」


 ヴァールの目が怒りに燃え上がった。

「余は何が嫌いって、閉じ込められるのが嫌いなのじゃ! それと言うておく。余は一人ではない」


 ヴァールは叫ぶ。

「バオウ! 鬼王、目覚めよ!」


 ネクロウスはせせら笑う。

「私の操術は完璧、無駄なことです」


 ヴァールは魂の叫びを上げる。

「バオウ! 友よ! 余は帰ってきたぞよ! 汝も帰ってくるのじゃ!」


 バオウの心臓が強く鼓動する。

 体内が揺れる。

 咆哮が轟く。


「ヴァールちゃん? ヴァールちゃん!」

 バオウの声が体内に響き渡る。


「バオウ!」

 歓喜するヴァール。


「そんな、ありえません!」

 驚愕するネクロウス。


「汝の操術は銀球の死を利用した憑依術。ならば蘇生魔法で死を阻止するまでのことじゃ」

「そのように小さくなった御身体で、この身体に蘇生魔法をかけることなど不可能です!」


 ヴァールは呆れたように言った。

「余を誰と思うておる。魔王じゃ。魔法の頂点に立つからこそ、そう呼ばれておるのじゃ。普段の余は魔力が強すぎて回復系の魔法を制御しきれぬ。じゃが、ここならば遠慮はいらぬのじゃ」


 今のヴァールに比して超巨大な魔法陣が発動していた。蘇生の魔法陣だ。

 ありえない大きさにネクロウスは認識できなかった。


「ヴァールちゃん、体の中にいるの!?」

 バオウの声が響く。


「うむ、傷口から余を絞り出すのじゃ!」

「そんなことしたらヴァールちゃんが」


 ヴァールは優しく告げる。

「大丈夫、余を信じよ」

「うん、ヴァールちゃんを信じる!」


 バオウの筋肉組織が収縮する。

 ヴァールのいるあたりがうねり、銀球ごと運ばれていく。


「止めなさい! バオウ、止めるのです!」

 ネクロウスの叫びは、しかし誰にも届かない。


 バオウの腕に開いた傷口から銀血が噴き出した。

 その流れと共に極小のヴァールも排出される。


 ヴァールはマントをはためかせて宙に浮かぶ。

「バオウよ、そのまま銀血を絞りきるのじゃ!」

「わかった!」

 その巨体とは不釣り合いにかわいらしい声でバオウは応える。

 バオウの体内に入っていた銀血が傷口から残らず絞り出される。


「なんの、もう一度入り込めばいいだけ」

「そうはさせるかよ!」

 ズメイが吠える。


 ズメイの龍体は赤色から青色に変化していた。焔から酸に属性を移したのだ。

 九つの顎が大きく開かれる。熱くたぎる濃硫酸を吐き出す。バオウから絞り出された銀血は濃硫酸を浴びせられ、混ざり合い、濁った色に変わって動かなくなる。


「しかししかし! 私はまだまだいくらでも存在するのです!」

 他の鬼たちやジュラの体内、そして肌を覆う銀血からネクロウスの叫び声。


「ジュラ! ズメイを食い殺しなさい!」

 ネクロウスはジュラに命じる。

 龍体のジュラはズメイに襲いかかった。



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