◆魔王城地下 大広間
「やっと終わったのじゃ!」
玉座に着いた魔王ヴァールは細い両腕を上げて伸びをする。
「お疲れ様でした!」
テーブル前に立っているエイダもほっとした顔だ。
大広間のテーブルにはイスカ、クスミ、ズメイが並び、虎猫のキトはテーブルの中央で丸くなっている。
「ではダンジョン運営会議を始めます!」
エイダの司会でいつもの会議が始まった。
テーブルの上に各種のグラフ映像が浮かび上がる。
「七つの指輪コンプリートキャンペーンは大成功です! 追加のキャンペーン、ギルドマスターと君が握手によって最終的に日毎活動冒険者数《DAA》が二百十パーセントまで上昇しました」
「それでそれでどうなのじゃ!」
魔王は身を乗り出してわくわくしている。
「はい、魔王城の魔力備蓄量は大黒字、魔王様の身長にして約五十ミルに相当する量です!」
「やった、やったのじゃ!」
魔王は小さな拳をぐっと握りしめる。
そこに小さな声が響いた。
「まずダンジョンの修復に魔力を使うヨ」
イスカが着ている巫女服のたもとから、ぴょこんと小さな者が飛び出てテーブルに降り立つ。
身長わずか百数十ミルほど、手乗りサイズの人型をしたそれは小さなビルダだった。
「ルンが暴れたせいでダンジョン全体の構造が壊れかけてるからネ。このままだと崩壊しちゃうヨ」
「ぐぬぬ…… やむを得ないのじゃ……」
魔王は肩を落とす。
「地下六階の増設にも魔力をたくさん使ったしネ。今度の仕組みには魔力を使い続けるシ。それとアタシの体をまた作って欲しいんだケド」
イスカが残念そうな顔をして、
「あなたの体を作るとき、とっておきのレア素材を使いつくしちゃいましたの。その小さな体を作るので今は精一杯ですわ」
「だったらがんばって稼いでやるゾ!」
「そこでじゃ」
魔王が話し始める。
「我が街もずいぶんと大きくなって、もはや都市といっていいほどに育ってきたのじゃ。エイダ、民のデータじゃ」
「はい、当初は冒険者が八割、宿で働く者が一割、商人が一割でした。今は冒険者が四割、宿で働く者が三割、商人が三割です」
「冒険者が減ったのです?」
クスミの質問にエイダが答える。
「冒険者の人数自体は当初の百倍以上に増加していますが、それ以上に商業関係者が増えました。これはダンジョンから得られるアイテムによって商業が盛んになったこともありますが、観光客が大きく増えてきたことが最大の要因です」
「そこなのじゃ! 魔王城の迷宮や大魔王伝説の物珍しさに観光客がはるばるこの北辺まで来るようになっておる。よって余はここに観光都市を築かんと決意したのじゃ」
「だから地下六階は魔物無しにしてあんな温泉施設を作ったのナ」
「うむ。観光と言えば温泉、温泉といえば迷宮といわれるようにするのじゃ! さらに誰でも安全に迷宮体験できる小迷宮も増設しようぞ。ズメイ、設計は進んでおるかや」
「魔法設計を着々と進めております。小型で攻撃力がない魔物がこけおどししてくるのを、近づくだけで倒せるように調整いたしました。迷宮は一本道で迷うことはなく、脱出用の転移魔法陣《テレポーター》も各所に設置されていますので子どもであろうと安心でございます」
「良いではないかや」
クスミが提案する。
「各階で朱印を押せるようにして、全ての朱印をそろえた者には記念品を与えるようにすればみんながんばると思うのです」
「うむ、いいぞよ、採用じゃ! ズメイ、やってくれるかや」
「ははっ。記念品についてはイスカ殿にご検討いただきたく」
「わかりましたですわ。何度も楽しめるように、いろんな種類を考えますわ」
魔王は身を乗り出した。
「ルンのような件もあったことじゃ。街の守りを固め、育てていくために、皆の役割を決めて四天王に任命しようと思うのじゃ」
エイダがびくりとする。
「イスカよ、汝にはギルド銀行の長として南の新商業地区を任せるのじゃ。朱雀の四天王に任じる」
「お任せですわ」
「ズメイよ、汝には東の新たな小迷宮を任せるのじゃ。青龍の四天王に任じる」
「ははっ」
「クスミよ、汝には西に警ら署を築いてその長になって欲しいのじゃ。街も大きくなって治安が乱れてきておるからのう。白虎の四天王に任じる」
エイダが不安げな表情を浮かべる。
「ビルダよ、汝には迷宮の管理はもちろんのこと、壊れた大魔王像の代わりとなる象徴を築いて欲しいのじゃ。それを新たな体に使うがよい。玄武の四天王に任じる。これで四天王の任命は以上じゃ」
名前を呼ばれなかったエイダは顔を伏せて泣きそうな表情をしている。
「そしてエイダにはここにいて欲しいのじゃ」
エイダが顔を上げると魔王は自分の隣を指していた。大きい玉座だ、二人で座っても広さは余りある。
戸惑うエイダに魔王は優しく声をかける。
「来ておくれ、エイダ」
エイダは戸惑いつつも魔王の隣に座る。
魔王は間近でエイダを見つめて言う。
「エイダが来てくれたから余は戻ってこれた。エイダがいてくれたから始められたのじゃ。ここまで来れたのもエイダの支えがあってこそじゃ」
エイダは身を震わせる。
「これからも余と共に歩んでおくれ。余は汝と共に生きたいのじゃ。何と言ったか…… そう、汝こそは余の伴侶であってほしいのじゃ」
魔王は黒いローブのたもとからビロウドに覆われた小箱を取り出した。
小箱を開けると銀色の指輪が二つ並んでいる。
「エイダは指輪を欲しがっておったじゃろ。イスカに教えてもらって、夜更かしして作ったのじゃ」
魔王は恥ずかしそうに指輪を一つ取り出し、
「あまりうまく作れなんで気に入ってはもらえぬかもしれぬのじゃが……」
エイダの手をそっと取って、その左手薬指におそるおそる指輪をはめる。
「アズマではこの指にはめるものと聞いておったのじゃが、よかった、ぴったりじゃ」
魔王は上目遣いにエイダを見る。
「どうじゃろ、今一つじゃろうか…… どうして泣くのじゃ、嫌じゃったか!?」
エイダは顔をくしゃくしゃにして大粒の涙をこぼしていた。
「あたし、生きてきて、よかったです」
エイダは小箱からもう一つの指輪を摘まんで、魔王の小さな手を取った。その左手薬指にそっと指輪をはめる。
「おそろいですね」
エイダは泣きながら笑う。
二人は手を合わせる。
「どうしたのじゃろ、悲しくないのに涙が出てくるのじゃ」
魔王の頬にも涙が伝う。
二人の姿を四天王たちは静かに暖かく見守る。
どれほどの時が過ぎたのだろう。
魔王はエイダの手を取って立ち上がった。
「いざ時は来たのじゃ。滅びし都、ヴァリアをここに蘇らせるぞよ。アズマの伝説にあるところの四天王は東西南北の守りじゃ。四天王の皆にはヴァリアの守りを頼むのじゃ」
「はあい」
「はい」
「ははっ」
「はいヨ」
魔王は杖を高く掲げる。それをエイダも支える。魔王の手を上から握りしめる。
「そして我らの王国を再建するのじゃ! ヴァール魔王国を取り戻す! エイダ、始めるぞよ!」
「はい! 魔王様!」
二人の手にはおそろいの指輪が煌めていた。
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