一行は地下三階に着いた。
以前は地下二階の穴から落ちないとたどり着けなかった地下三階だが、今は階段が整備されている。
地下三階には屋台を連ねた通りができていた。
屋台では食べ物や飲み物、薬、武器や防具に魔道具、玩具の類まで売っている。
通りを進んでいくと、奥の左手には鳥居が立っていた。その先には小さな社が建てられており、エルフの巫女たちが冒険者たちの治療に勤しんでいる。
鳥居には魔王神社と書かれた額が掲げられていた。
巫女イスカが魔王を見つけて駆け寄ってくる。
「ヴァール様、ようこそお出《い》でに~!」
「この町にも神社を建てるという念願がかなったようじゃな。しかし…… この神社の名前は大丈夫なのかや」
「それなんです~ 向かいが文句を付けてくるんですよ~」
神社の向かいには、白いテントが並んでいた。聖女神の紋章である二重丸が描かれている、聖教団のテントだ。
そちらはそちらで冒険者の怪我人が列を成している。
重装備の聖騎士たちが周囲を固めていた。
「先にここで治療を始めたのは私たちなのに、場所をどんどん奪ってくるんです~」
イスカの文句を聞きつけた聖騎士指揮官ハインツが鋭い視線を向けてくる。
「治療は聖教団の役目だ。異教は早く出ていかねば潰すぞ」
「あんた達は人間しか治療しないくせに~!」
「当然だ。人間以外は滅ぶべきなのだからな」
治療のため神社側に並んでいた魔族たちは色めき立つ。
「ふざけるな!」
「出ていけ!」
口々に叫び出した。
神社には様々な魔族が並んでいる。最初に集まってきたエルフの他に最近やってきた狼魔族の姿も目立つ。
狼魔族は獣耳と尻尾を持った姿をしている。彼らは姿を完全な狼から完全な人にまで変化《へんげ》できるが、魔族であることを示すために獣耳と尻尾を現しているようだ。
中でもひときわ見事な毛並みを持つ精悍な狼魔族の男が、魔族たちを扇動している。
「いずれ魔王様が人間を滅ぼし、魔族の世を作るのだ! そのために俺たちは戦う!」
「そうだ、ヴォルフラム! お前についていくぞ! 魔王様万歳!」
「魔王様万歳!」
狼魔族の男はヴォルフラムという名らしい。
狼魔族の中でもリーダー的な立場のようだ。
「この魔族たちは魔王を倒しに来ているのではないのかや?」
魔王の疑問にイスカが答える。
「迷宮は魔王様のお与えになった試練、潜り抜けた者には魔王様に拝謁する栄誉が得られて魔王城に迎え入れられると信じているのですわ~」
魔王は複雑な表情を浮かべる。
エイダも予想外の事態に困惑していた。
魔王を慕う魔族がダンジョン攻略に来るとは思っていなかったのだ。
この対立はどうすれば抑えられるのだろう。
「聖教団は帰れ!」
「邪教は滅びよ!」
神社側と寺院側の言い合いは激しくなる一方で、このままでは乱闘が始まりそうだ。
寺院側からは仕方なくといった体で神官アンジェラが出てきた。
「あなたは警護の仕事ひとつもできないのかしら」
アンジェラは嫌味たっぷりにハインツを責める。
「俺たちは敵を倒すのが仕事なのだ!」
ハインツは苛立たしそうに答える。
寺院側からはアンジェラとハインツ、神社側からは魔王とイスカが前に出て、両者は向かい合った。
ズメイは後ろから面白そうに眺めている。
エイダも後ろで成り行きにはらはらとしている。
魔王城に来て以来、エイダは魔王を始めに魔族たちと暮らしてきた。
人間の冒険者たちともギルドの受付として親しくしてきたし、聖教団の信者というほどではないが生まれ育った王都では身近な存在だった。
古代魔法研究の資金は聖教団のサース枢機卿が出してくれていてお世話にもなっている。さすがに魔王の封印を解いたなどという報告はしていないが。
だからエイダは魔族と人間に争ってほしくなかった。自分がダンジョンを提案して大元の火種をまいたからには無責任には見ていられない。
それになにより、魔王が仲良くあることを求めているのだ。
魔王は穏やかな声で寺院側に呼びかける。
「先日は共に龍を倒したではないかや。これからも力を合わせてはくれまいか」
ハインツが反論する。
「ギルドマスターが魔族の肩を持つというのか」
「魔族と人間、力を合わせればこの町も発展するではないかや」
「滅ぼすべき魔族などと手を組めるか!」
ハインツは叫ぶ。
魔族の側、ヴォルフラムも尻尾を立てて、
「小娘が、卑怯な人間と力を合わせろだと!」
激昂するヴォルフラムに魔王がちらりと目をやる。
ヴォルフラムは急に勢いを失って尻尾をだらりと下げ、くうんと鳴いた。
「と、とにかく、人間と組めるわけがない」
目をそらしてつぶやくように言う。
アンジェラは嘲るように、
「これはこれはギルドマスター、私たちの目的は魔王を倒すことですわ。そのためになら力を合わせることはできましても、魔王を崇める者と手を組むことは無理ですわね」
「どうしてじゃ」
「言うまでもなく、魔王はこの世に存在を許されない邪悪ですわよ」
魔王は肩を落とした。
「そんなに魔王は悪いことをしたかや」
「なにを当たり前のことを。魔王はばらばらだった魔族をまとめて恐るべき魔の国を作り上げたのですわ」
「人間も国を作っているではないかや」
「人の国は聖女神に守護された正しい国なのですわ」
イスカがむっとして、
「聖女神の名の元に魔族を殺してきた人間こそ邪悪です~!」
「人間こそ邪悪だ!」
後ろからヴォルフラム達も叫ぶ。
アンジェラは顎を上げて、
「魔族を滅ぼすのは正しい行いですわ!」
「どちらが正しいか、決めればよろしいでしょう」
よく通るズメイの声に皆が注目する。
ズメイは堂々と話し出す。
「そもそもは冒険者のための治療所を地下三階に置くという話、ならば魔族と人間のいずれがダンジョンを攻略する者として正しいか。地下四階を先に突破できた方がすなわち正しいということになりましょう」
魔王はきょとんとして、
「正しい、じゃと?」
「さよう、魔族のための神社と人間のための寺院、正しい者のための治療所を残せばよいのです」
アンジェラは額にしわを寄せて、
「正しさは神によるもの、人が決めるものではないですわ」
「神が正しいのであれば、自ずと人は正しさに従うのではありませんか」
アンジェラは返答に窮する。
そこでハインツが、
「そいつは簡単でいい、俺が先に地下五階までたどりつけばいいのだろう。いざ勝負だ!」
イスカも、
「受けて立ちますわ~! 魔王神社が魔族の力を結集しますわ~!」
ヴォルフラムら魔族も興奮して、
「やってやるぜ!」
「一番乗りしてやる!」
人間と魔族、両者共にやる気満々な流れである。
冒険者たちが歓声を上げる中、アンジェラは渋い顔をする。
だがアンジェラもここで反論するのは勝負に向けて得策ではないと判断したのか、
「……わかりましたわ」
撮像具による地下五階の撮影を証拠とすることや、それを先にギルドに申請した方が勝ちになることが取り決められた。
そしていよいよ魔族と人間の地下四階攻略競争が開始されることになったのである。
「どうしても争わねばすまぬのかや……」
魔王は悲しい顔をしている。
エイダは歯がゆい思いだった。
かつて魔王は人間と和平を結ぼうとして封印されてしまったのだ。どれほど辛かったことだろう。
魔族と人間が共に暮らすことを求めている魔王の想いをまた裏切ることになってしまうのか。
自分にできることはないのだろうか。
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