魔王様のダンジョン運営ライフ

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新魔王城 五階 その三

公開日時: 2021年5月30日(日) 09:02
文字数:2,382

◆新魔王城 六階 エイダの部屋


 エイダはベッドでのたうち回っていた。

「ずるい! ずるい! ずるいいいい!」

 ばたりと起き上がり、また机上の投影映像を眺める。

 ヴァールを映した記録撮像だ。


 エイダはずっとヴァールを遠隔確認しながら各階の設備を制御して、ヴァールの上階攻略を邪魔してきた。


 二階では召喚トロールによる飽和攻撃を仕掛けた。でも裏の裏をかかれて突破された。


 三階では断腸の思いでヴァール様を結界に閉じ込めた。

 縮小の魔法によって結界から抜けられてはしまったけど、ルンとヴァール様を分断することには成功した。

 ネクロウスは吸血王ネクロウスに打倒ルンを期待していたようだが、勇者がそれぐらいで倒せる相手なら苦労しない。それはそれとして、キルギリアがヴァール様にまとわりついているのは許されざる行為だ。


 四階ではビルダとの約束で、ルンとビルダを対決させた。

 以前にルンと勝負して敗北したビルダは徹底的な作戦でルンに挑み、だが神の如きルンの力によってまた砕け散った。

 ビルダには悪いが、ルンの情報を新たに得ることができたのは大きな成果だ。


 さらに四階ではネクロウスが鬼王バオウと龍姫ジュラを引き連れてヴァール様に挑んだ。

 ネクロウスがヴァール様にかなう訳もないのでそこは心配していなかったけど、でっかいヴァール様には度肝を抜かれた。ああ、撮像具を持ってあの場に居れなかったのは辛すぎる。

 どう見てもラブシーンなジュラとズメイにはドギマギさせられた。おじいちゃんだとばかり思っていたズメイがあんな野性的だっただなんて。

 

 こんなに邪魔をしてきたのに、ヴァール様は着々と上がってきている。とてもまずい事態だ。

 かつてヴァールに友として近づきながら裏切った勇者エリカ、自分はその生まれ変わりだと言われている。もしかしたらいずれ自分も勇者となってヴァール様に敵対してしまうのかもしれない。それだけはなんとしても避けないと。


 魔王の天敵たる聖女神の勇者、ルンもまた極めて危険な存在だ。魔力を喰らい、魔法を受け付けない。いかなる方法なのか魔法なしに物理法則を書き換える。時間すらもその対象だ。

 魔族を滅ぼそうとする彼女はいずれヴァール様と激突する。

 いくらヴァール様が強くても魔力喰らいを相手にするのは相性が悪すぎる。 


 勇者ルンを迎え撃ち、そして勇者とは何なのかを調べる。

 ルンとエリカ、二人の勇者にまつわる問題を解き明かしてヴァール様を守る。それが至上命題だ。


 離れていても、ヴァール様のことを想うと胸が暖かくなる。

 四階の統御権をビルダに奪取されて四階の撮像が送られてこなくなったので、巨大化したヴァールのその後は分からない。


 気を取り直して、自室に並べた実験器具を操作し始める。

 不活性化した銀血。

 龍の血。

 鬼の血。

 そして自分の血。

 試験管に集めた試料類だ。

 ルンと対するための力を引き出さねばならない。


 机上にはクグツのパーツも並んでいる。

 エイダはもともとクグツ作りの一族出身だ。クグツの仕組みには長けている。

 スピードだけならビルダはルンに負けていなかった。

 クグツの能力も対ルンに必要だ。


 生体甲冑からこっそり奪った細胞もビーカーの中で蠢いている。

 ネクロウスは生体甲冑があれば勇者も倒せると豪語していた。

 犠牲になった龍や鬼たちには悪いが、活用させてもらう。


「貴様、やってくれたな。扉を開けただろう」

 後ろから突然声をかけられて、エイダはびくっとする。


「サスケさ…… サース枢機卿じゃないですか。どうしてその姿に」

 振り向いたエイダは態度の大きな少年を見つけた。

 仰々しい枢機卿の服装をまとい、コートを床に引きずっているのはサース五世枢機卿だ。

 変身能力を持つ彼の正体は、三百年前に魔王ヴァールに仕えていた四天王の一人、忍王サスケである。

 この六階ではサスケは本来の姿で過ごしていたはずだった。


「サスケの姿だと老人たちの人格に引きずられる。ヴァールに会いたがって厄介だ。ーーごまかすな、そんなことはどうでもいい。四階の魔力統御結晶が奪われたのは、貴様が遠隔制御で結晶室の扉を開けたからだろうが」

 サースは不機嫌そうに言う。


 エイダはぎこちなく笑う。

「ヴァール様が小さいままだなんて嫌じゃないですか、見えないままでいいとおっしゃるんですか」

「断じて良くな…… そういう問題ではない。魔力供給を絶たれてネクロウスは敗北したぞ」


 今度は心の底からの笑顔をエイダは浮かべる。

「ヴァール様に盾付くからですよ」

「ネクロウスは消息を絶った。逃走中にルンと遭遇して生体甲冑も奪われたようだ」


 エイダは息を呑む。

「対勇者の切り札だったのに」

「やむを得ない。こうなったら貴様が責任を取ってルンと戦え。どちらかでも倒れてくれればいい」

 サースは苦虫を噛み潰したような表情だ。


「あたしはただの研究者ですよ」

「勇者に目覚めろ」


 エイダは首を傾げる。

「あたしが勇者になったらまずいんじゃないんですか」

「もう遅いんだよ。貴様は勇者の力を見せ始めている」


 エイダは立ち上がった。

「あたしにもしも勇者の力があるとして、凄い剣の技もヴァール様のような魔力も使えないあたしの力は頭を使うことしかないと思うんです」


 試験管の一本を取ってエイダは振ってみせた。

「なんとか頭を使いますから、もうちょっと時間を稼いでもらえませんか」

「……いいだろう」


「あたしが勝って、でもおかしくなってヴァール様の敵になっちゃったら、あたしを倒してください」

「俺が生きていたらな」


 サースはため息をつき、踵を返して部屋を出ていこうとしたところで突然抜刀してエイダに斬りかかった。居合の技だ。


「だからもう、そういう冗談は止めてくださいよ」

 エイダは手で剣を払いのける。顔をしかめて、

「そんなゆっくりじゃ斬れる訳ないじゃないですか」

「……ふん」


 サースは今度こそ部屋を出ていく。

「頭を使うことしかない、だと。化け物め。俺は全力で斬ったのだぞ」



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