近衛騎士たちは町の周囲を円状に飛行しながら、地上を魔法爆撃している。
爆撃によって立ち昇る焔の壁はぐるりと町を囲み、町の中心へとじわじわ迫っている。
町の住民たちは焔から逃れようとして町の中心に追い込まれていく。
だが、そこには男爵城があり、宰相と彼の率いる王軍が待ち受けていた。
◆男爵城 城門前の庭
ダンベルク宰相とヴァールのにらみ合いは続いている。
「降伏しないのならば、この町の聖教団も全滅することになりますよ。それでもいいのですか」
ダンベルクは愉快そうに言う。
「降伏しようとも殺すつもりであろうが!」
ヴァールは怒りの言葉を叩きつける。
「無駄な苦しみ無しに死ねるではないですか」
そう言うダンベルクの声音にふざけた様子はない。
ヴァールはぞっとした。心の底からそう思っているのだ。しかも国を治める宰相たる者が。
「マントよ、来るのじゃ!」
離れた場所に潜んでいる虎猫キトは、ヴァールの荷物を袋に包んで背負っている。その袋から風のマントが飛び出してヴァールの元へと飛ぶ。
ヴァールは飛来したマントをまとって大地を蹴る。風を巻いて上空へと飛翔した。
数十人もの近衛騎士たちが町の上空を飛行周回している。
ヴァールはその一人に狙いを定める。
「颯《ゲイル》」
ヴァールが持つ魔王笏に魔法陣が生じ、そこから風の槍が放たれた。
一直線に近衛騎士へと向かい、狙い過たず直撃する。
だが、近衛騎士の翼がわずかに揺らぐ程度だ。
先に放ったときはきりもみさせていたのに。
「効かぬ?」
ヴァールは戸惑う。
そこにダンベルクも飛翔してきた。十六枚の翼を威嚇するように広げている。
「無駄なことです。一度受けた魔法は解析され、レジスト効果が発動されるのですよ。しかもすべての魔動甲冑に効果は共有される!」
何か弱点はないのかと、ヴァールは魔動甲冑に目をやる。
龍の翼と首、鬼の頭、金属製の全身装甲。
多数の魔力を感じる。龍魔族と鬼魔族の魔力だ。
ヴァールは気付き、激しく震えた。
クグツは生物を模して作られた魔道具だったが、これは違う。生物そのものだ。
龍と鬼の生体から作られているのだ。
ヴァールは激怒する。
「その甲冑を作るために龍と鬼を殺したのかや!」
「殺したとはとんでもない、十六頭の龍と五頭の鬼がこの魔動甲冑には息づいているのですよ」
ダンベルクはせせら笑う。
ヴァールは見渡す。
近衛騎士たちの魔動甲冑も同じように作られたに違いない。
であれば、百を超える龍と鬼が犠牲にされたのだ。
強大な龍魔族と鬼魔族を如何にして狩り集めたのか、ヴァールには見当がついた。
ネクロウスの操術だ。
以前に龍王国と東ウルスラ王国で勃発した戦争にも、ネクロウスが絡んでいたのかもしれない。
「ネクロウスよ…… どうしてじゃ……」
ダンベルクは下界を眺めて、聖教団の寺院を見つけた。
「わたくしに逆らう邪魔な寺院、先に焼いてしまいましょう」
ヴァールも上空から寺院に目をやる。
子どもたちがジリオラに引率されて寺院を出ようとしている。
ダンベルクはひとしきり高笑いしてから、
「喰らいなさい」
魔動甲冑の龍首から魔法攻撃を開始する。
ヴァールは飛翔し、寺院とダンベルクの間に割って入った。
灼熱の熱線をヴァールは結界で受け止める。
そこへさらに近衛騎士たちからの熱線攻撃。
寺院を守るためにヴァールは結界を拡大する。
全周からの熱線がヴァールに殺到し、球状の防御結界は赤熱した輝きに包まれる。
「どうです、動けないでしょう。しょせん勇者や魔王などは古代の産物、ただ一人が強かろうとも現代の組織戦術には対抗できないのですよ。力を合わせないから、ノルトンもヴァリアも滅び去るのです」
ダンベルクは勝ち誇る。
「皆、力を合わせて生きておる!」
ヴァールは叫ぶ。
空でヴァールが戦っていることに寺院の子どもたちが気付いた。
「ゆうしゃ!」
「ゆうしゃさま!」
「ゆうしゃ、がんばれ!」
子どもたちが力の限りに叫び始める。
ヴァールの胸が熱くなる。
つい先日までは縁もゆかりもなかった人間の子どもたちが声援してくれる。
守りたい。共にありたい。
そしてヴァールは思い返す。
どうして自分は意固地になって一人でやることにこだわったのだろう。
悔しかったから、怒りに任せて、一人で突っ走って。
自分だけの問題で済ませられることなどないのに。
そうか、だから三百年前も失敗を。
ヴァールは怒りを鎮める。
悔恨の気持ちも抑える。
ヴァールは宰相に目を向ける。
「余は知っておる、宰相の力はまがいものであると。汝らは力を合わせてなどおらぬ、ただ奪っておるだけじゃ」
ヴァールは遥かな仲間たちへと高らかに語りかける。
「余は信じる。共に手を携えてきた我が友らを。決して滅びることはない想いの力を」
「戯言を」
ダンベルクが嘲笑う。
だが彼の笑いを打ち消すかのように、下界から鬨の声が上がった。
男爵城の城門から、人々があふれんばかりに湧いてくる。
ヴァリアの冒険者たちだ。グリエラが大剣を掲げている。
イスカやクスミ、ズメイ、ビルダ、四天王たちがいる。
ヴォルフラムら狼魔族の警ら隊もいる。
ハインツら聖騎士たちにアンジェラもいる。
堂々とレイラインが歩んでくる。
「お待たせいたしました!」
「地下道の結界を破るのに少々手間取りましてございます」
「ヴァール様のお気持ち、私たち一同、確かに受け取らせていただきましたわ!」
「ヴァリアを守るのダ!」
皆の叫びがヴァールに届く。
「ありがとうなのじゃ! 今こそ力を合わせる時なのじゃ!」
ヴァールは皆に応える。
「我が愛のために参上!」
レイラインはヴァールにウインクしてから、双剣を抜き放って上空のダンベルクへと向ける。
「民を守らないダンベルクに、宰相の資格などない!」
「レイライン! 今度こそきっちり仕留めて、国をきれいに奪ってさしあげます!」
ダンベルクはレイラインへと怒鳴る。
ダンベルクの元に近衛騎士の一人が飛翔してきた。
「閣下、これを。まずい事態であります」
近衛騎士が魔法板をダンベルクに差し出す。
「なん…… ですと!」
ダンベルクは目を剥いた。
魔法板には「非道! 王国簒奪を狙う宰相が町で大虐殺」という題目の掲示板が作られている。町を焼く命令を下す様や、レイラインとの会話がそのまま撮像されて流れている。
掲示板はダンベルクを非難する書き込みやレイラインの無事を祝う書き込みでいっぱいだ。
「ええい、逆らう者は全て排除すればいいのです! さあ、地上の小虫どもを焼いておしまいなさい!」
ダンベルクは近衛騎士たちに命じる。
近衛騎士たちは魔法攻撃を地上の冒険者たちに照準する。
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