◆男爵城 敷地 工事現場
男爵城では大規模な改築工事が進められていた。
鬼魔族が城の石を外し、組み直し、運んできた石で増築していく。
彼ら鬼魔族は土の属性を持ち、こうした工事はお手の物だ。
人間の常識では考えられないほどの速度で工事は進む。
ゴッドワルド男爵は脇に将軍ボーボーノ、魔導師ネクロウスを従えて、城の敷地から工事の様を眺めていた。
男爵がエイダから奪った設計図を元に改築は行われている。
近くの丘陵地帯で王軍が派手に魔法戦闘しているようだ。夜だというのに空は明るく、城も昼間のように照らされている。
エイダによる城の設計図は、鋭い角のように尖塔が立ち並び、塀は龍の牙めいて、窓は魔物の一つ目を思わせるというもの。禍々しく威嚇的だ。
その設計どおりに形ができていくのを見て、男爵はご満悦だ。
戦場から爆発音や破壊音、怒号に悲鳴が響いてくるのも男爵は気にしていなかった。王軍のことはダンベルク宰相とその麾下が決めることだ。触らぬ神に祟りなし、余計なことを考えるものではない。
男爵は城を見上げる。
「ボーボーノよ、遂に俺はここまで来たぞ」
「よよよ…… 夢のようでげす。代々の領地を取り上げられて、お情けで北辺に封じられたときはもうおしまいかと……」
「お情けなどと言うな!」
男爵はボーボーノを扇ではたいて、
「しかし、これもネクロウスを拾ってやったおかげというものだ。仕事を与えられたことに感謝するがいいぞ、ネクロウス」
男爵の後ろに控えていた魔導師ネクロウスが、フードに隠された頭を下げてみせる。
「密輸に破壊に殺し、鬼とは実に便利なものでげしたな」
「馬鹿者、口に出すな! しかし、宰相から裏の仕事を言いつかるところまで来るとはまったくもって大成功、がはは」
ごてごてした服のふところから男爵は設計図を取り出して眺める。
「牢獄と工場も偉大な俺様に見合った形にしたいところだが、ううむ、この設計図にはないか」
「あの人質娘に設計させればいいでげしょう」
「よし、やらせろ。ぐふふ、罪人が見ただけで泣き叫ぶような恐怖の牢獄にするのだ」
男爵が妄想をたぎらせている工事現場に、騎馬が続々となだれ込んできた。
馬はけたたましくいななき、男爵の楽しい妄想を断ち切る。
「おい、ここに馬で入るのは禁止だぞ、静かにせ…… ?」
男爵は目を剥いた。
馬に乗っているのは王軍の錚々たる指揮官たち。今回の反乱鎮圧部隊を指揮する将軍ディスロもいる。
王軍の精鋭であることを示す紅の鎧は黒い血で汚れ、高級な仕立ての服も破れ焦げている。
将軍ディスロは馬上から荒い息で叫ぶ。
「急ぎ守りを固めろ!」
男爵は媚びた表情を浮かべて、
「何事ですかな」
「勇者にやられた、反乱者からの追撃があるかもしれん! 兵士を起こせ! 負傷者だらけだ、治療師もそろえろ!」
「あのちんちくりん勇者に!? 少々魔法を使えようが、クグツ部隊にはかなわんでしょうに」
ディスロは一息置いてから言った。
「クグツ部隊は全滅した」
「ぜ、ぜんめつ?」
男爵とボーボーノは何を言われているのか分からないという表情だ。
いつも静かな魔導師ネクロウスが小声でぶつくさ呟き始めた。
「遂に、遂に愛しき君が本気を、私はこの日のために、こんなアホウ共に付き合って、そうです、人間を殺戮するのです、ああ、魔王様」
ディスロは男爵城の工事に目をやって、
「む? この工事は何だ?」
「がはは、早速守りを固めているところでして」
男爵城は工事中で穴だらけ、防衛などできそうもない。
冷えきった目でディスロは男爵をにらんだが、ため息をついて、
「私が敗北した以上、宰相閣下が直々にいらっしゃるだろう。お出迎えの準備もしておけ」
「この城はだめだ、防衛線を町の前に築くぞ」
ディスロは部下を引き連れ、戦場へと戻っていく。
残された男爵たちはしばらくぽかんとした後に、大騒ぎし始めた。
「宰相閣下が!」
「いらっしゃるでげす!」
「こ、これは絶好の機会だぞボーボーノ! こうなったら、まとめてやってやるのだネクロウス!」
◆男爵城 牢獄
石造りの牢獄にエイダは閉じ込められていた。
扉は頑丈な鉄棒で作られていて窓はなく、逃げられそうにはない。
だが妙に広くて金のかかった作りだ。
壁にはドクロの絵が架かり、四隅には悪魔めいた彫像が並んでいる。
男爵の部屋も悪趣味だった。たぶんどこもかしこも同じようにごてごて飾り立てた結果、牢獄もこんなことになったのだろう。
つまり頭が悪いのだとエイダは結論する。
大型のベッドが二つ並んで、ひとつにはエイダが腰かけ、もうひとつには龍姫ジュラが横たわっている。
おとなしくしておけとの命令がジュラに下されるのは聞いた。
それにしても、あのやかましく元気なジュラが言われるがままにしているのは信じられない光景だった。
エイダが支配の指輪をうっかり付けてしまったとき、確かに身体の制御を奪われてしまった。鬼魔族の王が支配されている様も見てきてはいる。
だが人格を奪われる前後を見たのは初めてだった。
これでは魂を殺されたも同然だ。
エイダは身震いする。
魔族の中でも龍魔族は特に強大な魔力を誇る。
恐るべき龍をここまで支配する相手だ。もし自分が対象にされたら、悔しいが逆らえないだろう。
ただでさえ魔王様に迷惑をかけている状況なのに、支配されて魔王様に刃を向けるようなことにでもなったら。
エイダは震える我が身を抱きしめる。
今、自分が支配されていないのは単に尋問が終わっていないからだろう。
支配されると思考能力を失って機械的な対応しかできなくなるようだ。
横たわっているジュラの顔を覗き込む。
ジュラの見開いた目はどこを見ているとも知れない。
軽く突いてみるが無反応だ。
あんなに騒がしかったのに、見る影もないのが恐ろしい。
エイダは指先に小さな魔法陣を展開してみた。
魔法陣から魔力をジュラに投射して反応を見る。
今どきの魔法といえば魔法言語でプログラムした魔道具を使うものだが、ヴァール様と接しているうちにエイダは古代魔法が少しずつ使えるようになってきていた。
ジュラは魂を封印されているのかもとエイダは疑ってみる。
封印だったらエイダの専門研究分野だ。なにせ魔王様の封印を解除するためにさんざん調べてきた。国内随一の自信はある。
しかし魔力をジュラに投射してみても、封印に特有の魔力断絶反応は見られない。別方向から調べる必要がありそうだ。
エイダは調査方法を脳内リストアップする。
霊廟でジュラに銀色の液体が侵入するところを見たから血液採取。
魔力計を使って、呪いによる魔力干渉を測定。
でもその方法がない。
魔道具が取り上げられていなかったら、いろいろやりようがあるのに。
エイダは唯一残った魔道具である眼鏡に手をやる。眼鏡も魔道具だとは男爵たちにばれなかった。
いずれ売り物にするため、この眼鏡に写った光景はずっと撮像し続けている。
この眼鏡は研究用。撮像パラメータを調整すれば、魔力周波数解析も可能だ。上手くいけば体内の状況を知ることができる。
さらに古代魔法も合わせればより高度なこともできる。
エイダは眼鏡の前に極小の魔法陣を重ねて連ねて、魔力をフィルタリングしながら精密に拡大。
ジュラの体内で起きていることが見えてくる。
「え? これって? 生命体の反応じゃない? ……死んでる? でも生きてるよね?」
複数の足音が近づいてきた。
集中を破られたエイダは眉根を寄せ、魔法陣を消して自分のベッドに座り直す。
鉄格子の扉から覗いてきたのはボーボーノだった。
「仕事でげす。牢獄と工場を立て直すでげすよ」
ボーボーノは鉄格子の隙間から紙と筆記具を投げ入れてくる。
エイダは拾い上げてみて、大げさにため息をついてみせる。
「設計しろっていうんですか。これでは道具が全然足りないですし、だいたい今の建物とか現場を見ないと無理ですよ」
「そこをなんとかやってみるのが人質ってものでげす!」
「不可能です」
「きききぃ!」
ボーボーノは鉄格子の前でぐるぐる回る。
「出るでげす!」
いくら馬鹿そうなボーボーノでも、さすがに理屈を理解したようだった。
兵士に扉を開錠させて、エイダに出てくるように促す。
エイダはこれからの作戦を脳内で組み立てる。
ジュラを置いて一人逃げることはできない。
だったらどうする?
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