翌日、魔王は幾重もの布団で丸まってどうしても出てこなかったので、エイダは諦めて一人でギルド会館に出向いた。
魔族と人間の対立をなんとかするためにまずは状況確認だ。
ギルドの受付は人間の受付係に人間だけ、魔族の受付係には魔族だけが並んでいる。
二つの列は互いに口を聞こうともしない。
ダンジョンに冒険者が入るにはギルドに予定書を提出し、戻ってきたら報告書も出す決まりだ。
エイダはそれら書類に目を通してみたが、ほとんど何も情報が記載されておらず呆れてしまった。
受付係がエイダに言うには、競争しているのだから情報を外に漏らすわけにはいかないと皆が主張して、すかすかな内容でも受け付けざるを得ないそうだ。
ギルドを信用してもらえないのかとエイダはちょっぴり腹を立てる。
一階の酒場に行ってみると、攻略情報の貼り紙でいっぱいだった壁が今やすっからかんだった。
情報交換でにぎやかだった酒場も静かなものだ。
魔族と人間がはっきり分かれて座り、黙って食事をしていた。
今までも対立が全くないわけではなかったが、競争のせいで双方が強く対立を意識するようになっている。
エイダはまずい予感がしながら地下三階にやって来た。
今一つ賑やかさに欠ける屋台の通りを抜けると、左が神社、右が寺院の領域だ。
神社は赤い塀を、寺院は白い塀を並べて互いに互いを隠していた。
それぞれの門には槍を持った守衛が立っている。
エイダが神社に入ろうとすると、狼魔族の守衛が槍を掲げて制止してきた。
「魔族の赤い印を身に着けた者しか通すことはできない」
守衛が厳しい声で言う。
よく見ると守衛の魔族たちは赤いバッジを胸に付けている。白い格好の聖騎士に対抗していると見えた。
「あたしはギルドの運営、中立ですよ!」
「魔族の印がなければ誰も通すなとヴォルフラムから言われている」
押し問答しているところに、
「通してあげて」
エイダを見つけたイスカが話をつけてくれた。
「ごめんね~、謎解きの答えを漏らしたくないからって、みんな尖ってるの~ エイダはいつ来てもいいのよ~」
イスカはそう言ってくれるが、エイダはいつもより距離が遠く感じる。
周囲の魔族たちが監視の目をエイダに注いでいて空気が張り詰めているから、あまり親しくしづらいのだろう。
この神社は本来だと治療が役目なのだが、今は魔族の地下四階攻略司令部のようになっていた。
魔族たちが集い、地下四階の情報をまとめている。
「情報がそろったのは西側だけか。聖騎士共が邪魔だな。奴らを排除して…… ん、人間が侵入しているぞ!」
狼魔族のヴォルフラムがエイダを見つけて叫ぶのを、イスカがなだめる。
巫女の言葉にヴォルフラムは不承不承《ふしょうぶしょう》エイダを受け入れた。
だが情報が書かれていた紙を皆に隠させ、口も閉ざさせる。
ヴォルフラムは尻尾の毛を逆立て、怪しい動きを見逃すまいとエイダをにらみつけている。
居心地の悪すぎてエイダは早々に神社を退散した。
「まったくなんなんです!」
今度は寺院の出張所へと向かう。
全く同じように聖騎士の守衛が槍を掲げてエイダを押しとどめようとする。
押し問答しているところに今度はハインツが現れた。
「何の用だ、エイダ」
ハインツは冷たい目を向けてくる。
「中立の立場で、公正な競争が行われていることを確認しに来ました」
「ふん……」
ハインツは奥の方へと、
「おい、ギルドが監査に来た。情報を隠せ」
「はっ」
エイダはしばらく待たされてから、ようやく中に通された。
大きなテントに入ると、何も載っていない机があった。情報の類をきれいさっぱり片付けたようだ。
テントの奥では怪我人たちがアンジェラから治療を受けている。
アンジェラはいつもよりさらに胸元を大きく開き、豊かな胸を見せつけていた。
「さあ、情報を残らずたっぷり吐き出しなさい」
甘い言葉に怪我人はぺらぺらとしゃべり出す。
ハインツは渋い顔をして、
「アンジェラ、ギルド運営がいるのだぞ、情報を聞かせるな」
アンジェラは平然と、
「これぐらいが何。私は忙しいの」
ハインツは諦めたのかアンジェラにはもう話しかけず、エイダに座るよう促した。
向かいに座ったハインツは腕を組んで、
「さて、ギルドマスターについて聞かせてもらおうか」
エイダは気付く。
これって尋問だ。
調べに来たはずが調べられている。うっかりしたことは話せない。
「あの幼さであの魔法、お前たちを率いてギルドマスターを務めている。いったい何者だ」
ハインツは舌鋒鋭く斬り込んでくる。
「……ヴァール様は物心ついた頃から魔王の城で一人暮らしていたのだそうです。歴史を調べに来たあたしはヴァール様に出会って、彼女が古代の魔法を身に着けることで生き抜いてきたのだと知りました」
「ふむ…… 強大な魔力を恐れた親が魔王城に捨てていったのかもしれんな」
「でも魔王が封印を解いて現れ、城はなくなり代わりに迷宮ができました。暮らす場所を失ったヴァール様のために、あたしが冒険者ギルドを作ればいいと考え付いたんです。そうしている内に、この森に暮らしていたエルフたちがヴァール様の魔力を崇めて集まってきました」
エイダは肝心なところを隠しながらも真実をしゃべった。
下手な嘘をつけば矛盾を突かれてばれる。
「あれほどの魔力だ、原始的なエルフが崇めるのも無理はないか」
突っ込みどころ豊富なのに、ハインツは意外と素直に信じてくれている。
エイダはほっとした。
ハインツにとって都合が良い答えを提供したのだと、このときのエイダは気付いていない。
「もう帰っていいぞ。俺は忙しいのだ。今の話を報告書にまとめて聖騎士団本部に送らねばならん」
「えっ なんで」
ハインツは目線で部下の聖騎士たちに指示する。
エイダは摘まみだされるように寺院を追い出された。
神社と寺院がそれぞれ情報を集めて地下四階を攻略しようとしていることはわかった。
でもヴァール様のことを聖騎士団に報告しようとしているのはなぜだろう。
エイダは頭を回転させるが、情報のピースが少なすぎて答えには届かない。
ヴァール様に元気を取り戻してもらうためには、もっとがんばらなくっちゃ!
エイダは両の拳を握りしめる。
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