魔王様のダンジョン運営ライフ

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勇者降臨

公開日時: 2020年9月5日(土) 12:48
更新日時: 2021年1月25日(月) 21:02
文字数:2,992



27.勇者降臨

 

 地下四階、最奥の部屋は暗闇に満ちている。

 その中からは恐るべきヘルタイガーの唸り声が響く。


 入口の前から、エイダが照明具で中を照らしてみる。

 しかし暗闇が光を吸い込んでしまって奥は何も見えない。


 アンジェラが眉根を寄せ、

「この中は闇の瘴気が濃すぎるのですわ。光の祝福は打ち消されてしまいます」


 あの水晶球ですら闇の瘴気に呑まれ消失したのだ。

 光で相殺するのはあまりにも困難だ。


「だが、このまま入るのは危険すぎる」

 ハインツが慎重に中をうかがう。


 ただでさえヘルタイガーの攻撃は素早く、ハインツやヴォルフラムも奇襲で重傷を負わされている。

 そのヘルタイガーが闇の中に潜む。

 あまりにも危険な状況だった。


 ヘルタイガーが咆哮した。

 太く轟く咆哮が皆の身体を震わせ、押さえつける。


「ぬう!」

 そろそろと進みかけていたヴォルフラムの動きが止まる。


 ヘルタイガーのスキル、呪吠《じゅはい》だ。

 この呪吠はヘルハウンドも使うスキルだが、その効果は桁違いだった。

 咆哮の圧力に、全員の動きが拘束されてしまった。


 ここでもしヘルタイガーが部屋から出てきたら、いいように攻撃されてしまう。


 ハインツは全力で身体を動かそうとするが、わずかに剣が揺れるのみ。


 アンジェラは対抗して聖歌詠唱を始めた。

 美しい歌声が彼女の唇から流れる。

 だがアンジェラ自身が呪吠に押さえつけられていて、満足に声を上げることができない。


 絶体絶命の危機だと皆が焦っていたその時だった。


 ヴァールが歩み出た。

「猫ではないかや」


 ヴォルフラムが息も絶え絶えに、

「ねこ…… じゃなくて…… とら…… ですぜ……」


 ヘルタイガーはさらに咆哮する。


「余の猫じゃ!」

 ヴァールは目を輝かせて暗闇の部屋に入っていく。


 戻れとハインツたちは叫ぶも、満足に声が出ない。


 エイダはしかし魔王を信じた。

「魔王様、お気をつけて」

 心中でつぶやく。


 濃密な闇の瘴気に満ちた中をヴァールは迷わずヘルタイガーのほうに進む。

 瘴気の流れがヘルタイガーの位置を伝えてくる。


 ヘルタイガーが顎を開き、攻撃の姿勢をとったのもヴァールにはわかる。


「魔法陣で召喚された仮初の魔物とは異なるであろ。この声、この匂い……」


 ヘルタイガーはひと際大きく咆哮。

 ヴァールの小さな身体がその振動で震える。


「三百年、放っておいてすまなんだ。しかし地獄でよくこうも大きく育った」


 ヘルタイガーは跳び、ヴァールの身体を押し倒した。

 開いた顎はヴァールを一呑みできる大きさ、涎が垂れ、ヴァールの身体ほども長く赤い舌がヴァールを味見する。


 ヴァールは両手を伸ばしてヘルタイガーの顎をなでる。

「いい子じゃ」


 ヘルタイガーを包み込む闇の瘴気がヴァールの両手に流れ込み始める。

 異変にヘルタイガーは身じろぎ吠える。


 部屋に満ちた闇の瘴気も渦を巻いてヴァールの両手に吸い込まれていく。


「いただくぞよ」

 ヴァールの手それぞれに瘴気の竜巻が生じる。

 みるみる瘴気が吸収される。


 うおおおおおおおおん!


 ヘルタイガーが唸る。

 闇の瘴気が晴れていき、黄色と黒色の縞模様な虎が姿を現す。


 ヴァールはさらにヘルタイガーの体内からも瘴気を吸い出していく。


 ヘルタイガーはやがて小さくなっていき、遂には黄色と黒色の毛並みが美しい一匹の猫となってヴァールのお腹の上にちょこんと乗った。


 床に横たわったままヴァールはお腹の上の猫を撫で、猫はごろごろと鳴いて頭をヴァールの腕に擦りつける。


「いい子じゃ、キト」


 すっかり瘴気は晴れて、部屋の中は明るい。

 宝箱と地下五階への階段が現れていた。


 変わり果てた猫の様子に呆然としながらも冒険者一行は部屋に入ってくる。


 マッティが宝箱を開錠してみると、中には首輪が入っていた。

「これは…… 魔獣を拘束するための首輪みたいね」


 ダンはしたり顔で、

「この首輪でヘルタイガーを捕まえるのが本来の攻略方法だったんだろう」


 猫を胸に抱いて起き上がったヴァールに、マッティは首輪を渡す。

「その猫ちゃんの首輪ですよ」

「うむ、かわいい首輪じゃが拘束はいらぬ。魔力は抜いておくかや」


 ヴァールは猫に首輪をはめる。

「よくお似合いじゃ、キト」


 キトと呼ばれた猫の頭を撫でながらエイダは、

「この子を飼っていたことがあるんですか」

「子猫の頃に拾ったのじゃ。もう会えぬものと思うておったが……」


 ヴァールの目に涙。

 猫は安心しきった様子でゴロゴロと鳴き、ヴァールに甘えている。


「ズメイめ、しゃれた真似をしてくれるのじゃ……」

 ヴァールはつぶやく。


 あの恐るべきヘルタイガーを猫に変えてしまったヴァールに、ヴォルフラムは尊敬を、そしてハインツは畏怖の眼差しを向ける。


 ハインツはアンジェラに告げた。

「やはり、間違いない」




◆冒険者ギルド会館


 地下四階の攻略もようやく終わり、ギルド会館もいったん落ち着いた雰囲気だ。


 二階のギルド受付には、地下四階での報告書を持ってきた冒険者たちが列を作っている。

 エイダが粛々と書類を処理中だ。

 カウンターの上には猫のキトがのんびり寝ている。


 受付の奥では、ズメイとヴァールがその様子を眺めていた。


 ズメイは無表情に、

「やはり理解できないのでございます。陛下は敵を集め、攻撃を煽り、そして敵をお助けになる。いずれ敵の刃は陛下にまで届きますぞ」


「余は…… 魔族と人が共存する国を目指して、果たせなんだ。魔王と人はまだ相容れぬ存在なのであろ。しかしどうじゃ、今や魔族と人は戦いを共にしているではないかや」


「ですが戦いの相手は陛下御自身ですぞ」


「今はまだ戦いによって互いを求めることしかできぬ…… じゃがいずれ……」

 ヴァールは優しくエイダを見つめる。


 猫のキトがカウンターを降りてヴァールの足元にすり寄る。


「どうしてキトを連れてきてくれたのじゃ」

「いずれ戦いの日に備えて魔の眷属を集め始めたまでにございます」


 二人が会話していると、階段を上がって聖教団の聖騎士や神官がやってきた。

 聖騎士指揮官ハインツと女神官アンジェラがカウンターからヴァールに呼びかける。


「ギルドマスター殿に話をしたい」

 そう言うハインツの顔には緊張の色がある。


 物々しい様子にヴァールも構えて、

「急ぎのようじゃな。こちらの部屋に来るがよい」

 応接室に聖教団の面々を案内する。


 応接室のソファにヴァールが座り、向かいにはハインツとアンジェラが座る。武装した聖騎士が数人、後ろに控えている。

 ヴァールの後ろにはズメイ、それに事務を中断してやってきたエイダ。それとうろつく猫のキト。


 ヴァールはなにげない様子で、

「話を聞かせてくれまいか」


 ハインツは重い表情で、

「失礼ながら、我々はギルドマスター殿を調査した」


 エイダは拳をぎゅっと握りしめる。

 ズメイは無表情のまま、ヴァールはにこやかな表情を貼り付けている。


 ハインツは続ける。

「その若さにしてギルドを作り上げる才覚。あらゆる属性で卓越した魔法の技と莫大な魔力。大勢を動かす指揮……」


 ハインツは猫に目をやった。

「そしてこの強大な魔物を従える勇気に、私は確信したのだ。間違いない、あなたは……」


 部屋は静まり返った。

 猫の歩く音が聞こえるかのようだ。


 エイダは唾を飲む。

 次の言葉で戦争が始まるのではないかと。


 ヴァールはじっとハインツを見る。


 ハインツは大きく息を吸ってから言った。


「まぎれもない、あなたこそが勇者! 世界を破壊する勇者ルーンフォースではなく、ヴァール殿にこそ新たな勇者として立っていただき、この世界を救ってほしいのだ!」


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