◆新魔王城 一階 冒険者ギルド支部の間
ヴァリアだけでなく各地から集まってきた冒険者たちが延々と行列を成している。
宰相ダンベルクの爆撃から大魔王の人類滅亡宣言へと続く撮像は、ウルスラ連合王国の全体に広まっている。
大魔王倒すべしと意気軒昂な冒険者たちが集まっているのだ。
「掲示板を見たか。やっぱ宰相は大魔王の手下なんだってな」
「悪いやつと思ってたんだよ」
「俺の手で大魔王エリカも倒してやるぜ!」
行列はやかましい。
行列の先は冒険者ギルドの受付だ。
パーティの構成を申請し、今回の探索計画を登録し、管理費を支払った冒険者たちは二階階段への入口に向かう。
二階と一階は統御魔法の管轄が分かれているので、二階で召喚された魔物が一階に来ることはない。ビルダがそう保証しているものの、入口周辺は聖騎士たちで固められている。
魔物以外、例えば大魔王が降りてくる可能性だってあるからだ。
聖騎士たちの間を抜けて、冒険者たちは二階に上がっていく。
今日だけで数十組が出発していた。
冒険者たちと違って、聖騎士たちは沈んだ様子だ。
「伝説の勇者ルーンフォースの正体が大魔王…… なあ、聖教団の教えが間違っていたのか……?」
「そうですね…… 勇者ルーンフォース二世も好き勝手暴れるだけですし、もう勇者なんてどれもこれも人類の敵なんですよ、きっと」
「おい、待て待て、我らのヴァール様を忘れているぞ」
「忘れるものですか! ヴァール様は別格! ヴァール様だけは信じられます! だってあんなにかわいいんですから!」
「そうだ、ヴァール様さえ信じればいい!」
「救世主ヴァール様に我が愛を捧げます!」
「負けるか、俺の愛もだ!」
冒険者ギルド受付の奥で机について事務作業をしていたヴァールは急な悪寒に震える。
「うう、変に噂されてる気がするのじゃあ」
書類を高い棚に並べていた巫女イスカがやってきて心配顔で覗き込み、
「ヴァール様。まだ御身体の調子がよろしくないのですわ、お休みになった方が」
「そうもいかん、二階の状況を掴んでおきたいのじゃ。自分で見に行ければ話は早いんじゃが」
イスカはにっこり笑ってヴァールの両肩に手を置き、
「お出かけは絶対にダメですよ、ヴァール様。先日のノルトンでは二度も魔力を使いきられたそうではないですか。お一人だけでお出かけいただいたのはこのイスカ一生の不覚でしたわ。海よりも深く反省いたしました」
「余も反省はしているのじゃあ」
ヴァールは足をばたばたする。
「足が床につかないのじゃ? イスカよ、背を計りたいのじゃが」
「どうぞ、お計りくださいませ」
イスカはヴァールの両脇に手を入れて持ち上げ、そっと横に降ろす。
着地したヴァールは不安げな顔で、隅に置いてある身長計へと向かう。ヴァリアから運んできてもらった愛用の一品だ。
「どうじゃ?」
身長計に載ったヴァールの身長をイスカが読み取り、ヴァールに伝える。
ヴァールの表情がさっと曇った。
「うう、前より一ミル縮んでるのじゃあ。こんなことではエイダを連れ戻しに行けないのじゃ」
イスカが作り笑いを浮かべる。
「やっぱりお一人で行こうとされてましたわね」
ヴァールはあさっての方向に目を向けて、
「いやいや、そんなことはないぞよ? でも背が伸びたら行ってもいいであろ?」
「絶対の絶対にダメです」
「うん、無理はダメだナ。ここはビルダに任せるんだナ」
いつの間にかビルダもやってきていた。
「お耐えください。我も耐えております」
ズメイも杖をこつこつ突きながら寄ってくる。
すっかり包囲網を敷かれてヴァールは観念する。
「ここでがんばるのじゃ……」
「ゆっくり休んでご回復ください」
イスカは釘を刺してから書類整理に戻っていく。
机に座り直したヴァールの前に、ビルダが魔道具を設置し始める。
「投影具なのダ。クスミが撮像具を二階に持ってっタ。そろそろ撮像が来るんじゃないかナ」
「二階との魔力交信は結界に遮断されるのではないのかや?」
ビルダはにかりと笑う。
「クスミの案で魔導管を設置してるのダ」
「魔導管じゃと?」
言われてみれば投影具からは透明な管が伸びている。管は部屋の外につながっていて、その先は二階の撮像具まで届いているのだろう。
管の中には微細な魔力結晶が詰められており、魔力が通るたびに青白く光っている。
「でかしたのじゃ! この仕組みなら結界も抜けられるのじゃな。ううむ、最新魔道具、恐るべしなのじゃ」
魔王は目を輝かせる。
投影具が映像を空中に映し始める。
二階の様子が見えることを期待していたヴァールは小首をかしげた。
「真っ白いのじゃ?」
ビルダも映像を確認して、
「接続失敗したのカ? んん、おかしいナ、この白、近づいてきてるみたいだゾ」
映像だけでなく声も送られてくる。
あちこちから驚愕の悲鳴。
『寒い!』
『足が凍りついちまう!』
『雪の化け物だ!』
ヴァールはピンときた。
「この白いのは全部、高地トロールじゃ!」
「高地トロールってなんダ?」
「うむ、トロールは大型魔獣の一種じゃ。中でも高地トロールは氷雪系の魔法によって身体を構成しておる。厄介なのはその魔法による攻撃だけではない」
『こいつら、死なねえ!』
『切っても切っても再生しやがる!』
「寒冷地の高地トロールは極めて高い再生能力を持っておるののじゃ。なにせ高地トロールの身体は雪じゃからのう。血も神経も通っておらぬし、切ってもすぐにくっつく」
今の新魔王城は漆黒の封印結界に覆われていて、地下と一階を除いてはエネルギーを通さない。光や熱も遮断される上に季節は冬、城内は冷え切っている。
投影映像に焔系の魔法投射が映し出される。
次々と真っ白なトロールたちに着弾、蒸発させていく。
『よし、焔系は効くぞ』
大剣によってトロールが頭から粉砕される映像も流れる。
『切ってもくっつくなら、粉々にしちまえばいいのさ!』
女重剣士グリエラの声だ。
『聖霊翼』
ハインツの声が地下二階に響いている。
投影映像には、白く輝く光翼を羽ばたかせて浮かび上がったハインツの姿。
『轟突天罰!』
ハインツはトロールの群れに突貫、まとめて粉砕する。
「さすがではないかや…… うむむ?」
倒されて雪と散ったトロールを踏み越えて、新たなトロールの群れが押し寄せてくる。
先ほどよりも多いぐらいだ。
さらに落ちている雪と融合して一回りも大きくなっていく。
「もしかして…… ビルダよ、高地トロールの倒される数、召喚時の使用魔力、その際の二階で冒険者たちが消費する合計魔力を算出できないかや」
「情報が少ないから誤差は大きいゾ?」
「かまわんのじゃ」
「では待つのダ。こういう推測はエイダが早いんだけどナ」
ビルダが投影具を操作すると、新たな映像が投影される。そこには数値とグラフが映されていた。
ヴァールはじっと見つめる。
「うむ…… トロールは毎分二体倒されておる。そのときの冒険者たちの消費魔力はトロールの召喚三体分、つまり新たに三体のトロールが召喚されてくることになる。二体倒して三体も出てくるのでは、かえってトロールの数が増えてしまうではないかや!」
魔王は愕然としている。
その言葉通り、投影映像の中はさらに増えたトロールたちで真っ白だった。
「トロールの厄介なところはもう一つ、召喚魔力が安いのでございます」
ズメイが淡々と指摘する。
「うぬぬ…… これは配置者の計算かや…… 計算!?」
ヴァールの脳裏に計算を得意とする者の名前が閃いた。
「エイダ! エイダじゃな! やってくれるではないかや!」
大魔王宣言のときのエイダは勇者ヴァールに対して、来るな、小さくて相手にならないと言っていた。
ヴァールはそれを思い出す。
「本気で余を阻むつもりかや、エイダ!」
小さな魔王の身体から熱気が立ち昇る。
「勝負なのじゃ!」
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