翌朝、窓からの朝日でエイダは目を覚ました。
昨晩は魔王の部屋に戻ってから寝袋を敷物に2人で寄り添って寝た。
魔王はまだ寝ている。あどけない顔つきにエイダは胸がときめく。魔王様、なんてかわいいのだろう。
撮像具を取り出して寝顔を写そうとしたところで、魔王が手を伸ばして撮像具をつかんだ。
「汝は油断も隙もないな」
「だって、かわいいんです!」
食事をしながら二人は作戦を練る。
「余の復活をどうやって人間に宣伝するのじゃ」
「宣伝方法はあたしに任せてください! 派手な映像があればやりやすいです」
魔王は少し考えて、
「城がダンジョンモードに入るのは見ものじゃぞ」
「ぜひ見せてください!」
食事が終わると魔王は立ち上がって割れ鏡を見に行った。
背伸びをしてみて、
「うむ、少し成長した気がするのじゃ」
魔王は無い胸を張る。
エイダはあえて何も言わない。
それから二人は地下のダンジョン管制室に行き、魔王がダンジョンモードの発動時間を設定した。
二人は城門を出て城を離れ、城全体を撮影できるところまで距離を置く。
石造りの巨城がそびえ立っている。
長く高い城壁に囲まれ、各所に尖塔が立ち並ぶ。
昼の日に照らされて輝く姿が美しい。
「そろそろじゃぞ」
「準備よしです!」
エイダは撮像具を構えて城を見つめる。
魔王はその隣でにやりとしている。
「時間じゃ!」
城を支える大地に光の線が走っていく。
線は輝き連なり、城よりも大きな魔法陣を描き上げる。
小さく唸るような音と共に巨城が揺らいだ。
城の全体が沈み始める。
倒壊ではない、地面に飲み込まれていくのだ。
地響きが轟き渡る。
城壁が、尖塔が、城が、震えながら魔法陣の下へと沈む。
天変地異のごとき有様に稲光が閃き、嵐が吹き荒れる。
やがて城の全てが魔法陣に飲み込まれた。
世界は元の落ち着きを取り戻す。
魔王城と入れ替わりに、こじんまりとした祠が現れていた。
祠には扉がある。地下迷宮への入口だ。
魔王は満足げな表情である。
「ふう、ダンジョンモードへの移行完了じゃ。今までは四天王に任せっぱなしじゃったが、自分でやるのも楽しいものよ」
「……これはすごい話題になると思います! でもお城はどこに行っちゃったんですか」
「城は地下ダンジョンに組み替えられたのじゃ。今までの六階が地下六階に、一階は地下一階に。さて、汝はこれをどう宣伝してくれるのじゃ。人間の都に戻るのかや」
「いえ、マジグラムを使います」
エイダは荷物袋から手のひらサイズの板を取り出した。
板からはポッと映像が浮かび上がる。
映像の中には様々な撮影画像や文字が並んでいる。
「まさか、その魔道具は空間を超えて情報を共有しているのかや!?」
「え、一目でわかるんですか、さすが魔王様! これは映像や文字を投稿して共有できる掲示板の魔道具です。最近は皆が使ってます」
「伝令が要らぬではないか。世界はすっかり変わったようじゃな……」
エイダは撮像具とマジグラムを並べ、撮像具の映像をマジグラムにひょいと移す。
「コメント入力、『魔王城の地下迷宮が復活、魔王復活か!?』と」
「他人事のように言うのじゃな」
「てへ」
エイダは照れ笑いする。
「くくく」
魔王も悪そうに笑うがしょせん幼女、かわいらしい。
「うわ、投稿したとたんにすごい反応です! 冒険者からの期待が大きいですね」
「よし。連中を出迎える準備をせねばな」
魔王はエイダの手を取ると、足元に魔法陣を生じさせる。
空間に楕円形の穴が生じた。
穴の向こうにはダンジョン管制室が見える。
「管制室で準備をするぞよ。地下一階を組み替えて迷宮らしくするのじゃ」
二人はポータルを通り、地上から姿を消した。
◆北の辺境
男剣士ダンと女盗賊マッティは組んで三年の若手冒険者だ。
短髪をおしゃれに刈り込んだダンはそこそこなイケメンを自負しているが、気のいい兄ちゃんといったところ。
そばかす顔でショートヘアのマッティも愛嬌のある顔立ちだ。
これまでダンとマッティは二人でやれる小さなクエストを選んで手早く稼いできた。
しかしレベルも13と12に上がり、そろそろ自信もついてくる。
気分は中堅、本当の冒険をしたくなってきた。
そんなダンとマッティが辺境への荷物配達というちんけなクエストを終えたところに、掲示板で見つけたのが魔王復活?という怪しいニュース。
ダンとマッティは顔を見合わせた。
「おいおい、ここから近いぞ、魔王城」
「これはチャンスだねえ、神様が行けってんだよ」
二人は思いきって馬を買い、北辺の大森林へと急いだ。
かつて魔王国があったという大森林は不気味だったが、大儲けの予感が恐怖を吹き飛ばす。
深い森の中を駆け抜けて二日。
唐突に開けた土地が現れた。地図によればここに魔王城が在ったはず。
今ではあのマジグラム映像のとおりに祠がひとつ鎮座している。出現した地下迷宮への入口とやらだ。
ダンとマッティ以外に人の気配はない。
「おい、一番乗りみたいだぜ!」
「やったねえ。おいしいお宝がきっとごろごろしているよ」
ダンは興奮してマッティは舌なめずり。
祠の扉は鍵がかかっていなかった。
二人はそこから地下への階段を降りていく。
ダンジョンと言ってもいろいろある。
天然の洞窟に魔物が巣くったり、古代神殿を神獣が守っていたり。
ここは魔法使いが構築したダンジョンらしかった。つるつるな材質、光る天井。魔法で作られた場所の証だ。
近年、冒険者たちの間で困った問題になっているのがダンジョン枯れ。
ダンジョンから魔物がすっかりいなくなって狩りやアイテム集めができなくなる。そんなダンジョンが増えていた。
冒険者としては商売あがったりの大問題だ。
せこく稼いできたダンとマッティが思いきった理由の一つだった。
この新しいダンジョンがいい稼ぎ場になることを二人は期待していた。
剣士のダンが前衛、盗賊のマッティが後衛。
二人は通路を右に左に進む。
「妙に入り組んだダンジョンだねえ」
マッティは手帳にマップをメモしながら言う。
「そんだけ貴重なお宝を隠してるってことじゃねえの」
ダンは楽観的だ。
「普通のダンジョンとはどうも作りが違うような気がするんだよ」
マッティは眉をひそめる。
◆地下六階ダンジョン管制室
魔王とエイダは、初めてのお客さんであるダンとマッティを映像と音声でモニターしている。
マッティがダンジョンの作りを訝しんでいるのを聞いて、魔王も眉をひそめる。
「魔力不足じゃから地下一階だけ作って、すぐに攻略されないよう迷いやすくしたのじゃが、冒険者とは存外に優秀なようじゃな」
「がんばってくれそうですね!」
「じゃったら良いのじゃが」
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