◆新魔王城 最上階 大広間
新魔王城の絢爛たる大広間。
そこに大魔王エリカ・ルーンフォースと忍王サスケに冥王ネクロウスが集い、大テーブルを囲んでいる。
その背後には鬼王バオウと龍姫ジュラが無表情に立っている。
まず口を開いたのは忍者装束姿のサスケだった。
「大魔王エリカよ、わしらは確かに歳を取っておるかもしれん。だが、旧四天王呼ばわりはひどい。旧はないだろう、旧は」
薄手な服を着た大魔王は小首をかしげて、
「でも新しい四天王がいるんですし、どちらも四天王だと紛らわしいですよ。それと今までどおりエイダって呼んでください」
「古ぼけているサスケはさておき、もっと人間が恐れおののくような名前にすべきです。そうです! 死天王がよいでしょう」
がらんどうの全身甲冑が、ぎしぎしと音を立てながらネクロウスの声で話す。魔動甲冑から生成された魔神装、それに宿ったネクロウスだ。
エイダの後ろに控えているボーボーノは、ヴァリア勢から追われて最上階まで逃げ込んできたところをエイダに保護されて、命の恩人だと仕えている。
派手派手しい道化のような服を着ているが、かなり薄汚れていた。
ボーボーノは噴き出しそうになるのを耐えている。
エイダはボーボーノに問う。
「死天王は怖いかしら」
「そうでげすな、どちらかといえば田舎の愚連隊じみておりますな」
その返答を聞いたネクロウスの魔神装がぎりぎりと音を立て、ボーボーノが身を震わせた。
エイダは首をひねって、
「じゃあ、大魔王に合わせて大四天王はどうかしら」
「いいでげすね! 強そうでげす!」
エイダの提案にボーボーノが素っ頓狂な声で賛同する。
背の高いボーボーノだが、すっかり縮こまっている。
なにげない会話のようでも大魔王たちの会話には殺気が満ちていて恐ろしいのだ。つばぜり合いをしているような関係だ。
「わしはそれでかまわん」
「……いいでしょう」
サスケとネクロウスの賛同を得て、
「では、大四天王の皆さん、第二回、魔王様お役立ちは誰だ会議を開催します!」
エイダが叫ぶ。
「待ちなさい、そういう趣旨でしたか」
ネクロウスの指摘を無視してエイダは話し続ける。
「まずは状況の確認です。ボーボーノさん、お願いします」
「へ、へい」
ボーボーノは魔法板を手に持って恐る恐る読み上げ始める。
「レイライン王は軍を連れて王都に帰還したとの最新ニュースでげす。北ウルスラを専横していたダンベルク宰相の死によって王都は混乱している、早く鎮撫せねばならない、とか演説したそうで。あ、男爵は重要参考人として連行されたと隅っこに記事が…… およよよよ……」
それを聞いたエイダは明るい顔で、
「ダンベルク宰相は大魔王の手下、人間の敵だったという書き込みをばらまいてください。ばれないように文体はいろいろと変えてくださいね。男爵は宰相に立ち向かっていたって書いてもいいですよ」
「へい!」
サスケはむっつりした顔で、
「ノルトンの町はどうなっている。聖騎士団の動向は」
「お、お待ちを。ーーええと、焼け出された町民たちはヴァリアに家を用意してもらえて移住を進めているとか。魔王ヴァールは親切でげすなあ。聖騎士団は焼け跡の復興とこの新魔王城の包囲をしているそうで。はあ、大魔王からの攻撃に備えているそうでげすな」
「そうか。聖騎士団は建築が得意だからな。復興作業には向いているだろう」
「それと行方不明のサース五世枢機卿とやらの捜索は進んでいないそうで。むかつく偉そうな顔のガキでげすなあ」
サスケはそれを聞いて顔をしかめ、ボーボーノをにらみつける。
「貴様……」
「ひええ、お気に障りましたでげすか」
「そんなことより、魔王様のニュースはないんですか」
「ヴァールは大評判でげすよ」
ボーボーノのなにげない返答に場の殺気が激しく高まった。
「愛しき君を呼び捨てにするか」
「様をつけてね」
「陛下とお呼びせよ」
ボーボーノは顔を青くして、
「へい、その魔王ヴァール様陛下でげすが、町にでっかい木を生やした撮像が一千万回再生を超えて、すっかり救世主扱いでげす」
エイダが満足げに頷く。
「それで今はどうされているんですか」
「復興の差配や移住の手配に忙しくて、表にはあまり顔を見せていないようでげすな。観光客が不満を漏らしているそうでげす」
「この状況で観光客が来るのか?」
サスケが怪訝そうな顔をする。
「そりゃもう、奇跡の神樹に漆黒の城と来ちゃあ、一生に一度の見ものと大評判でさあ。観光客と冒険者、魔王に仕えたい魔族が押し寄せているそうで。それにヴァールちゃんファンが大挙して撮像するから盗撮が問題になっているそうで」
「ちゃん……? 盗撮?」
エイダから刺すような視線を向けられてボーボーノは震えあがる。
エイダの目にはジェラシーの焔がめらめらと燃えている。
「あたしがずっと会えていないのに……」
ネクロウスは冷たく、
「やはり人間は愚かです。滅ぼすしかありません」
サスケは鼻で笑い、
「ともかくこの状況、わしの狙いどおりにヴァリアを王国が認める流れだ。一番のお役立ちはわしだな」
「待ってください。そういう筋書きにできたのはあたしが大魔王宣言したからですよ」
エイダが反論する。
ネクロウスは魔神装をぎしぎしさせながら、
「愛しき君のため、宰相にとどめをさしたのは私です」
三人は激しく視線をぶつけ合う。
しばらくしてエイダが、
「今回は引き分けですね。次は負けませんよ」
「ふん」
「……」
状況把握を済ませて会議は終了ムードとなった。
そそくさとネクロウスは立ち上がる。
「早く魔力を溜めて、侵攻を開始せねばなりません」
大広間を退出していく。
サスケも同様に、
「大貴族が逆らわないように情報操作を進めねばな」
出ていった。
「ボーボーノさん、さっきの書き込みをお願いしますね」
エイダが大量の魔法板をボーボーノに渡す。
「へ、へい!」
ボーボーノは魔法板を胸いっぱいに抱えて、与えられた自室へと去っていった。
「さて、静かになったところで」
エイダは立ち上がり、背後に突っ立っていたバオウとジュラに向かい合う。
二人は無表情だ。
「今度こそいけるかな」
エイダは上に手を伸ばしてバオウのたくましい胸に当てる。
エイダの手の周辺に小さな魔法陣が輝き生じる。
エイダの額に汗がにじんできた。
バオウの胸から湯気が上がり、全身に広がっていく。
バオウの身体が賦活されているのだ。
エイダの全身からも湯気が上がる。
暑さにエイダはうめく。
「ううっ…… お願いです」
新たな魔法陣がバオウの胸上に生じた。さらに新たな魔法陣が周囲に生じ、それを繰り返してバオウの全身を覆っていく。
「はあ、はあ、蘇生の魔法、起動…… はあ、術式は間違って、いないはず」
急速な魔力の消耗に心臓が激しく脈打ち、エイダは荒く息をする。
薄手なエイダの服に汗が染み、丸い胸をしずくがつたう。
バオウの全身が淡く輝き出した。
その死んだようだった瞳に命が灯る。
バオウはゆっくりと口を開き、小さな声を発した。
「操術を…… 解いてくれたの?」
「はい! 成功です! でもごめんなさい、まだそんなに長くは解除できないんです。この操術は体内にネクロウスさんの銀血が入り込んでいて、それって無数のネクロウスさんの集まりで、それが死に続けて、死んだ魂が生きている魂に憑依するんです。だから蘇生の魔法で邪魔すれば」
「時間がないなら…… 解いた目的を教えて」
見た目によらずバオウの声は小さい。
「はい、助けてほしいんです。あの、バオウさんは人間をどう思っていますか? 滅ぼしたかったりします?」
「好きじゃ……ないけど…… 人間の書く話は好き…… それにヴァールちゃんが……人間を好きだから、滅ぼしたりはしない」
「だったらネクロウスさんを止める手伝いをお願いしたいんです」
「いいよ…… ネクには仲間が大勢殺された…… 許せないから」
バオウの全身の輝きが弱まり始める。
エイダはもう汗でびっしょりだ。
「すみません、もう限界みたいです。次にはもっと上手くやりますから、そのときには」
「うん…… またね……」
バオウの目から光が消えていく。
またバオウは無表情に戻った。
エイダは激しい頭痛に襲われて頭を振る。
肩で息をしながらつぶやく。
「ジュラさんとも、約束しないと」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!