魔王様のダンジョン運営ライフ

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覚醒

公開日時: 2021年2月20日(土) 20:56
文字数:4,028

◆ノルトン 男爵領 聖教団寺院


 ヴァールはゆっくりと目を開いた。

 何枚もの毛布を被って見知らぬベッドに寝ていた。

 狭いが整った部屋だ。窓からは外の光が差し込んでいる。

 今がいつで、ここがどこなのか。自分はどうして寝ているのか。

 思い出そうとして記憶の奔流に襲われる。


 孤独。

 育ててくれた魔族たちへの感謝。

 恩返しのために魔族を守ろうと立ち上がった。

 争う諸族を巡り、仲間にしていった。

 四天王たちを友とした。

 気付けば魔王として担がれ、魔族たちの統治者に。

 人間との対決。

 勇者エリカ・ルーンフォースとの出会い。

 戦争終結とその後の未来を誓い合った。

 魔族たちは王国滅亡を望み。

 人類は魔族殲滅に挑み。

 しかし魔王と勇者による説得。

 遂にたどり着いたはずの和平会談。

 全ては罠。

 人身御供となったウルスラ王。

 暗黒洞による攻撃、首都ヴァリアの崩壊。アウランの死。斃れていく四天王。

 エリカの仕業。

 何者かの憑依。

 勇者を操ることなど不可能なはずなのに。

 脱出のため死を選んだエリカ。

 そして己は封印されてしまった。

 敗北の記憶を心の奥底に閉じ込める。

 全ての力を脱出に使うために。

 そして苦しみから逃げるために。

 己の願いをかなえんとして国を、同胞を、仲間を、友を犠牲にした。そして裏切られ破れた。愛するものを失った。

 そんな過去を忘れ去った。そうして心が張り裂けるのを止めた。なによりも大事だったはずの約束すら忘れて。


「エリカ…… 確かめねばならぬ」


 ヴァールの頬には乾いた涙の跡がこびりついていた。

 頬をぬぐい、上半身を起こす。

 まだ力が入らなくてふらふらする。

 だがその目には力があった。

「余は目覚めたのじゃ。なすべきことをなそうぞ」


 扉を叩く音。返事をする間もなく扉が開いて、神官見習いのジリオラが入ってくる。

 次いで、バッグを提げた老神官ルーデンス、そして幼い子供たちまでもなだれ込んできた。


「あ、起きてたんだ。まだ寝てなきゃだめよ。ルーデンスさん、診察お願いします、風邪だと思うんですけど」

 ジリオラはヴァールの額に手を当てて、

「ほら、やっぱりまだ熱いじゃない」

 手慣れた様子でヴァールを抱きかかえ、持ってきたタオルで身体の汗をぬぐい始める。


「離せ、余はもう行かねばならぬのじゃ、ちょっと、そこ、くすぐったいのじゃ!」

 ヴァールはじたばたするが身動きはとれない。


「ねえ、げんき?」

「はやくあそぼうよ」

「おなかへった?」

 幼い子供たちがヴァールのベッドを取り囲んで騒ぎ始める。


「これこれ、通してくれないかね」

 老神官ルーデンスが苦労してベッドまでやってくる。

 彼はバッグから魔道具の片眼鏡を取り出し、装着してヴァールの診察を始める。


「ううむ、病気や怪我ではないのだが、どうも身体の衰弱がひどい。休んで食べて体力をつけることだ。……しかし、どこかで見たような顔の子だが。聖教団の掲示板だったか」

 ルーデンスは首をひねり、バッグから魔法板を出して検索し始める。


 魔法板を操作していたルーデンスの動きがはたと止まった。

「始まりの勇者にヴァール様が就任されたお触れ、これだ。このヴァール様の撮像画とこの子の顔、幼いがそっくりではないか」


 ルーデンスはヴァールに問いかける。

「あなたはヴァール様の御親族なのかね」


「余がヴァールじゃ」

 起きたばかりでまだ寝ぼけかけているヴァールは、うっかり素で答えた。


 しばらく沈黙。そして。

「え、え、ええええっ!」

 まずジリオラが叫ぶ。


「あ、あなた様が、始まりの勇者ヴァール様! これはなんという無礼を! お許しくください!」

 ルーデンスが這いつくばって頭を床にすりつける。


「ゆうしゃ?」

「ゆうしゃだ!」

「ゆうしゃってなに?」

 子どもたちは訳がわからないなりに騒ぐ。


「君はあの勇者なの?」

 ジリオラが問いかけてくる。


「ええっと、あの勇者ではないぞよ」

 ヴァールはしくじったという表情だ。

「しまったのじゃ。こう騒がれるのが面倒じゃから黙っておったのに」

 つぶやく。


「じゃあ、君はギルドマスター?」

「いかにも、余はヴァリア市冒険者ギルドのマスターじゃが」

 仕事柄、責任者としてつい即答してしまうヴァール。

「やっぱり勇者ヴァールだ!」


「ゆうしゃ!」

「ゆうしゃ!」

「ゆうしゃ!」

 子どもたちはベッドに上がってきて、小さな手でヴァールの寝間着を握ったり、乗っかってきたり。


 そのときヴァールのお腹が大きな音で鳴った。

「おなかへった?」

「ごはん」

「おなかへった!」

 子どもたちが騒ぎ立てる。


「昼ご飯にしようか」

「……頼むのじゃ」

 ヴァールは赤面しながら言う。


 ジリオラと子どもたちはわいわい騒ぎながら部屋を出ていく。

 老神官ルーデンスは床に這いつくばったままである。


「そなた、名前はなんというのじゃ」

「す、すみません、ルーデンスでございます」


 なぜ謝るのかとヴァールは困惑しつつ、

「ルーデンス、この町に変わったことがあれば教えてくれぬかや」

「申し訳ございません、男爵城には空から騎士が多数やってきたのを目撃いたしました。翼を持った騎士たちにございます。おそらくは噂に聞く近衛騎士かと」


「ふうむ…… レイラインが話しておった宰相の部隊やもしれぬな。礼を言うぞよ」

「何なりとお申し付けください!」

 ルーデンスは相変わらず床に頭を付けている。


「言いにくいのじゃが……」

 ルーデンスはごくりと唾を飲む。

「着替えたいので部屋を出てくれぬかや」

「は、ははあああっ! 申し訳ございません!」

 ルーデンスは部屋を飛び出していく。


 ヴァールはのそのそとベッドを降り、床に立つ。

 目まいをしばらく耐えてから、素足でゆっくり歩いて木の扉を閉めた。

 大きく深呼吸をして、心臓が落ち着くのを待つ。

 部屋の隅にヴァールの荷物がまとめられており、替えの服も置かれていた。

 隣には虎猫のキトも丸くなっている。

 ヴァールがキトの柔らかな毛並みを撫でると、キトは薄目を開けて小さく鳴き、ざらざらした舌で彼女の手を舐めた。


 ヴァールは時間をかけて薄い寝間着を脱ぎ、出かけるために着替える。

 用意されていた服は聖教団の礼装だった。子ども用のサイズだがそれでもぶかぶかだ。


「これではすっかり聖教団じゃなあ」

 同意するようにキトが鳴く。


 ヴァールは扉を開けて階下に向かう。荷物の袋はキトがくわえて持っていく。

 一階に降りるとパンの焼けるいい匂いが立ち込めていた。


「あ、持ってくとこだったのに起きちゃったんだ」

 両手で盆を持ったジリオラがヴァールを見つけて言う。

 盆にはお碗とスプーンが載せられている。


 ルーデンスが慌てた様子で、

「勇者様ですぞ、礼儀を尽くしなさい」

 ジリオラを注意するが、

「かまわんのじゃ」

 ヴァールがとりなす。

 ルーデンスは不安でいっぱいな顔だが、勇者の言葉とあって逆らえないようだ。


 子どもたちと共に食事が始まった。

 ヴァールに供されたのはパンがゆ、柔らかく食べやすくて今のヴァールにはありがたい。

 子どもたちは食べながら楽しく騒いではジリオラに叱られる。


 食べ終わるとすぐにヴァールは立ち上がった。

「世話になったのじゃ」

「いいってば、勇者様のお世話ができたなんて一生の思い出だし! あ、そうだ」

 ジリオラは撮像具を持ってきた。

「記念に撮像させて」


 ヴァールを中心に子どもたちが集まって、それをジリオラが撮像する。

 子どもたちは大はしゃぎだ。

 ルーデンスにも声はかけられたが、恐れ多いといって加わらなかった。


「ほら、見て」

 ジリオラは魔法板をヴァールに見せる。

 聖教団用の掲示板に今の撮像画が載せられていた。

 早速たくさんのコメントが付き始めている。

 ヴァールは危険な予感を覚える。


「もう行かねばならぬ」

 出ていこうとするヴァールに、

「まだ休んでたほうがいいよ」

 ジリオラは心配そうだ。

「約束なのじゃ」

 三百年前からの、とヴァールは思う。


「だったら、これ」ジリオラはお弁当の袋をヴァールに手渡した。「パンと飲み物が入ってるから。ゆっくり食べるのよ」

「……なにからなにまで世話になってばかりじゃ」

「いいってば、用事が済んだら戻ってきてよ。もっと美味しいご飯をご馳走するから」

「必ずや。このお礼はいつかするのじゃ」


 ヴァールは見送られながら、キトと共に寺院を出ていく。

 子どもたちの声援を背に。


 男爵城に向かって進む。

 今度は迷わない。

 三百年前に和平会談のため向かったのと同じ場所。破滅が始まった地。

 無意識にそこを避けようとしてたどりつけなかった。

 今はあえてそこに向かう。今度こそは。


 男爵城が見えてくる。

「そういうことかや」

 ヴァールはつぶやく。

 男爵城の様相が、話に聞いていたのとはまるで違う。

 前にサースが連れてきてくれたときにもエイダが設計したとしか思えない塔が立っていた。

 今や、全体がかつての魔王城を元に作り直された姿をしている。以前にエイダが見せてくれた魔王城の再建案と同じだ。

 どうやったのかは分からないが、エイダはこのために残ったのだろう。


 男爵城からは異様な魔力を感じる。

 ルーデンスが話していた近衛騎士だろうか。

 ヴァールは臆せずに進む。

 建材に流用されたのか、以前にはあった高い城壁が今は失われている。

 衛兵たちもいない。

 ヴァールは城の庭へと入る。

 

 そこには男爵と部下、そして奇妙な甲冑姿の者たちがいた。

 異様な魔力はその甲冑から発せられている。

 その一人がエイダを片腕で拘束していた。エイダの口には猿ぐつわがかまされている。


「エイダ!」

 ヴァールは叫ぶ。


 エイダはヴァールに気付くや激しくもがき、もごもごと叫ぼうとする。


「勇者?」

 男爵が戸惑いの声を上げる。

「しかし、小さすぎないでげすか?」

 ボーボーノが言う。


 今のヴァールは魔力の使い過ぎで八歳相当の身体だ。


 ひと際大きな甲冑姿の男がヴァールの方を向いてから爆笑する。

「これが勇者? おしめも取れていないガキではないですか!」

 男はひとしきり笑ってから、男爵が全く笑ってはいないのを見て眉をひそめる。


「余はヴァール、ヴァリア市の冒険者ギルドマスターにしてーー勇者とも呼ばれておる。エイダを、仲間たちを返してもらおう」

 ヴァールは名乗りを上げた。



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