その日、エイダは魔王の部屋でヴァールを黄色いワンピースに着替えさせていた。
朝食を終えて、そろそろ魔王とギルドに出かける時間だ。
魔王は姿見でコーディネートを確認した後、身長計におそるおそる乗る。
背は5ミル低くなったままである。
みるみる顔が曇る。
「出かけるのは止めじゃ!」
魔王はベッドに上がるや布団に潜り込んでしまった。
丸い布団の山を前に、エイダは困ってしまう。
「魔王様、今日は地下街を見に行くんでしょう。神社もそろそろ完成ですよ」
「背が伸びたら行くのじゃ」
それでは当分行けないと言いそうになって、エイダは口ごもる。
魔王が背を伸ばすには魔力を回復せねばならないが、ズメイから計画的にダンジョンを増築しておくべきだと言われて、魔力はそちらに優先して回されている。
地下三階を突貫で用意したら大変な騒ぎになったので、仕方のないことだった。
「屋台も並ぶそうですよ」
布団の下で魔王がぴくりとしたのをエイダは見逃さない。
「美味しい食べ物や面白い遊びがいっぱいですよ!」
「ううう」
「ほら、楽しそうでしょう、行きましょうよ」
「……うううう、やっぱり嫌ったら嫌じゃ! 前よりも小さくなったってハインツから言われたのじゃ!」
ハインツにも困ったものだとエイダは渋い顔になる。彼は思ったことをそのままいう癖がある。聖教団に代々仕える名家の長男でわがままに育ってきたせいか遠慮を知らない。
北ウルスラの王都に住んでいた頃のエイダは彼を直接見知っていたわけではなかったが、いろいろと容赦ない噂を聞いてはいた。
こうなれば強硬手段だとエイダは布団を引きはがしにかかる。
「すぐにまた大きくなりますよ、さあ行きましょうよ」
「嘘じゃあああ!」
「魔王陛下、報告があります」
二人がベッドの上で騒いでいるところに感情のない声が降ってきた。
ズメイだ。
龍の顔を魔法で人の顔に変じている。学者風な布をたっぷり使った服装に身を包み、短い白髪にしわの多い顔のいかにも賢そうな老人に見える。
エイダと魔王はぴたりと止まる。
「地下三階にて神社と寺院が衝突しているとの報告でございます」
魔王は布団から顔を出した。
「地下三階に建設していたのは神社であろ。どうして寺院が出てくるのじゃ」
「寺院も同じ階に建設を始めたとの由」
魔王は静かに布団から出てきた。
「直ちに見に行くのじゃ」
魔王はエイダをちらりと気まずそうに見て、そそくさと部屋を出ていく。
ズメイとエイダもその後に続く。
大広間で魔王は空間に楕円形の穴を開けた。空間転移の魔法、ポータルだ。
三人でポータルをくぐるとそこはギルド会館二階の一室である。
対外的にはヴァールとエイダはこのギルドの部屋に住んでいることになっている。
扉を開けて三人は一階に降りる。
ギルド会館の一階は酒場だ。
そこの壁にはパーティ募集や武器売り出しなどの紙が貼られているのが常である。
今は地下四階の謎を攻略するためのメモ書きでいっぱいだった。
冒険者たちがその前で頭を悩ませている。
「考えるが苦手だから冒険者になったってのにねえ」
女重戦士のグリエラがメモ書きを困り顔で見ている。
「俺は順番が鍵だと思うんだがな……」
酒場の主人であるダンは壁に手を当ててメモ書きを凝視している。
地下四階はあちこちにボタンやスイッチがあり、それと連動した罠や隠し扉だらけだ。
どうすれば地下五階に進むことができるのかまだ誰も解明していない。
普段は情報を出し惜しみする冒険者たちも、いつまでたっても解明できない謎をなんとかしようと情報交換し始めていた。
エイダは魔法大学での研究室を思い出して微笑ましい気分になった。仲間たちとよく意見を戦わせたものだ。
だがズメイは無表情につぶやく。
「これはよろしくございません。謎に時間をかけさせるには分断させませんと」
「聞かれると困るであろうが。黙っておれ」
魔王はズメイを叱りながら地下入口の祠に入って地下三階へと向かう。
地下三階はだだっぴろい広間であり、配置されていた魔物はズメイだけ。ズメイが契約から外れた今は魔物がいない安全な空間となっている。そこを冒険者たちが商売に利用し始めていた。
祠に入り、地下一階から地下三階への近道階段を魔王とズメイ、エイダは降りていく。
「陛下に断りを得ずに作られた街でございますな。お滅ぼしになられますか」
「そのつもりはないぞよ、我が民の街じゃからな。それと魔王城の外で陛下は止めよ」
ズメイは眉をひそめた。
「陛…… いえヴァール様。あれら冒険者は御身を倒さんと集まった者共でございますぞ」
「余に魔力を捧げる民じゃ。大事にせねばならぬ」
「すでに聖教団も来ておるのです。きゃつらの奉じる女神とその尖兵たる勇者は恐るべき敵にございます。御油断召されますな」
「……わかっておる」
魔王は辛そうな眼をした。
「勇者よ…… あのとき、確かに友になれたと思うたのにのう……」
魔王がはるか昔を思って小さくつぶやいたのをエイダは聞いた。
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