◆新魔王城 上空
風が吹きすさぶ上空。
燃える町並みから熱と煙が舞い上がってくる。
魔動甲冑に身を包んだ宰相ダンベルクは空からの爆撃を続ける。
一点集中で寺院を狙うのは止めて、熱線を十六もの龍首からでたらめに地上へと放っている。
あちこちで火災が発生し、王軍の兵士や聖騎士団は消火にかかりっきりだ。
その分、地上の近衛騎士に立ち向かう戦力は少なくなる算段となる。
ダンベルクは計算通りな状況に高笑した。
「ほほほほほ! いい眺めですよ!」
ヴァールは高速に飛行しながら局所結界を張って熱線を受け止めようとするも、守るべき範囲が広すぎた。
「町をまるごと結界で覆うかや? でも煙がこもってしまうのじゃ……」
宰相本体を叩くために近づけば、四方八方への爆撃に対処しきれなくなる。
大魔法で宰相を遠隔砲撃すれば余波で地上にも被害が及びかねない。
打開策を探すヴァールの瞳に地上のノルトン川が映る。
「そうじゃ、水はたっぷりあるではないかや!」
ヴァールは風をきって急降下、ノルトン川に突入した。水しぶきが高く立ち昇る。
「逃がしませんよ」
宰相は上空から水中のヴァールを狙い撃ちにする。
白い泡が水面に噴き上がる。
「やりましたか。ーーぬ?」
水しぶきの合間に茶色と緑色が見える。二つの色が白い飛沫の中を伸び始める。
棒のように伸びていくそれは、みるみる太くなり、枝分かれしていく。
それは木だった。
無数の根が川の中へと伸び広がって幹を支える。
大河といっていいノルトン川の岸から岸まで根が及ぼうとしている。
木の幹は百メルもの太さに及び、伸び、枝を茂らせていく。
木の枝葉は町全体を覆わんとする勢いだ。
木の先端にはヴァールが立っている。
「これは!?」
宰相は飛行で木から遠ざかろうとするが、それよりも速い勢いで枝が伸びてきた。
「ちっ!」
龍首からの熱線で木を焼き払おうとする。
熱線の当たったあたりから白い湯気が上がった。木には着火しない。
「川から水を吸い上げているのですか!」
木の表面はしとどに濡れている。
町の上空に広がった枝から水が雨のように滴り落ちていく。
消火に当たっていた兵士や町の民たちから歓声が上がる。
宰相は目を見開く。
「なんですか、まるで神の奇跡ではないですか!」
数百メルもの高さに至った木の上に立つヴァールはぜいぜいと喘ぎながらも口角を上げてみせる。
「これぞ、余の笏、本来の姿じゃ」
ヴァールが持つ魔王笏は、神樹と呼ばれて崇められてきた大樹が杖と化した魔道具だ。
ヴァールは膨大な魔力を木に注ぎ込み続けている。
力を失ってヴァールの身体は少しずつ幼くなっていく。
ダンベルクは痛く感心したようだった。
「かつて世界に生命をもたらした神樹、世界樹とも呼ばれた大樹の神話を読んだことはありますがーー どうやら勇者というものを侮っていたようです。これほどの力を持つものとはね。あなた、私の部下になりなさい。王国で最高の権力を与えますよ」
「自分の民を、焼くような者に、誰がつくかや!」
「ほう、しかしーー」
ダンベルクはヴァールの喘ぐ姿を眺める。
「もう限界ではないですか」
ダンベルクは龍首の攻撃をヴァールに指向する。
十六本もの熱線がヴァールの局所結界に集中する。
威力に耐えかねて局所結界が揺らぎだす。
ヴァールの膝が崩れ、まとっているマントの揺らめきが勢いを弱める。
「うかつ…… また…… 力を…… 使い過ぎたかや……」
ヴァールははるか大樹の先端から今にも落ちそうだ。
「余は…… 今度こそ…… 守らねば……」
ヴァールの身体が力を失おうとしている。
地上からはごく小さな点のようにしか見えない。
「ヴァール様!」
地上の城から悲痛な叫びが響き渡る。
ヴァリアの者たちが、王軍の兵士たちが、町の民が、空を見上げた。
大樹の上に独り立つとても小さな存在が、町を、自分たちを、生命を守ろうとしていることを感じ取る。
強い願いが彼らの心に届く。
見返りを求めず、計算もなく、純粋で強烈な欲望。
ただ守りたい。
その思いが魔族も人も超える。
心がつながる。
彼らは願う。
応えたい。
自分たちも守りたい。
彼らは祈る。
どうか我らを守った彼女を守らせたまえ。
ヴァールは遂に力を失い、枝葉の間を落ちていく。
その枝葉に白い輝きが点々と生じる。
ひとつひとつが人々の想い。
輝きは成長する。
輝きは花柄となる。
花托となる。
花弁となる。
大樹が人々の想いを受けて開花していく。
花がヴァールを優しく受け止める。
花から生命力があふれる。
大樹と花とヴァール、そして世界との間で生命力が循環する。
花弁の中から輝く姿が浮かび上がる。
「ま…… さか!」
宰相ダンベルクは絶句した。
花の上に立つその者のあまりにも美しい姿。
白く輝く完璧なる美の化身。
伝説の存在。
「勇者…… では、ない! あれは!」
大樹から無数の枝葉がダンベルクへと伸びる。
ダンベルクは逃げきれない。
枝葉がダンベルクを覆う。
伝わってくる生命力に耐えかねて、呪われし魔動甲冑が悶える。
枝葉に締めあげられて龍の翼が千切れ飛んでいく。
ダンベルクは吐血する。
翼を失ったダンベルクは地上へと真っ逆さまに落ちていった。
新魔王城の屋根に激突して大きく跳ね、さらに地上へと落ちて転がる。
もはや赤黒い血と銀の血に塗れた肉塊だ。
周囲には千切れた翼も散らばる。
だがその肉塊がぴくりと動いた。
もがき、そして立ち上がった。
血を吐き散らしながら、高らかに笑い出した。
「いい! いいでしょう。奥の手、使わせてもらいます! 来なさい!」
宰相が叫ぶや近衛騎士たちの動きが止まる。
近衛騎士たちの魔動甲冑が内部を締め上げるようにねじ曲がり縮んでいく。
魔動甲冑に肉体を潰されていく近衛騎士たちの絶叫が響き渡る。
彼らの迸る血は魔動甲冑に吸い込まれていく。
魔動甲冑だったものは人から遠くおぞましい姿になり果てて、地を這い蠢きながら宰相の肉塊に集まり、ひとつに融合し始める。
散らばっていた翼も合わさっていく。
銀色の肉塊が赤く染め上げられる。
「龍と…… 鬼と…… 人の血を捧げ…… ひとつにすることで…… 我は……」
全ての魔動甲冑だったものがひとつに融合したとき、そこには鬼とも龍ともつかぬ異形が現れていた。
その巨体は赤く灼熱している。
あまりにも大きな力をあふれさせているのだ。
もはや兵器ではない。おぞましき魔神。
魔神は銀目を見開いて咆哮する。
その姿を見た者、咆哮を聞いた者たちは自分の死を直感した。
魔動甲冑とは桁が違う。これは化け物だ。
その魔神に近づいていく者がいる。
黒いローブ姿の者、魔導師ネクロウス。
「……ネクロウス…… ふふふ、私は完成させましたよ…… お前も我が力に変えてあげましょう」
魔神が燃える手でネクロウスをつかみ取る。
「いいえ、完成はこれからです」
そう言うネクロウスのローブが燃え上がる。
ローブの中からは銀色の人型が現れた。
人型は崩れて銀色の液体となり、魔神の身体に吸い込まれていく。
「あなたの血がまだです」
ネクロウスが言うや、魔神の身体が引き締まり始める。全身がねじり上げられる。
内部のダンベルクが悲鳴を上げる。
「や、やめ、げふ、ぐが」
魔神の身体が蠕動して、内部に収まっていたダンベルクの肉体をすり潰していく。
「ぐ、ぎ、ぎああああああっ!」
断末魔の悲鳴が上がり、そして静かになる。
ダンベルクの肉体はかけらひとつ残さず吸収されたようだ。
魔神に残っていた最後の銀、両目が赤く染まった。
魔神は身体の各部を動かしてみせる。
「吸収は完了、制御は完璧。さて、これで計画通りと言いたいところですが」
その前にヴァールが降り立つ。
「その力で何をする気かや」
魔神の巨躯に小さな身体で対峙してにらみつける。
魔神ネクロウスは身もだえしてみせる。
「ああ、愛しき君。その問いに私は答えられません。この力は預けることにしたのです」
「なんじゃと」
「あの方がお待ちですので」
魔神は高く跳躍した。新魔王城の張りだしたベランダに降り立つ。
いつの間にかそのベランダには人影が並んでいた。
ベランダから声が響いてくる。
声の主はベランダの中央に立つ若い女性だった。
「皆さんこんにちは、私たちは三百年の時を超えて蘇った軍団です。宣戦布告のご挨拶に参上しました」
女性はぺこりと挨拶してから紹介を始める。
「こちらは四天王の忍王サスケさん」
森魔族の老人が一歩前に出る。
ヴァールはあまりにもの出来事に凍りつく。
「こちらは四天王の鬼王バオウさん」
大鬼が前に出る。
「このたび四天王に入った龍姫ジュラさん」
ジュラが前に出る。
「四天王の冥王ネクロウスさん」
魔神ネクロウスはみるみるその姿を変え、とげとげしい剣となった。
女性はその剣を掲げる。
「魔神の力を私に貸してくれます」
最後に女性が前に出た。
「そして私、エリカ・ルーンフォースです。このたび勇者の力と魔神の力、四天王の助けを得て、新たに大魔王に就任しました! 微力ではありますが、力を合わせてがんばって人間を滅ぼします!」
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